02. ボーンコレクター、それは漆黒の悪魔。
翌日、スケルトン家に警察から一報が届いた。
グランパ・ジョージは、途方に暮れて彷徨い歩いていたところを、運よく巡回中だった保安官さんに、身柄を確保されていた。
助けを呼ぼうにも声が出せず、目も耳もないから行く手も平衡感覚も、よく分からない。そこら中をぶつかり歩いて、細かい骨を何本か失くしてしまい、事件当初よりも余程ひどい有様となっていた。
「グランパ・ジョージ! 迎えに来たよ!」
警察から連絡を受けたスケルトン一家が駆け付けたのは、それから間も無くのことだった。現在、反抗期の長女と、足の悪いおばあちゃんを除く一家全員が迎えに訪れたことに、グランパ・ジョージは感激した。
長女ボニーは目下、難しいお年頃であるため、残念ながら、およそ協調性というものがない。本日も自室にこもって、ヘッドホンで爆音楽を聴いている。
そして、伴侶たるおばあちゃん、グランマ・ジーナは留守を預かり、みんなの帰りを待ちながら、お昼の準備をしてくれている。
グランパ・ジョージは湧き上がる感情を、体だけで何とか表現しようと試みた上で、自身に起こった事件のあらましを説明しようと必死なのだが——
「何で、こんな時まで踊ってるんだよ!」
一番上の孫、ピーターが憤慨する。
その瞬間に、〈グランパ・ボーン・キーック!〉という謎の技名がグランパの肋骨から漏れ聞こえると共に、老骨の足先が、孫の膝軟骨を裏から襲う。
「ちょ……、何で蹴るんだよ!」
膝カックンされたピーターが、大腿骨と
「踊ってたわけじゃ、ないみたいね」
一番下の孫、スージーがその様を観察しながら、冷静に指摘する。蹴られた兄の方に関しては、丸ごと無視だ。
「それにしたって、何があったの。グランパ?」
三番目の孫、ジャックが恐る恐る尋ねると、グランパ・ジョージは(頭があれば)涙を流して、優しい孫その三にすがった。ガシャガシャと音を立てながら頚椎を押し付けられ、ジャックが怯えていると、保安官さんが代わりに苦渋の表情で説明し始める。
「どうやら、通り魔に襲われたようです。ジョージ・スケルトン氏の頭部については、現在行方を追っております」
「じゃあ、まだ見つかっていないんですね?」
ミセス・スケルトンが青ざめながら尋ねると、保安官さんは煮え切らない様子で口籠った。
「現在捜索中ではあるのですが、犯人について、おおよその見当はついております。しかし——」
「しかし、何ですか」
ミスター・スケルトンが言葉の続きを促す。家族もこぞって身を乗り出して固唾を飲む中、保安官さんの言葉は、一家全員を奈落の底へ突き落とした。
「ジョージ・スケルトン氏の頭部を誘拐した犯人は、世間を騒がせている『ボーンコレクター』では、ないかと——」
何でも、昨日夕方に二筋向こうの通りを、グランパ・ジョージのものと思われる骨と共に、南に向かって上機嫌で走り去る姿が、近くで目撃されたという。
「ボーンコレクターですって !?」
「そっ、そんな!」
ボーンコレクターは、骨という骨に異常な執着を見せる凶悪犯として、お尋ね者になっている——スケルトン家にも、それくらいの予備知識はある。
気に入った骨には、堂々とストーキングを繰り返し、誘拐未遂は数知れず——残念ながら、発見が遅れて無惨な姿で回収された被害者もいる。
事件解決の手がかりになればと、全骨自粛期間中に、事件を洗い直した結果、ポンコツ刑事の見落とし、過去十二ヶ月分が新たに加わり、とんでもない数の犯行を繰り返している、相当にヤバイやつ——ということが判明した。
「全っ然、ダメじゃないですかっ!」
「誠に、面目次第もありません」
保安官さんは、深々と頭を下げて陳謝する。
件の通り魔には、家族の気配はなく、定住もしていない。ナワバリはあるようだが、常に周囲を警戒し、居場所を特定させない恐るべき嗅覚と身体能力を駆使し、未だ逮捕に至っていない。
当然ながら、ボーンコレクターは連続事件からつけられた通称であるため、本名は誰も知らない。「ある日、ゴーストタウンに現れた漆黒の悪魔」——被害にあった骨たちは、口を揃えて、そう語る。
「目撃情報から、ある程度の居場所は特定できているのですが、迂闊に踏み込むと逃げられてしまう可能性が——」
「確かに、保安官さんの仰るとおりだ。それに何より、危険すぎる。特に、私たちには……」
ミスター・スケルトンが、頭を抱えて苦悶する。
「そうでしょうとも」
保安官さんも同意して、重々しく頷くばかりだった。現在、特別チームと共に対策を進めているという。
家族の動揺もさることながら、グランパ・ジョージの通り魔事件は、『ガイコツの頭蓋骨すっぽ抜け おじいちゃんの頭部誘拐される』との見出しで、地方新聞の夕刊に載った。
しかし、グランパ・ジョージ無事救出の一報は、その後二日経っても警察からもたらされることのないまま、時間ばかりが過ぎ去っていった。
はあ……と、ジャックは頬杖をついて深々と溜息を吐いた。周囲では、クラスメイトが各々、授業の合間の短い休憩時間を満喫している。
「ジャック、おじいちゃん(の頭)、まだ見つからないの?」
そっと声をかけてきたのは、ジェイコブだった。
「うん。もう三日経つのに、音沙汰ないんだ……ぐすっ」
じわっと眼窩の奥が滲む。落ち込むジャックを気遣って、ジェイコブは、そっと薄い肩甲骨を撫でる。そして、俯くジャックの目の前に、そっと、ライブCDを差し出した。
「貸してあげる。元気出して」
ジャケットには『スムーズ・クリミナル』の文字。
「……。あー、うん、ありがとう」
そうだね。
体を斜めに倒す半重力パフォーマンスは、この作品の名物だね——MJフリークのジェイコブなら、速攻で、テンションアゲアゲMAXになること請け合いだが、そのタイトルは、言い換えるなら『容易なる犯罪』——。
ナチュラルに追い討ちをかけていくスタイルのジェイコブだが、名誉のために付け加えると、彼に悪気はない。
そして、それはジャックもよく知っている。
「きみ、その浅はかなMJ脳を何とかしたまえ」
二人の会話に割って入ったのは、きっちりと幾何学模様に編み込まれた包帯が
「スティーブン……」
途端に、嫌そうな声になってしまうジャックだったが、スティーブンは気にしない。そもそも、嫌味以外で絡んでくることがない同級生が、一体何の用なのか、という空気が二人の周囲に充満する。
「珍しいね、スティーブンがジャックを気遣うなんて?」
不思議そうに首を傾げるジェイコブを、スティーブンは、ふふんと鼻先であしらう。
「分かっていないな、きみは。僕は正直、ジャックのことなど、どうでもいい。ジャックのおじいさんの頭についても同様に——だ。
だが、しかし! ジャックのおじいさんということは、即ち、スージーのお祖父様ということだ!」
どどーんと曰うスティーブンに、ジャックは「けっ」と悪態を吐いた。
「お前は、そういう奴だよ」
「それを、スージーが聞いたらどう思うかって、考えないところが、スティーブンらしいよね」
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