03. イエス! ディス・イズ・イット!
そして無情にも、ゴーストタウンは、とっぷりと夜に沈む。グランパ・ジョージ以外の一家は、しんと静まり返って、そこそこに夕飯を終えた。
「風邪引かないようにね。ティッシュとハンカチは持った?」
ティッシュとハンカチくらいが何だ、と言わんばかりの態度の子供たちに、ミセス・スケルトンは、最後にそっと大きな白い袋を手渡した。
「踏まれないように、気をつけるのよ」
「……」
「……」
ジャックとスージーは、深い溜息を吐いて頷いた。
「さあ、さあ! 準備はできたか、孫たちよ!」
二人がそっと袋を鞄にしまったタイミングで、ペッコンポッコン賑やかな音を立てながら、老骨が玄関に現れる。見るからに仏頂面の孫たちに比べて、グランパ・ジョージの何と晴れやかにめかしこんだものか。
宴会用のキラキラ蝶ネクタイに合わせる上着の袖から垂れるジャラジャラは、昭和の住宅にぶら下がっていた玉のれんの如しだ。否応にも目立って仕方がない。
「どうじゃあ、アキラ
コーデと比較対象が、色々おかしい。
「……」
「……」
「……」
複雑な空気の入り混じる中、グランパ・ジョージは両手に孫たちの手を引いて、ステップを踏みながら、ジャラジャラと音を立てながら、夜道を踊り去って行くのだった。
「頑張るのよ。ジャック、スージー……!」
ミセス・スケルトンは、三人の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
ゴーストタウンには、いくつかの有名な公共施設がある。市民会館もそのひとつだ。複合型の施設には、少人数用の会議室から、大型セミナー向けの大講堂まで幅広く備えた、地下一階、地上六階のRC造建築である。
地上二階と三階に渡って、吹き抜けのワンフロア丸ごとが貸切ダンス会場だ。中央のメインホール以外にも、扉を隔てた外側通路には、軽食販売カウンターや飲食コーナー、物販スペース、着替え用のロッカー控室、複数お手洗い、授乳室まで完備している。
そんな市民会館の二階メイン会場には、既に大勢が集まっていた。どの人も顔なじみだ。平たく掻い摘んでも、放っておいて盛り上がる環境になっている。
「おっひょーい! 今年はまた一段と盛況じゃ——!」
案の定、会場に一歩足を踏み入れたグランパ・ジョージは、一層細かいステップを踏みながら、ダンスフロアに舞い上がった。まだまだ余興だというのに、ノリノリだ。
「色んな人が集まってるんだね」
老骨の手から解放されたジャックは、手の甲をさすりながら興味深そうに周囲に視線を走らせる。
「あ、見て見て、ジャック。世界的有名人がたくさん!」
スージーの指差した先には、嘘か本当か、フランケンシュタインさん、ドラキュラさんを筆頭に、数々の映画にも登場する有名人が、シャンパンを片手に寄り集まって談笑していた。
「ほんとだ。狼男にジェイソンさん。あっちは一反木綿に塗り壁さん——まさしく和洋折衷、何でも有りって感じだね」
ジャックも感心した様子で眺めている。
「美女さんの所の野獣さんもいるよ。あれは——蛙? あっちは白鳥さんと黒鳥さん……? ああ、お姫様シリーズ変身担当の人たちね!」
「何、それ……。スージー、落ち着いて」
出掛ける前は散々ぶーたれて、ジャックに対してくどくど文句を垂れていたスージーだが、すっかり面白くなってしまっている様子だ。
熱気で溢れる会場で、水分補給は欠かせない。ジャックは、軽食販売カウンターで買ったオレンジジュースを一つ、スージーに手渡した。
「ありがとう、ジャック」
「いえいえ、どういたしまして」
骨に消化器官はないのだが、ゴーストタウンの飲食物は、ゴースト仕様なので問題ない。間違っても、口に入れて、そのまま床にぼたぼた撒き散らすようなことはしない。彼らは、とても衛生的なのだ。
会場に入ると、場内はいっそうの盛り上がりと歓喜に沸いている。
「わー!
今年は、合間、合間にスペシャルゲストによるコラボダンスが挟まれる趣向の凝らされようだ。群衆と共に歓声を上げるジャックとスージーの注目する先で、バックダンサーたちと共に披露されるMJの舞台は、圧巻の一言に尽きた。
「ねえ、あれ……。グランパじゃない……?」
オレンジジュースを飲みながら、ふとスージーが冷めた声音で指差した先に、ジャックは、よーく目を凝らす。遠目だが、確かにバックダンサーに混ざって踊る、骨がいる。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、二人して同時に吐いたのは、どこまでも深い溜息だった。長い影を背負う孫たちの心労など欠片も気付いていない彼らの祖父は、スポットライトを浴びて、実にノリノリでスリラーしている。
「何かもう、アレすぎてアレだわ」
「よく分かんないけど、よく分かるよ」
鞄の中の袋が、やけに重たく感じる二人は、チルーっとオレンジジュースを飲みながら、気分を変えるために今一度、周囲を観察し始める。
「あ。見て、あれ。覆面してる!」
スージーが思わず声に出して指差した。
「ほんとだ、怪しすぎる……」
ジャックも確かに目視したその先には、仮面舞踏会と勘違いしているのか、それとも仮装大会と間違えたのか、妙に浮き立ってしまっている一行がいる。
いわゆる目出し帽を華やかに飾り付けたような仕様や、スクリーム感溢れるフェイスマスクをカラフルペイントしたお手製の覆面は、何とも憎めない仕上がりだ。そんな姿で、キラキラ飾りのついたMJうちわを両手に、目一杯の歓声を上げている。
「ああ、思い出した! あれ多分、ノッペラさん達だよ!」
「ノッペラさん? ええ? 話しかけてもギリギリまで振り返ってくれない、シャイで有名な、あのノッペラさん? あんな悪目立ちしてる人たちが?」
「スージー、言い方……」
スージーの驚きも、ある意味ではもっともだ。というのも、ノッペラ・ファミリーは基本的にとても控えめで大人しい。声をかけられても、その性格ゆえに、なかなか面と向かって会話をしてくれないことも、しばしばだ。
「去年、グランパ・ジョージに聞いたんだ。大勢の前で素顔を出すのは恥ずかしいって理由で、毎年ああやって、手作りのお面をつけて来るんだって」
ジャックは説明しながら、クラスメイトであるジェイコブ・ノッペラの、つるりとした卵肌の顔を思い浮かべた。そういえば以前、MJのCDを大事そうに自慢してくれたことを思い出し、何だかほっこりしてしまう。
「じゃあ、あの極彩色スクリームはジェイコブなの? 学校じゃ、普通に顔出ししてるじゃない。お面っていうけど、隠しすぎて、あれじゃ、まるで強盗みたい」
スージーはキッパリと言い放った。
「スージー……」
確かに、仮面の一行もといノッペラ・ファミリーは、ヒートアップするMJコールで、完全に、この場の空気から浮いてしまっている。ジャックはクラスメイトとその家族を見守り、そして静かにフォローの言葉を飲み込んだ。
「頭隠して尻隠さずって、ああいうことを言うのね」
「……」
ジャックにも思うところはあるのだが、スージーの追討ち発言に反論できる気がしない。仕方ないから黙っていることにしたジャックは、チルーッとオレンジジュースを飲み干した。
「あ。スティーブン・ミイラだ」
目撃早々、嫌そうな声を出してしまったジャックたちに向かって、包帯をおしゃれ巻きした
「やあ、スージー。きみも来てたのかい? 今夜もかわいいね。あっちで二人で話そうよ、ドリンク奢るよ?」
「……」
同級生であるジャックを無視して、
隣で「うわあ」っと、心理的悪寒に身震いするジャックを無視するスティーブンだが、そんな気障ミイラのことをガン無視決め込んで、スージーは淡々とオレンジジュースを飲み干した。
「ジャック。あたし、次はグレープジュースがいい」
「あ、うん。分かった、ちょっと待ってて」
ミイラはガン無視だが、骨であるジャックとは、にこやかに会話するスージーに、スティーブンは肩をすくめて首を振り、わざとらしく嘆息する。
「仲良くしようよ、スージー。ボクら、何だったら結構近い種族だよ? なあ、ジャックもそう思うだろ?」
唐突に話題を振られて、ジャックは思わず下顎をずらした。
「は……? あー、そう——なのかな? まあ、ベースは骨だし?」
適当な相槌を打ちながら、おかわりのジュースを買いに行くジャックに、なぜかスティーブンが肩を組んで追随する。一見、仲良さそうに振る舞うスティーブンだが、スージーに見えない所まで来ると、ひそっと悪態をついた。
「ミイラと、ガイコツを一緒にしないでくれるかな? 上等なミイラになるには、時間とお金がかかるんだから」
おしゃれ巻きした首元の包帯を、指先でくるくるしながら嘲笑するスティーブンに、ジャックはムッとして言い返す。
「言っとくけど、スージーだってガイコツだよ」
「かわいいスージーと、きみみたいなガイコツを一緒にしないでくれるかい?」
美人を見つけて、気取った様子で去って行く嫌味ミイラの背中に向かって、ジャックは思い切り「いーっ!」と口を横にした。
「何だよ。ミイラだって骨と皮じゃないか。自慢になるもんか! これだから金持ちは!」
憤慨しながら、ジャックは軽食カウンターの順番待ちの列に並ぶ。少し小腹が空いたなと考えていると、ちょうどカウンター横のケースに特大ロングチュロスが並んだ。
「お次の方、どうぞー」
「グレープジュースとチュロス一本ください」
スージーの所に戻ると、一人になったスージーは複数人に囲まれて、ひっきりなしのナンパ攻撃にあっていた。見れば、ジャックのクラスメイトも何人か含まれている。
面倒くさそうに断わっているスージーは、だいぶイライラしていそうだ。相変わらず、お菓子や何やと押し付けられているらしい。
(同じ骨なのに、どうしてスージーは、あんなにモテるんだろう? 骨密度? カルシウム量?)
しかし成分は、自分と何ら変わらないはずなのだ。首を傾げながら、ジャックは世の中の不思議を考えてみたが、答えは到底分かりっこなかった。
「ねえ、いいじゃん。一緒に踊ろうよ」
「はいよ、ごめんよ。ちょっと退いて」
デレデレと鼻の下を伸ばしているクラスメイトを軽く蹴飛ばして、ジャックは輪の中を押し通ると、スージーにコップを手渡した。
「スージー、お待たせ。はい、グレープジュース」
「ありがとう、ジャック」
周囲の
ダンスフロアでは、一般人がノリノリで踊り明かしている。その中心で一際目立つ骨が、ノリノリでロケンローしている。そんな光景を何とも言えない表情で眺めながら、ジャックは出来立てほやほやのチュロスを頬張った。
「ジャック! 空気読めよ、そこはスージーにチュロスだろうが!」
クラスメイトがジャックにブーイングを垂れる。公共の場で堂々と公序良俗に反する同級生の意図を、さすがのジャックも無視するわけにいかなかった。
「黙れよ、うるさい」
「何だよ、ジャックのくせして!」
肋骨を掴まれて、ぐらぐら揺さぶられるジャックは、全身の骨をカラカラ鳴らしながら、「あー、あー、や〜め〜ろ〜」とか細い声を漏らす。あんまり乱暴にされると、バラバラになってしまいかねない。
「おまわりさーん、この人ですー!」
グレープジュースを片手に、スージーが声を上げると、周囲の大人が一斉に振り返って駆けつけてきた。そのまま同級生たちは、他のメンズ共々袋叩きにされて、会場の外へと放り出されたのだった。
「あー。せいせいした」
チルチルーッとジュースを飲む妹の姿を見て、ジャックは心中密かにすくみ上がった。何だかんだと、スージーはとてもたくましい。兄貴としての面目の無さに、改めてヘコむジャックだったが、スージーはまるで気にしていないのであった。
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