04. ヒーローをレンタルしたぜと、兄は曰う。

 テレビでは、逮捕されたマシュマ○マンの続報が、淡々と流されていた。


「警察の調べに対し、映画出演のオファーがあったから、制作担当者に話を聞くつもりだった。街を壊すつもりはなかった——などと、述べており」


 だが、全長三十メートルを超える巨体が闊歩すれば、必然として街は破壊されてしまう。その点を指摘されてもなお、彼は静かに同じ言葉を繰り返していた、という。

 この二回目の逮捕と、人間側の大人の諸事情が重なり、どうやら続編構想は幻として消えるらしい。代わりにリブート作として再編成され、ゴーストポジションには代役が立てられる見通し、とのことだ。

「……」

 淡々と流れるニュースを聞いて、ジャックは、しんみりしてしまう。小さい頃買ってもらった、ふわふわ玩具とマシュマ◯マンが、よく似ているから余計に、だ。


「聞け、弟妹きょうだいよ! 明日グランパを奪還するぞ! ふははははっ」


 お調子が良く、ころころと変わる気分屋の兄が、意気揚々とリビングになだれ込んできたのは、まさに、そんなタイミングであった。ジャックは涙を拭いながらテレビを見ていたし、スージーは雑誌をめくっていた。


「えっ?」

「はあ?」


 減塩甚だしい弟妹たちの薄味な反応に、踏ん反り返って高笑いをしていたはずのピーターは、そのまま、ちーんと押し黙る。短い沈黙ののち、はっと我に返り、軽く咳払いをして仕切り直すと、おもむろに自分のパカパカケータイを、ご老公の印籠のごとく二人にかざす。


「えーっと……、ケータイが、どうかしたの?」

 どうしようか、少し考えた末にジャックが空気を読んで尋ねると、ピーターは案の定、先程と変わらず大威張りだ。


「やっと、連絡がついたぞ!」

「だから、どこに?」

「ふっふっふ、聞いて驚くな。正義の味方を一人、レンタルしたんだ!」


「……え?」

「……は?」


 ピーターの予想に反して、リビングの空気は寒冷地帯よろしく凍りついた。


「いや、もっと驚けよ」


「ええ? だって、ピーターが驚くなって言うから」

「あたしは、またピーターがホラ吹いてるのかと思った」


 ジャックもスージーも実に淡々と、至極冷静に答えるものだから、今度ばかりはピーターも気が抜けてしまった。

 スージーに至っては、まるまる信用していないのだから、大威張りしたのに、逆に何だか格好悪い思いをしてしまったピーターは、消えかけた心の炎を、もう一度、奮い立たせて着火する。


〈一本だけならチャッカマーン。二本持ってる、オレさまチャッカ!〉

 長兄の胸骨の隙間から、そのような声が、こぼれ落ちてくる。


「ど、どうしたの、急に……!」

「どこかで聞いた複数形ね」

 ピーターは、ただ、両腕を広げて己を鼓舞しているだけである。心の炎を燃やすのに、ちょっとやり方が、時代に追いついていないだけだ。


「いや、そこはちゃんとツッコめよ、お前ら! あのな、オレはマジで言ってんだぞ。知らないのか? 最近流行ってるんだぜ、レンタルヒーロー業ってやつが!」


 お調子乗りの長兄の渾身のボケがスルーされ、諦めて本題に戻ったものの、ワンテンポ遅いジャックは、ここでちゃんと空気を読んだ。


「あ、ああ! 遊園地とか、ショッピングモールの吹き抜けとかで、やってるやつだね……!」

「おう、オレもそのバイトした事あ——って、違う言ってんだろが、このスカスカ骨太郎!」

 パッコーン、とジャックの頭蓋骨が良い音を立てる。


「いった——い!」

 ちゃんと空気を読んだのに、結局ジャックは叩かれる——そういう生まれ合わせなのだ。その傍で、雑誌をめくる手を止めて、スージー砲が炸裂する。


「何それ。知らないし、聞いたことないよ、そんな怪しげな業種。ピーター、騙されてるんじゃないの?」


 遠慮の欠片もない末っ子の強烈な指摘に、ピーターの燃え上がらせた心の炎が、またもや鎮火を余儀なくされる。


「お前ってやつは……。本当に可愛げの無いことばっか言いやがって……。マジであるんだよ、そーゆー業種! 信用しろよ、お前の兄ちゃんだぞ!」


「ほんと、ピーターがお兄ちゃんとか、あり得ない」

 ガツンと一言ピーターが物申せば、即座に軽く倍返しを見舞う妹だ。二人の眼窩が向き合うと、空気中にバチバチと不穏な電気が流れ出す。


「ま、まあ、落ち着いて、二人とも! そ、それで……っ、どんな正義の味方をレンタルしたの?」


 結局、間に挟まれるジャックが、気を遣うハメになるのだが、肝心のピーターは、とりあえず、くるりと振り返り、家庭用ファクシミリ電話の前に立った。

 重ねてこの時代、ファックスは、ビジネスにおいてエース級の文書通信手段として現役なのだ。


「おうよ。それなんだが、そろそろファックスで詳細が届くはずなんだ」


 ピーッ ピョロロロロ〜

 ガーガーガーガー……ピーッ っぺら。


「お、来た来た」


 因みに、この一見ふざけたピョロピョロ音には、ラインモニター音という正式名称がある。アナログの電話回線で送受信できるのは音声のみであるため、通信内容は全て、音に変換され記憶される。

 例えば、丸ごと通信音を録音しておき、別のファックス機で再生すると、理論上、同じ文書を印刷することが可能というわけだ——というのは余談である。


「何て書いてあるの?」

 ジャックが傍からひょっこりと顔を覗かせる。


「えーと。平素は格別のご愛顧を賜りまして、誠にありがとうございます。——まあ、この辺はいいか。えーっと、この度、派遣いたします正義の味方の名前は『アバレ太郎』……。『暴れたるンジャー』のリーダーだと。——随分、具体的な戦隊名だな」

 依頼した本人も、微妙な空気を醸し出す。


「何か、こう言っちゃアレだけど、正義の味方っぽくないね」

 長兄の顔を伺いながら、ジャックがもそもそ口籠る。


「そもそも、何で、単品切り売りなのよ?」

 そして安定のスージー砲を発射する妹に、ピーターは片手を振って一応制す。


「まあ、待て。えーと、誠に恐れ入りますが、絶賛大人気のため、メンバー全員、現在はセパレートに活躍中でございます。予め、ご了承いただけますよう、お願い申し上げます——だと」


「大丈夫なの?」

 じとーっと兄を睨め付けるスージーの眼窩は、不審者を見るときと同じ様子で落ち窪んでいる。


「ねえねえ。アバレ太郎、六歳って書いてあるよ」

 ジャックが、長兄の上腕骨をちょいちょい摘みながら、控えめに指差した箇所には、確かに書いてあった。年齢の項目に——六歳と。


「うおっ、な、何じゃ、そりゃ !?」

 素っ頓狂なピーターの声にかぶせて、ジャックが続きを読み上げる。


「尚、正義の味方はトップシークレットであるため、写真等、個人情報が漏れる恐れのあるものは、掲載を遠慮させて頂いております。重ねて、ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます——だって」


(う、うさんくせぇな……っ!)

 ピーターは、心の中でそう漏らした。

 ジャックとスージーは、(どうせなら、藤○弘、に依頼した方が希望が持てたんじゃないか……)と考えていた。


 不安ばかりが膨らんでいく中、それでも、朝はやって来るのである。

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