提起性の強い作品

強い思想性というよりも、強い提起性という感じのする作品だった。そして面白い。

本作を読んで私は、死とは何か、生とは何かということ、そしてなぜ我々は「生きている」と思い込めるのか、という問いが浮かび上がった。

この提起、特に後者の提起がとても興味深い。生や死について思索するのはありふれたことだと思うが、その思索の前提にある、「なぜ生きていると思い込めるんだろう」と考えることは少ないのではないか。

そして、アプローチとして本作が取り上げているのは「時間」と「他者」だろう。これはある種王道な二つの要素かもしれないが、それもまた良い。

特に前者。生きているから時間を観測できる、感覚できると思い込みがちかもしれないが、では時間がなかったらどうだろう。生の実感があるから時間を知覚できるのか、それとも時間があるから生の実感を得るのか。これは深掘りするのに良いテーマなのかもしれない。

近代以降、あらゆる価値観が相対化し、その一方で生の価値の絶対化がされたと言われているが、それを疑う第一歩としても本作は面白いと思う。

また、このように述べると、どちらかと言えば思考実験の類として本作を読んでしまいそうだが、小説としても出来が良いと思う。

というのも、字数を出来る限りスマートにし、簡潔にされてはいるが、その分一文一文が洗練されており、ストーリーとしても感性に響くものがある。

何度か読んで考えを深めたい一作。

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