砂時計300秒

梶マユカ



 嫌になる程殺菌された空間で、感じられるのはタンパク質の焼ける匂いと。



 突然平らになった、バイタルサインの音。



 モノポーラ(電気メス)を持つ私の、手術用手袋に包まれた右手が、不意に痙攣した。



 目の前の手術台には、私の最愛の人がいる。



 誰かが「先生!」と叫んでいる。ああ、あれはオペナースの藤原さんの声だ。



 彼女は結婚を控えている。入籍届には、私と彼が保証人として名を書いた。この病院の病室で。



『人の幸せの保証とか、俺らやっちゃってんのウケるよなー、美織みおり


『もー、もっと真剣に心を込めて書いてよ』


『あ、やべ、心込めすぎて手が震えた』


『うわ本当、いつにもまして字が汚いよ、秀和ひでかず



 これは三日前の会話。目の前で横たわるこの人との。



 そんな、



 最愛の人が、



 目の、



 前、



 で



「……ぃ、ゃ、」



 いや、いやいやいやイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌――――――――




 嫌!!!!!!!





 私の心が絶叫したその瞬間、世界が止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る