1-2 兄妹で過ごすクリスマスも悪くない。

「ぎゅ~~~~~~~~……♪」

「ちょ、あんまくっ付くなって」

「いいでしょ~。夜だから誰もいないし~」

「まぁそうだけど……歩きにくい」

「そんなの兄弟で抱き合いながら歩くことの大切さに比べたら些細な問題でーす。ぎゅ~っぎゅ~っ」


 由奈の要望によりご飯を求めて外へ繰り出すと、いの一番に片腕を奪われた。こいつ……完全にホールドしてやがる……。


 しかし12月も末。夜も遅いとなれば極寒だ。ふたり寄り添って暖をとりながら歩くというのは合理的だ。由奈の言う通り、この時間に周りの視線があるわけもなし。内弁慶な由奈にとっても外で力を抜ける貴重な場面だ。このまま歩いてもいいだろう。


「はぁ~っ。わぁ、ほらほらおにいちゃん。息しろーい」

「そりゃあ冬だしなぁ。うー、さむ」

「雪は降ってないからホワイトクリスマスじゃないけど、その分星は綺麗だねぇ」

「冬は星が良く見えるからな」

「そうなの?」

「なんか空気が乾燥してるからとか言ったっけな。あとは単純に見える一等星が多いからとか」

「一等星って他の星よりも輝きが大きいんだっけ」

「六等星の100倍の明るさ。ほら、あれがオリオン座のベテルギウス。あっちがこいぬ座のプロキオン。で、最後におおいぬ座のシリウス。三つの一等星を結んだら冬の大三角形だ」


 左手で指さしながらうろ覚えの知識で解説してみる。由奈は興味深そうに夜空を見つめていた。


「あれがべテルギウス、あっちがプロキオン……で最後がシリアル……? おにいちゃぁん見つからなーい」

「シリウス、な。ほれ、あれだ」

「えへへ~間違えたぁ……」

「アホ」


 恥じらいを誤魔化すように甘えてくる由奈の頭をまた撫でる。当たり前だが家の中にいたときより冷たい。早めに用を済ませた方が良いだろうか。可愛い妹が年末年始に風を引くなんてあってはならない。


「冷えるしちょっと急ぐぞ」


 歩く速度を少し早めた。

 

「あ、おにいちゃん」

「どうした?」

「私ね、冬好きだな。星も綺麗だし。やっぱり冷たいのが好き。冷たいけど、おにいちゃんといれば温かいから、好き。おにいちゃんと初めて会った季節だから、好き」

「……そっか」

「うんっ」

「まぁ、俺も好きだよ」

「え!? 妹のことが大好き!?」

「いやちげえよ。冬がだよ。文脈考えよう?」

「でもでもでも~、妹のことも?」

「世界一愛してる」

「でへへ……そんなぁ妹のことをめちゃくちゃのぐちょぐちょにしたいくらい愛してるなんてぇ……照れるよぉ……♪」

「いや言ってねえしどんだけ歪んだ欲望持ってんだよこええよ……。家族として、だからな」

「ぶ~」


 不服そうに由奈は頬を膨らませた。


 腕のホールドが緩くなったのをいいことに俺はそれを振り切って少し先を歩き出す。しばらくすると背後から由奈の足音が聞こえた。それは隣に重なって止まるかと思われたが、俺を追い越してゆく。そして街灯の下で止まった。美しい黒髪が光に照らされる。世の男子が見たら一瞬で恋に落ちるような笑顔がその顔には浮かんでいた。


「私は、おにいちゃんのことを愛してるけどねっ。たっくさんの意味で!」


「へいへい。そうですか」


 ゆっくりと追い付くと、由奈は言うことを言って満足したのか定位置に戻って来た。また腕が組まれる。


 目的地まではもうすぐだ。くだらない会話はやめて、さっさと向かおう。


「ねえねえおにいちゃん」

「まだ何か?」

「今日はクリスマスだよね」

「だな」

「今って、まさに性の6時間なわけだよね」

「そうだな――――っておま何言ってやがる」

「そこのお家もそっちのお家も電気消えてるけど……もしかしてみんないちゃらぶちゅっちゅ――――」

「そーいう野暮なこと考えるのはやめなさい! さっさと行くぞ! って覗こうとすんなバカ!」

「え~でも気になる~! ちょっとだけ! さきっちょだけだから!」


 後ろ髪惹かれるような調子の由奈を引きずるようにして歩く。

 まったく、思春期の妹にも困ったものだ。



  お馴染みの音楽が鳴るのと同時にコンビニを出る。そのすぐ後に由奈もついてきていた。組まれていた腕はもう解放されている。それはコンビニに入るにあたって由奈が余所行きの顔になったためでもあるが、今は物理的にその手が塞がっていた。


 店員の目がなくなった途端、由奈はうるうると期待を寄せるようにこちらを見る。可愛いがすぎるからやめろ。これに勝てるおにいちゃんなんていんの? いや勝ったらだめだろ。負けることが勝ちだ。は?


 俺はさりげなく、由奈の細い指にぶら下がるそれを奪った。


「おにいちゃんありがとぉ……感謝、えーえんに」

「やっすそうな永遠だなぁ。てかおっも……」


 手にしたパンパンに膨らんだレジ袋を覗くと、何本かの炭酸飲料と大量のお菓子が入っていた。体面を気にしながらもよくコンビニでこんな大量購入出来るな。元々俺が持っていた分と合わせてお菓子のレジ袋が3つである。そして本来の目的物が入った小さなレジ袋が1つ。


「なぁ、妹様よ」

「なんでしょうか、おにいちゃんさま。これは冬休みの貯蓄ですが。生半可な気持ちでは来る年末年始を超えられませんよ」


 なるほど。2週間ほどもある冬休み。お菓子は買いだめしておかないと生きていけない。ダラダラしたい年末年始、寒い中お菓子を買うために出掛けたくなんかない。


 合理的だ。さすいも。その頭脳も世界一。


 だがしかし。


「……太るぞ」

「……妹は、太りません。ぷい」


 由奈は顔をそむける。

 とりあえず罪悪感はあるらしい。しかし誘惑には逆らえなかった、と。


 俺は小さなレジ袋の方を掲げる。それはほわほわとした熱気と、食欲を掻き立てる香りを放っていた。


「肉まんやめとく?」

「ダメ! それは食べるの! 食べないと今死んじゃう!」

「ですよねぇ」


 とりあえず、肉まんの袋を由奈に渡した。お菓子軍団を両手に分けて持たないと死ぬ。


 帰り道をゆっくりと歩く。深夜の買い食い。謎の背徳感だ。俺の分は買ってないけど。


「はふはふ……おいしい……」


 隣で由奈が肉まんにかぶりつく。寒空の下、星明りに照らされながら温かい肉まんを頬張る妹。ああやばい、写真に収めたい。額縁に入れて一生飾りたい。でも両手は塞がっている。くそ! 誰か俺の代わりにこの光景を! 後世に残すために! いややっぱりこれはおにいちゃんだけの特権だ誰も出てくんなバカ野郎!


「おにいちゃんも食べる?」

「え? ああ、じゃあ一口もらうわ」


 脳内フォルダへ記憶させるために見つめていたら肉まんを食べたいのだと勘違いされたらしい。お腹はやはりまだ一杯だが……妹様の施しを受けないなんて選択肢はない。


「熱いからふーふーしてあげるね? ふー、ふー」


 せっせと息を吹きかけてくれる由奈。それだけで尊い。


「これでよし。はい、あーん」

「さんきゅ。あーん」


「どう? おいし? 妹成分たっぷりでおいし?」

「うむ。成分はよくわからんが美味いな」


 フーフーしながら唾でも吹きかけてましたか?

 まぁ妹の唾くらい家族なら余裕だし? そもそも「あーん」効果で美味さ倍増。


 そしてこの冬空で食べる肉まんというのがまた格別だ。この環境においてのみ肉まんは真価を発揮する。冬にコンビニで買い食いしたいものランキング一位。


「むぅ……」

「どした?」


 ぷくっと、由奈が頬を膨らませる。


「おにいちゃんばっかりフーフーしてもらってズルい」

「はあ? いや、まぁ……たしかに?」

「おにいちゃんもフーフーして?」


 目の前に肉まんが突き出される。両手が塞がっているから食べさせてもらうまでは自然と言えば自然だったが、フーフーとなると少し異様だ。周りの視線などないからどうでもいいが。


 思う存分息を吹きかけてやった。


 由奈はその肉まんを食べると、さっきまで以上の幸せそうな笑顔を浮かべる。今が本当のシャッターチャンス! 


「でへへ……おにいちゃんエキスたっぷりぃ……」


 いや、やっぱりだらしない顔すぎるからフィルムに収めるのはよそう。幸せなら、それでオッケーです。


 横顔を眺めながら、やっぱり妹は好きなものを食べているのが一番だと感じた。それだけで救われる世界が無数にあると言っても過言ではない。

 どこのおにいちゃんが妹の食べるものに文句を付けられるというのか。それでもし妹がぽちゃってしまったとしても、この妹愛が揺らぐはずがないのだ。


 というかぽちゃった妹も少し見てみた……いや何でもない。


「おっ……」


 ふと、視界に白の結晶がちらつく。


「雪! 雪だよおにいちゃん!」


 急遽、ホワイトクリスマスになった。

 由奈は嬉しそうに、その結晶たちへ手を伸ばす。


「おにいちゃんおにいちゃん。そういえばね、言い忘れてたことがあるよ」


「言い忘れてたこと?」

「うんっ」


 両手で小さな雪の結晶を受け止めると、由奈は笑顔を浮かべてこちらを見た。


「メリークリスマス、おにいちゃん」

「ああ……」


 言われてみれば、まだ言ってなかったな。


「メリークリスマス、由奈」


 兄妹で夜更けの通りを歩くクリスマス。それもまぁ、いいだろう。


 家に戻ると、ほどなくして両親もそれぞれ帰宅した。クリスマスまで社畜とは本当にお疲れ様としか言えない。ゆっくりと疲れを癒してほしい。


「ふぅ、これで任務完了っと」


 ひっそりと忍び込んだ由奈の部屋を出る。妹とはいえ女の子の部屋に入るのはどうかとも思うが、クリスマスなのだ。それは勘弁してくれ。せめてと思い寝ている時に忍び込むのは避けた。それはさすがに家族であっても犯罪臭い気がしたのだ。

 しかし上手い具合に由奈がいない隙をつけたため、とりあえずは安心である。居間で佐奈さんと団欒でもしているのだろうか。


 なんにしても俺にとっては好都合だった。これにて本日の業務は終了。さっさと部屋に戻って、可愛い妹が驚くのを想像しながら床に就くとしよう。


 そさくさと部屋へ戻る。


「にゃ~ん♡」

「は……?」


 部屋の灯りをつけると、下着姿の妹がベッドに転がっていた。


 一度電気を消す。そしてもう一度、付けてみた。


「にゃんにゃん、しよ♡」


 再度、灯りをオフ。少し疲れているらしい。


「……さっさと服を着ろ。そして部屋に帰って寝ろ」

「クール! クールすぎだよおにいちゃん! 今日はクリスマス! うら若き男女が一つ屋根の下! やることなんてひとつなんだよ!」

「知るか」


 冷たく一刀両断すると、由奈はがばっと勢いよく身体を起こした。


「なんでぇ!? おにいちゃんは妹のことをえっちな目で見ちゃうイキモノなんだよ!?」

「んなわけねえ……。どこ情報だ」

「エロゲの主人公はみんな妹に劣情を抱くもん! いちゃらぶしてるもん濃厚えっちするもーん!」

「おまいつの間にエロゲとか……それは全てフィクションだ。あとエロゲは後で預かります」

「妹の妹エロゲコレクションに興味があるの!? いいよ! 一緒にやろう!? そうしたらおにいちゃんの意識も変わるかも!」

「やりません。どんなプレイだ」


 業が深すぎる。


「ぶ~ぅ~」


 駄々をこねるようにベッドでバタバタする由奈。意地でも帰る気はないように見える。時に頑固なのが妹だ。そしてそれに逆らえないのが兄である。


 一度、深くため息をついた。


「さっさと服着て来い」

「え?」

「そしたらまぁ、一緒に寝るくらいならいいぞ」

「ほんとに!?」

「……クリスマスだからな。それくらいはいいだろ」

「やったぁ! すぐ着替えてくるね! とびきりえっちなやつにするね!」

「いやそこは普通のにしろ。風邪ひかないようにあったかいやつな」

「はーい!」


 えっちなパジャマってどんなだろう。少し気になったが、邪心は振り払う。


 一緒に寝るなんてどれくらいぶりだったか。仲良くなってすぐの頃は、よく一緒に寝た気がする。でも中学生になると由奈が少し恥ずかしがるようになって。別々に寝るのが日常になった。そして今はまた、羞恥心が行方不明なんだよなぁ……。


 結局、由奈の都合のいいように動かされているような気がした。



「じゃあ、電気消すぞ?」

「うん。おやすみなさい、おにいちゃん」

「おやすみ」


 そう言いながらも、しばらくは特に意識したわけでもなく暗闇の中で適当な会話を続けていた。久しぶりの二人で横たわるベッド。その特別感がそうさせたのかもしれない。


 彼女なんていない。寂しいクリスマスだ。

 でも、こういうのも悪くない。


 いつしか会話は途切れ、由奈は寝てしまった。むにゃむにゃと寝言が聞こえる。


「おにい、ちゃぁん……ふへへぇ……♪」


 俺はちゃんと、おにいちゃんやれてるのかな。

 妹の寝顔を眺めながら、ゆっくりと眠りについた。



 翌朝、目を覚ますともう由奈の姿はなかった。


 その代わりに、枕元には赤い小包が置かれている。

 中を確認するとそこには手編みと思われるマフラーが入っていた。それから、小さなメッセージカードが一枚。



『おにいちゃん、いつもいつもありがとう。ずっとず~~~~っと、大好きだよ!


   世界一可愛い妹より、愛を込めて♡』


 

 こじんまりとした丸文字でそこにはそう書かれていた。世界一可愛い妹様は字までもが可愛らしい。


 やっぱり悪くないな。いや、最高の朝、そしてクリスマスだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る