ふたりの人間のゲノムを融合させることであらゆる難病を治療する「ゲノム融合化施術」という最先端技術が実現された近未来。
癌に侵された「私」は声無き「歌姫」とその施術を受けることになった。
「彼女」は死ぬために、「私」は生きかえるために。
しかしながらゲノム融合化施術を受けるには、ゲノムの照合率がもともと99.9%でないと受けられない。作中の言葉を借りるならば、「地球と同じ環境の星を見つけるより低い」――なればこそ、遺伝子。ゲノム。記憶。能力。人格。なにが個人を確立させ、他人との境界線となっているのか。
なかなかに難しいことを書きましたが、そうした哲学は物語の基礎にすぎません。たいせつなのは「私」と「彼女」の関係。ふたりのゲノムの融合と、――こころの結合です。「彼女」がなにを想い、この施術を受けるに到ったのか。「私」がそれにどれほど救われたのか。
とても、とても美しい小説です。
美しいといっても有り触れた視覚だけの美ではなく、そうしたものを凌駕した、概念とこころの美しさを読者に訴えかけてきます。尊い。という言葉がこれほどふさわしい小説は、そうそうないとおもいます。
ちなみにわたしは読み終えた後、しばらくは「尊い」しかいえなくなって、レビューを書かせていただくためにちょっとばかり期間を置いてから再読致しました。それくらいの衝撃はありますので、これから読まれる読者さまはこころの準備をしておいてくださいませ。
そのかわり、最高の読書時間となることを保証致します。
人の形を司る記録媒体-遺伝子。異なる二人のそれを融合させる施術が実現し、ガンをも克服する奇跡が生まれた。
そんな奇跡を受け入れた「〈声無き歌姫〉ミザ」と「私」の二人の関係を描いた本作の最大の見所は、二人の対比の描き方だ。
人の遺伝子は二重螺旋。それぞれの螺旋は決して交わらない。だが、いずれの螺旋も右巻きで同じ方向に進む。見る角度によっては平面的に交わっているようにも見える。そんな人の遺伝子の構造を二人の関係に重ねながら、彼女達の行き着く先を見届けた後、私の心に残ったもの。それは、作者の秀逸な表現がもたらした、二人の紡ぐ美しきシンフォニーだ。
その旋律はきっと、私以外の読者の心にも必ず届くと確信している。そう、ミザの歌声のように。