砂時計３００秒

＋15

　　　　　　　◇

「あの時。手術室の中でずっと聞いていた気がするんだ」

　彼の乗る車椅子を押しながら、私達は病院の中庭をゆっくりと散歩する。

　今日、非番の私は、秀和の家族としてここにいる。

　肌触りのさらさらとした風が吹き抜けていく。

　遊歩道から見上げた空は高く、季節は秋に変わったのだと感じた。

「美織とさ、よくわかんない黒い男との会話」

　――夢見てたんだと思ったんだけど、でも、夢じゃないだろ？

　そうやって彼は聞くけれど。私は曖昧に笑い返す。

　手術から一か月。

　あの日の記憶は、すでにぼんやりとしてしまって、私自身がもはやあれはタチの悪い白昼夢としか思えなくなってきていた。

「別に死にたかったわけじゃないし、生きられるもんなら生きたかったし、今こうして美織といられるのは本当に嬉しいけれど。それでも、絶対引き受けないでくれって叫ぼうとした。できなかったけど」

「……引き受けるに決まってる」

「知ってる」

　彼が振り返り、車椅子を押す私の右手を、ギュッと握り締めた。

　私は足を止める。

「目の前で傷ついている人を、君は絶対に放っておけないこと、俺が一番よく知ってる。あなたが美織先生である時も、普段の美織さんである時も。それでどれだけ、自分が傷つくことになっても」

「……そんなかっこいいもんじゃないよ」

　そうだ。そんないい人っぽい理由なんかじゃない。

　私が引き受けたのは、ただ。

　ただ、何と引き換えにしても。

　あとたった五分でも。

　あなたの生きる世界にいたかったから。それだけだ。