ネタバレ注意

 部屋の掃除をしていると、面白い物を見つけた。

 文庫サイズの本だが表紙にはちょっとした模様が描かれているだけでタイトルの類は一切書かれていない。

 こんな本は全く記憶になく、いつ購入したかもわからない。私は掃除の手を止めて中身を確認することにした。

 本を開いてもタイトルも目次も書かれておらず。おかしな本だなって思いながら読み進めた。

 最初のページには日付と病院で生まれると書かれていた。それから初めて言葉発したこと、二足歩行したことなどが、退屈なくらいに淡々と書かれていた。

 最初はその本が育児記録をまとめた日記かと思ったが、その内容が私自身の生い立ちと合致していることに気づいた。生まれた日付、病院名、出身校、どれも私と同じだった。

 もしかして両親が私の成長記録をつけていたのではないか。それにしては私しか知り得ない内容があまりにも多すぎる。様々な思案をしつつ、次々とページをめくっていった。本には特別なことがあった日だけが記録されているようで、本の中の自分は瞬く間に成長していった。

 あるページで手が止まった。先月、彼女に振られたことが書かれていたページだった。そこで、この先のページに書かれていることは未来のことだということに気づいた。

 未来のことは誰もが知りたがっていると思う。未来を知ることができれば、将来いくらでも楽ができるだろう。

 私は好奇心には勝てずページをめくった。

 そこには、ちょうど明日の夜、足を骨折して病院に運び込まれたと書かれていた。残念ながらどういう状況かは書かれていなかったが、つまり怪我をする状況に身を置かなければ良いというわけである。たとえば家に居れば自動車事故に巻き込まれることはないし、重い家具などの近くに寄らなければ急に倒れてきて足を挟まれるなんてことも起こらない。ついでに布団にでも包まっていれば少しの衝撃なら緩和されるだろう。

 私はとんでもなく幸運な物を手に入れてしまったのかもしれない。


…………


 今病院にいる。結論から言うと怪我は回避することができなかった。

 会社は風邪をひいたと嘘をついて有休を使って休んだ。時間は夜と書かれていたが、万が一のことを考えて一日自宅のベッドの中で過ごしていた。

 それでも何もしていないのに骨折をした。医者によると疲労骨折とのことだ。こんな偶然あるだろうか。

 やはり本に書かれた未来を回避することはできないのだろうか。

 いや。今回はたまたま回避不能な未来だったのかもしれない。まだ可能性はあるはずだ。

 本は今、私の手元にある。入院で部屋を留守にした際に他の誰かに読まれたくなかったからわざわざ持ってきたのだ。

 入院中どうせ暇なのだからこの本の研究をしよう。


…………


 この本は恐ろしい。どんなことをしても書かれていることを回避することができない。

 今の会社を辞めると書いてあったので先手を打って退職願を出した。しかし、届け出はすぐに受理されず、退職日は結果的に本に書かれていた日になった。

 宝くじで10万円当たると書かれていたので、宝くじの購入自体をしないことで回避しようとしたが、カバンの中に誰かが落とした当たりくじが入っていた。

 それ以外にもどんな工夫をしようとも本に書かれた通りになってしまった。

 もうこの本は封印しよう。捨てたり燃やしたりして何か起こっても嫌なので本棚の奥にでもしまっておこう。

 いや、その前に最後に1ページだけ読もう。このままでは本のことが気になってまたいつか読みたくなるだろう。ならば、最後に1ページだけ読んで本への未練を断ち切る方が良い。どうせ直近の1ページだけ。ページ数はまだまだあるし、大した内容も書いていないだろうから。


…………


 読まなければ良かった。どうして我慢できなかったんだろうか。

 あと1ページだけ、あと1ページだけ、と結局最後のページまで読んでしまった。

 未来を知らずに生きることがどれほど幸せなことか読み終えてからようやく気づいた。私はこれから起こることへの楽しみの全てを失ってしまったのだ。

 占いでも、預言でも、自らの未来を知りたがっている全ての人たちに告げよう。

 未来を知っても幸せにはなれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安心してお怖がり下さい 六波羅清昭 @rokuhara_kiyoaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ