2-2 思春期な妹は案外ウブである。
~~~100年後~~~
「――――じゃなくって! おにいちゃん!」
「うおっ。どしたいきなり怒鳴るなってビビるって」
「もう2時間たってるよ!?」
「え゛? マジで?」
慌ててスマホで時間を確認するおにいちゃん。時刻はもう少しで夕方を迎えようとしていた。2人して漫画に夢中になっていたのだ。
私なんていつのまにかおにいちゃんのベッドに潜り込んで布団に包まりながら漫画を読んでいた。おにいちゃんと背中をごっつんしたりしながら読むのもすごくすご〜く良かったけれど、Yシャツ一枚はさすがに寒かったのでしょう。あまり覚えてないけど。
「お部屋ぜんぜん片付いてないよぉ……」
ベッドから見渡せるおにいちゃんのお部屋は散らかったまま。むしろさっきより散乱する漫画が増えている有様だ。
「仕方ない。とりあえず買い物に行こう。おせちの準備はしたいし、夕飯作らないと。掃除はまた明日に持ち越しだな」
「うん……」
「落ち込むなって。もとは俺のせいだし。俺が気づくべきだった」
おにいちゃんは困ったように私の頭を撫でる。
私が変に誘惑しようとしてみたり、漫画を読もうとなんてしなければ。「お掃除しなさい!」って一言を私がおにいちゃんに言うことが出来れば良かったのに。
反省です。ふたりでちょびっとずつ反省して、次に活かしたいと思います。
「おにいちゃん、これこれ」
急いでやってきたスーパー。そのお魚コーナーにて、私はさりげなく指をさした。人がいっぱいなので、少し控えめ。大人しめの妹です。
「サーモン? 由奈は相変わらずサーモン好きな」
「うん。だいだいのだいしゅき。あといくら。鮭でも花まる」
それと天下のコシヒカリ様があれば妹は生きていけます。あ、あとお菓子もたくさん。一週間に一回はラーメンも食べたいかも。寒い時にはあったま~る生姜醤油ラーメン。これに限る。
「まぁ海鮮系は大晦日だな。新鮮なのが良いし、買うのは当日」
「え~、今日もサーモンがメインでいんだよ? または鮭いくら丼とか。3杯は食べれるよ?」
「だ~め。年末年始は贅沢すんだから、しばらく我慢な」
「ぶ~」
おにいちゃんにだけ見えるように口を尖らせる。でもそんなせめてもの抵抗も虚しく、今日のご飯は鶏肉さんに決まったようです。いいもん。お肉だって好きだもん。おにいちゃんが調理すればなんだって絶品なのだ。美味しければ正義!
それから作り置きできるおせちの材料を買って、少し急ぎ足で私たちはスーパーを後にした。
「では、桜坂家のワクドキお料理レッスン、Vol.47を始めま〜す」
「わーいドンドンパフパフ~!」
二人でエプロンをして台所に立つ。さすがに裸エプロンではありません。それはまた今度のお楽しみ。
そもそも、台所に二人で立っているというこの構図がやっぱり尊いです。もう実質的に夫婦。
「まずは手を洗います。冬は水が冷たいけれどしっかりと丁寧に」
「はーいおにいちゃんせんせ~」
順番に手を洗う。生徒と先生になり切っているとちょっと楽しい。もしおにいちゃんともっと歳が離れていて、学園の先生がおにいちゃんだったら……とか考えちゃう。そうしたらもう禁断×禁断。ちょっとえっちな漫画の世界になりそう。
「よし。じゃあ本調理に入ります。とりあえず今日のうちに下ごしらえから済ませちゃうのは黒豆と栗きんとん、昆布巻きあたりな」
「昆布巻き! しゅき!」
味が染み染みのやつが好き。それだけでご飯何杯も食べれちゃう。
「私が作る~!」
「おおう。やる気十分だな。ところで由奈は昆布巻きがなんでおせちに入ってるのか知ってるか?」
「え? ううん、わかんない。なんか……色合い?」
私が首を傾げると、おにいちゃんは微笑ましそうに微笑んだ。
「昆布はな、昔から縁起物として扱われてきたんだけどお祝いとしての意味の他にも不老長寿の願いが込められていると言われているんだ」
「不老長寿?」
「ああ。それに昆布巻きの中身に入れられるニシンには『二親』って当て字があったりしてな? 昆布とニシンを使って作られる昆布巻きは両親の末永い健康を願う食べ物なんだ」
「お父さんとお母さんの健康……それって……!」
期待を込めておにいちゃんを見ると、おにいちゃんは頭を優しく撫でてくれた。
「そう、おせちにも俺たちにもぴったりだろ? だから、心を込めて作って父さんたちに食べてもらおうな」
「うん……! 巻く! 私たくさん巻くね! 歳の数だけ食べてもらわないと!」
「いや……それは違う。それは違うぞ由奈さんや……てかそんなに用意してないから……」
なんだか少し困った顔のおにいちゃんだった。
「昆布巻き~♪ 巻き巻き~♪ ずっと健康でいられますように~♪」
昆布とにしんの下ごしらえを終えたら、今度は巻き巻きタイム。巻いて巻いて巻いて、かんぴょうで縛る。慣れてしまえば私でも楽勝です。でも、ひとつひとつ心を込めて。巻き巻き~♪
巻き終わったら、あとは煮てしまえばほとんど完成。ちょろいです。ちょろいんです。ちょろいんだけど、込めた想いは本物。
「あれ、醤油ねえな。由奈、テーブルの方にないか見てきてくれるか?」
「はーい。お醤油ね~」
「あんま走るなよ~床少し水で濡れてたりするから――――」
「だいじょーぶでーす心配ありませ――――きゃあ!?」
フラグ回収はやすぎぃ!? 妹は運動神経が良いはずなのにぃ!?
水盤付近で見事に足を滑らせた私。ああ、目の前のおにいちゃんが遠くなっていく。なんだか時間がゆっくり進んでるみたい。ごめんなさいおにいちゃん。ちゃんと注意してくれたのに。うーん、やっぱり痛いかなぁ。怖いから、ぎゅっと目をつぶろう。
大丈夫。痛いのなんて一瞬だから。
瞼にチカラを込める――――が、衝撃はやってこない。
その代わり、せまいキッチンでガタンッて音。そして背中には、温かい感触。
ゆっくりと、瞳を開いた。
「おにい、ちゃん……?」
鼻先5センチに、おにいちゃんの顔があった。大好きな人の顔。
おにいちゃんが投げ出した左手に、私は床に倒れる寸前で抱えあげられていた。
「っふぅ……。間一髪。大丈夫だったか? どっか痛くないか?」
「う、うん……ぜんぜん……」
「そっかぁ……よかったぁ……」
おにいちゃんは安心してため息を吐く。その息も、鼻息も感じる距離。ちょっと、本当にちょっとだけ顔を近づければキス……できちゃう……。それに右手は私のすぐ横の床を突いていて、なんだかそれは壁ドンならぬ床ドンみたい。ドキリとする。
いつも私を助けてくれる、私の……王子様……ヒーロー。
自然と頬が熱くなった。
「おに、おにいちゃん……その、えと……そのそのそのぉ……」
途端に混乱して、嬉しいやら恥ずかしいやらわけが分からなくなってきた。あわあわと、全然言葉にならない。
「あ、……いやすまん。下ろすな?」
ゆっくりと、おにいちゃんが離れて行く。これまた、助かるような残念なような。おにいちゃんもちょびっとだけ恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「え、えと……あ、ありがと……おにいちゃん。あと、ごめんなさい」
「お、おう……どういたしまして。ま、まぁ俺もちょっと注意を促すのが遅かったな。お互い気を付けようということで。なんか今日、ダメダメだな俺たち……」
ほんとに。今日の私はダメダメです。二回も転ぶし。おにいちゃんに迷惑かけてばっかり。
それに……
「~~~~~~~~っ!?」
さっきの、目前に迫っていたおにいちゃんの顔を思い出す。
あんなにおにいちゃんを誘惑しようだなんてしていたのに……いざとなったら私は……。
「お、おにいちゃん!」
「お、おおう。な、なんだ妹よ……さっきのことならもう気にしないでいいんだぞ?」
「そ、それはもうよくて! よくないけど! ちゃんと反省するけど! それより……ちょ、ちょっとおトイレに行ってきます! 探さないでください! 昆布巻きへの愛情注入は完了しているので問題ありません! で、ででででは〜!」
「お、おい由奈……?」
私は今度こそ足を滑らせないように細心の注意を払いつつ、早足にキッチンを駆け出した。そしておトイレに逃げ込んで鍵を閉める。
逃げ込んで。そう、私は逃走したのです。
「うぅ~~……っ。しばらくおにいちゃんの顔見れそうにないよぉ……」
ドキドキ。ドキドキ。
心臓の音も、沸騰しそうなくらいに熱い顔も、なかなか元に戻りませんでした。
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