07. 大丈夫だって、言ってくれないかい?

「ジャック、大丈夫?」

 生垣を越えて駆け寄ってくるスージーが、途中、何かキラリと光る四角い物を拾い上げる。

「スージー、それ何?」

 首を傾げながら尋ねるジャックに、スージーは珍しく歯切れ悪く口籠る。


「何かの役に立つかなと思って、一緒に持って来たんだけど、ごめん。ジャック——」

 すっと差し出された透明な四角いプラスチックケースの表には、『スムーズ・クリミナル』の文字。


「えっ !? ええっ…… !?」


 それは、バキバキにひび割れたジェイコブの宝物、MJのライブCDであった。全身カラカラと音を立てて青ざめるジャックは、今にもバラバラになってしまいそうだ。


「ジャック、大丈夫かい?」

 アンジェリーナちゃんを無事に保護してパトカーに乗せたあと、保安官さんがジャックの側に駆け寄った。


「保安官さん……、ぼくを、ぼくを、カリフォルニアのネバーランドに連れてってください——!」


「え、どうした、急に?」

 うわーんと泣き始めたジャックに代わり、スージーが冷静に事の次第を保安官さんに説明する。そして、バキバキに割れたCDケースを見て、保安官さんは残念そうに嘆息した。

「さすがに、警察では処理できないよ」



 次の日。

 ジャックとスージーは、ボロボロのCDを持ってジェイコブの足元に平伏ひれふして謝った。教室内は、その光景を見てざわりとし、当人はオロオロと狼狽える。


「ごめん。ごめんね、ジェイコブ。せっかく貸してくれたのに」

「ごめんなさい、ジェイコブ。投げたの、あたしなの」

 二体のガイコツに土下座され、元々、心優しいジェイコブは、どうしたものかと慌て出す。

「い、いいよ。大丈夫だから、頭をあげて?」


 べそべそに泣き崩れたジャックに、ジェイコブはのっぺりとした色白ゆで卵肌で、口元をにっこりと綻ばせる。

「それは、貸出用だから、ね?」


「貸出用?」

 おうむ返しに尋ねるジャックに、ジェイコブは、こくりと頷いた。


「貸出用、自分用、観賞用、あと永久保存用! ファンなら、これくらい当たり前だよ!」


「……」

「……」


 ガイコツ二人には、遠く理解に及ばない、計り知れない熱量がジェイコブを赤く染め上げる。それに、これからは、音楽はダウンロードする時代であるとジェイコブは力説する。

「それにね、ぼく信じてるんだ」

 ジェイコブは、つるりとした色白頬をポッと染めた。


「何を?」


「MJは、死んでも天国なんか行かずに、ゴーストタウンに来てくれるって! お父さんもお母さんも、お隣の空き家を改装して準備万端なんだよ!」


「……」

「……」

 沈黙する二人とは裏腹に、教室全体が不穏なざわめきに包まれた。


「今から待ちきれないよ!」


 ふふふ、とジェイコブは無邪気に笑う。そんなクラスメイトを、ただただ見守ることしかできないスケルトン家の下の子供たちは、肯定も否定もせずに、ただ黙るしかなかった。


〈アニー、アーユーOK?〉


 スムーズ・クリミナルで何度もリピートされるサビが、押し黙るガイコツたちの骨という骨の隙間からこぼれ落ちてくる。


〈大丈夫だって、言ってくれないかい?〉


 幸せそうに微笑むジェイコブその人は、とても可愛らしい。だがそこに、そこはかとなく漂う狂気に似た何かが、否応にも見え隠れしているのだ。


〈そして君は襲われた。それが運命だったんだ——〉


 これが、この楽曲の最後を飾るフレーズだ。



 のちに、世界中に衝撃を与えた2009年6月25日——それは、ジェイコブ・ノッペラにとってあやまたず運命の日となるわけだが、今はまだ、少し先の話だ。

「ジェイコブ……」

 何か言いたそうにしながらも、何を言っていいのか分からないジャックが、友人の名前を呟いた直後、傍らから静かに首を振るスージーが、そっと止めた。


 何はともあれ、平穏が戻ったゴーストタウンのスケルトン家では、一家によるグランパ補完計画——つまり、バラバラガイコツ立体パズルによって完全復活したグランパ・ジョージが、「手柄を正義のヒーローに横取りされた!」と、不満ぶうぶう拗ね切って、向こう数週間ものあいだ、一家を困らせることになるのであった。



おしまい

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