スケルトン家の愉快な日常2

ジョージSOS!

01. あの日、あの時、あの場所で。

 2004年、某日。

 入道雲を思わせる、白く巨大なふわふわゴーストが仮釈放された。


 彼は、1984年、ニューヨーク市に壊滅的被害をもたらした凶悪犯として、人間に現行犯逮捕されたのち、ここ、ゴーストタウンにある『ふわふわ専門ソフトパフト刑務所』に引き渡され、実に二十年もの間、服役していたのである。


 そしてまた、同時期——。

 ゴーストタウンの一部界隈において、連続して起こる猟奇通り魔事件が、世間を震撼させていた。狙われたのは、いずれも骨ばかり。


 あるものは、体の一部を食い取られ、またあるものは、奪われた体の一部を、ただ地中深くに埋められていた。老若男女は関係なく、何で狙われたのかも定かではない。

 被害者に共通しているのは骨である、ということだけだ。


 犯人は、どこの誰かも分からず、警察を嘲笑うかのように捜査の網をすり抜けて、未だ、捕まってもいない。ゆえに、捜査関係者の間では、『ボーンコレクター』とコードネームが付けられた。


 これを受けて全国骨密度データバンクは、この程、全骨に向けて、安全が確保されるまで、極力不要不急の外出を控えるよう、通達を出すに至った。


 しかしながら、一年もすれば、引きこもり生活にも飽きてしまうというものだ。一人、また一人と外出するものが増え始め、一時期、影を潜めていた猟奇事件が、再び、始まったのである——。


 そんな世情の中、某日。

 グランパ・ジョージ・スケルトン氏は、スキップをしながら、ゴーストタウンの楽しい我が家への家路を辿っていた。


 何ゆえ、ご機嫌なのかは、よく分からないのだが、とにかく上機嫌だった。老骨をカツカツ音たてながら、そこら中に、ふわふわとお花を撒き散らしながら、スキップ、スキップ、ランランラ——


 そして、二時間ドラマの冒頭のごとく、事件は起こった。


 上機嫌でスキップしていたグランパ・ジョージの耳には、この時、獰猛間違いない獣の唸り声が——聞こえた気がした。楽しい気分もどこへやら、コツリと足を止めたグランパは、じっと側頭骨中央、外耳孔あたりに全集中して息を殺す。

 背骨からは、ピリピリとした帯電性の高い殺気が伝わってくる。


「こ、この気配は……、いったい何じゃ!?」


 何かは分からない。

 だが、物凄くいやあ〜な感じはする。

 それだけは分かる。


 そんなグランパ・ジョージの脳内に、米海軍の無鉄砲で型破りなパイロットあたりが好きそうな、ベースとエレキが勢いよく流れ始めた。


 ぐる、ぐるる、ぐるるる、る、る……っ


 道路に視線を移したジョージは、自分に忍び寄る不気味な影を見た。後ろから、じわり、じわりと伸びてくるその影は、やはり、何らかの獣の姿と思われた。


 ぺた、ぺた、ぺた……ぺた。


 何らかの獣は不敵にも、まるで足音を消そうともせず、好戦的に唸りながら、確実に、ジョージとの距離を詰めてくる。しばらく続いた膠着こうちゃく状態ののち、グランパの脳内では、ケニー・ロギ○スが高らかにシャウトした。


 ハーイウェーイ トゥーザー デンジャーゾーン!

 (ドゥッドゥ ドゥ〜ル)

 ラーイディーン トゥー・ザ デイィンジャゾォォ——ン!


 その瞬間、グランパに電撃が迸った。そう、内なるケニーが警鐘を鳴らすように、まさしく、この場はデンジャーゾーン。

 そう理解したグランパ・ジョージは、今年一年分の全精神力と全集中力をもって、全速力で走り出した。


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


 カツカツ、カカカと音を立てながら、老骨は必死の形相で大通りを駆け抜ける。道中、「火事じゃ——!」と叫べば、誰もが行手を開けてくれた。良い子は決して、真似をしてはいけない。

 全力疾走するグランパのフォームは、未来型液体金属製のアンドロイドを彷彿とさせる、非常に美しいものだった。どうやらグランパは、ご機嫌で往年の名作映画を、たらふく鑑賞してきた帰りのようだ。


 大通りを駆け抜けた後は、土地勘をフル活用して裏路地に入り、そのまま、しばらくチョロチョロと、小道、抜け道を駆使して走くり回った。ようやく、背後の気配が無くなったのを感じて足を止めた頃には、ぜぃぜぃを通り越して、ひゅ〜ひゅ〜と、か細い呼気が漏れ出ていた。両肩を荒く上下させながら、そっと後ろを振り返ってみる。

(よし、いない……)

 ほ——っと、長い息を吐き出してから、気を取り直して歩き出そうとしたグランパ・ジョージであったが、一難が過ぎ去ったわけでは、決してなかった。


 ドラマだろうと映画だろうと、冒頭でクローズアップされる人物は、必ず事件に巻き込まれるよう出来ている。


 ぐるるるるるっ


「ひぃ……っ! びっくりしたあ!」


 何らかの獣は、予め先回りしており、予定調和として裏路地に待ち伏せスタンバイしていたのである。これは、全ての物語ドラマに共通する仕様である。


 驚いた拍子に、グランパの肋骨が数本、コキリと鳴った。慌てて踵を返したものの、驚いた一瞬のロスタイムは、何らかの獣にとって飛びかかるに十分であった。


 ギャウワ——ッ!

「ぎゃああああああああっ」


 一切の迷いも、躊躇もなくグランパに飛びかかった、何らかの獣が、がっぷりと頭蓋骨に噛み付いた。なけなしの抵抗を見せるグランパ・ジョージであったが——。


「わーっ、助けてくれ~っ!」


 泣き叫ぶジョージの声は、無常にも軽快な足音とともに遠ざかっていく。グランパは、白昼堂々、通り魔に連れ去られてしまったのだった。


 順調に起きてしまった事件。

 現場目撃者は、誰もいない。


 骨であるが故に、所持品や血痕など残せるはずもなく、犯行現場に残されたのは、ほぼ原型を留めた大量の骨の塊——おやおや。


 何ともお粗末な犯人である。証拠隠滅など最初ハナから考えてもいなかったようだ——杉下○京なら、きっとそう推理する。


 犯行現場には、グランパ・ジョージ・スケルトン氏の体が、キレイな状態で残っている。何から何まで、揃って残っているのである。

 ——そう。

 ただ、細い首の——頭蓋骨だけが無い。

 そこに呆然と佇んでいるのは、首無し骸骨ボディの寂しげな姿であった。

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