3-1 妹は兄とお風呂に入りたい。
12月31日――大晦日。1年の締めくくりの日。義妹である
これまでの3回のことも、つい昨日のことのように思い出せる。
特に初めての年末年始。普段は仕事で忙しい両親に、中学生の俺と由奈。1週間以上も家族が一堂に会すというのは初めての経験だったのかもしれない。
ぎこちなさはある程度消えていたものの、やっぱり距離感は測りかねていて。遠慮はあって。それは俺と佐奈さん、そして由奈と父さんの間に顕著に現れていた。
だけどその1週間が、俺たちを家族にしてくれたように思う。全員で協力して行った大掃除におせち作り。新年を迎えるそのときまで4人で語り合った。
あの時間がきっと、俺たちにとってかけがえのないものだった。
そんな日を、今年もまた迎えることが出来た。
今年は由奈とふたりで、率先して年末準備を進めた。両親がゆっくり休めることを願って。ゴタゴタすることも多かったけれど大晦日も夕方、俺と由奈は無事任務を遂行したのだった。
あとは家族で年の瀬を祝う。それだけだ。
と、その前に俺は一汗流させてもらうのだが……。俺なんかが一番風呂でいいのだろうか? 由奈に浴室へ押し込まれてしまった。
さっさと入って次へバトンタッチするとしよう。
「ふぅ……あったけぇ……」
由奈が念入りに掃除してくれた浴室は未だ輝くかのようで、いつもよりもお湯が身に染みるように思えた。
きっと、湯船に浸かっている時間というのは人生で最も幸せな時間なひとつだ。冬ならなおさら。妹が掃除してくれたとあれば、幸福度も一億光年倍。
「……しつれいしまーす」
「は?」
「一緒に入ってもいい?」
ゆっくりと、わずかな緊張をあらわに浴室の扉を開いたのは由奈だった。
いや、すでに入ってきてるじゃん? そういうのは入る前に聞こう? 事後承諾とかおにいちゃん認めませんよ!?
もう服まで脱いでやがるし!
由奈はバスタオル一枚に身を包んだ姿で、脱衣所から半身を覗かせていた。きめ細やかな肌色が目に優しくない。
「ダメ……?」
「うぐ……」
すぐさま追い返そうとしたのだが、すでに上目遣いおねだりモードの由奈。これに勝てるおにいちゃんはそういない。
しかしここは意思を強く。さすがにこれは、超えちゃいけない一線だ。高校生で一緒にお風呂に入る兄妹などいない。
あ、やば。大事なところ隠してない。俺の方が破廉恥じゃん。妹の目に毒だ。さりげなく片手で覆いつつ、まじめな視線で妹へ訴えかける。
「ダメ……だ」
「私、おにいちゃんなら見られても平気だよ?」
「いや、見られてもいいとかじゃなくてほらあれ、倫理的な――――」
「ほら……」
「――――おまえはもうちょっと俺の話を聞けえええええええ!?」
5分だけでいいからあああああああああ!?!!!
叫びも虚しく、浴室に足を踏み入れた由奈が身体を見せつけるようにバスタオルをほどいてゆく。
そして世界一可愛い妹様の神聖な姿態があらわに――――
「って……あれ?」
「ふふーん。どう? 似合ってる? かあいい?」
「……まぁ、うん。似合ってるし可愛い」
「でへへぇ……褒められちゃった~褒められちゃった~♪」
顕現したのは季節外れな水着姿の妹様だった。フリルの付いた黄色の可愛らしいビキニだ。
「次の夏にははち切れてしまうしまう予定なので、この水着もこれで見納めだよ? たっくさん見てね?」
その自信はどこからきているんですかね。夏に着てから半年経っているけど、何不自由なく着れちゃってますよ。
「あと、こちらをご覧ください」
「ん? おなか?」
「その通り。おなかです。そして、太ってません。妹は、太りません」
「あ、はい。了解です」
「よろしい♪」
めちゃくちゃ気にしてらっしゃる。少しくらい太ってもいいのよ?
「で、一緒に入ってもいいよね? おにいちゃん。今年最後のお風呂だよ? 兄妹仲睦まじまじ~だよ!?」
「ダメ」
「え~! な~ん~で~!? いいじゃんもう入ってるようなもんだよ!? やだやだおにいちゃんとお風呂入りたいの~!」
「ダメって言ったらダメ! 高校生の妹と一緒に入る兄がいてたまるか!」
「ぶぅ……」
唇を突き出すお決まりの不満顔。しかしその後、由奈はにぃっと笑みを浮かべた。あー、イヤな予感。
由奈は一瞬だけ脱衣所に引っ込んで、一枚の紙を掴んで帰ってくる。
「おにいちゃん、これなーんだ?」
「あー、野口さん? 樋口さん? それとも天下の諭吉さん? でも残念。おにいちゃん、お金では釣られませんよ?」
「ちっがーうっ。これはおにいちゃんからのクリスマスプレゼント! 世界一可愛い妹の願いを何でも叶えてあげる券です!」
「なっ……」
そう、それは由奈の言った通りの代物。
しかし元々は、俺がクリスマスの日に由奈の部屋へ仕込んだプレゼントはアマ〇ンギフト券だった。毎年悩んで悩んで迷走した末に今年はギフト券安定じゃないか! 俺だったら超嬉しい! という結論に至ったのだが、どうやら俺は大変ねミスを犯したらしい。
それは由奈の逆鱗に触れてしまった。曰く、想いがこもっていないとのこと。
そして妥協点として、俺は「世界一可愛い妹の願いを何でも叶えてあげる券」を三枚作り出したのだった。ギフト券ももちろんのこと、妹のものとなりました。
「いやでもそれは、出来る限りでしてね? 色々と制約があると言いますか何と言いますか……」
ほら、7つの玉を集めると出てくる神のドラゴンさんだって出来ないことたくさんあるじゃん? 意外と器用貧乏で役に立たねえなって思うときあるじゃん?
「妹とお風呂くらい、今すぐできることだよね?」
「え」
今年最後にして今年一番の妹スマイル(氷属性)。
「じゃ、一緒にはいろっか。おにいちゃん♪」
おにいちゃんが妹に逆らうことなど、最初からできようはずもないのだ。
「おっふろ~♪ おっふろ~♪ おにいちゃんとおっふろ~♪」
湯船に浸かる俺の両足の間にすっぽりと収まった由奈は嬉しそうに身体を揺らす。こうして見ると、けっこう小柄な妹だ。出会った頃より背も、他の部分も成長したが俺だって同じようにもしくはそれ以上に成長しているらしい。
もちろん由奈は裸ではなく水着のままだ。そこだけは譲れない。それから俺はマナー違反っぽくはあるものの、下半身にタオルを巻かせてもらった。
「ご機嫌だな」
「もっちろ~ん。おにいちゃんとお風呂もそうだし、年末年始は楽しいことばっかりだもん」
「大掃除も料理も頑張ったしな」
あとはもう、ぐーたらと過ごすのみ。
「兄妹が揃えば出来ないことなどないのだっ」
「おう。父さんたちも喜んでくれるといいな」
ふたりには存分に身体を休めて欲しい。今のところは順調だ。
「おにいちゃんおにいちゃん」
「どうした?」
「大晦日の夜にお風呂入ることを、年の湯っていうんだよね?」
「そうだな。1年間の汚れをしっかり落として、気持ちよく新年を迎えようってことなんだろうな」
毎日身体を洗うことが出来なかった昔は、この年の湯にも相応の意味があったのだろう。今となっては、毎日のことと変わらない。妹が毎日身体を綺麗にできる現代社会に感謝を。
心の中で誰かそこら辺の偉い人に感謝を捧げていると、由奈がザバッと立ち上がった。それからこちらへ振り向く。
「ようしっ」
「……由奈? のぼせたか?」
「ううん。そうじゃなくって。おにいちゃん、妹がお背中お流しするよ!」
「はぁ?」
「だって、おにいちゃんだってお疲れ様でしょ? お掃除たくさんしたもんね。それにやっぱり私よりお料理もたくさんしてるしっ」
「いやそれは……」
その分由奈は掃除を頑張っていただろうし、料理は手伝ってもらえるだけでありがたいのだが……。
「いいからいいから~! 私が、愛するおにいちゃんに今年最後のご奉仕したいの~!」
はやくはやくと俺の腕を引く由奈。ここまで言われては仕方がない。ありがたくご相伴にあずかるしかないではないか。
「はーいお客さま~こちらに座ってくださーい」
「よ、よろしくお願いします、はい。……いや、お客様ってやめよう? いつも通りでお願いします」
「かっしこまり~。現在進行形で妹に欲情中の変態さんなおにいちゃんですね~?」
「ちっがう! 欲情とか全くしてねえから!?」
この下半身の落ち着きを見よ! いや見せないけど! 兄の威厳を舐めてもらっては困る。思春期全開の妹様とは違うのだ。理性は完璧にコントロールしている!
「えへへ……冗談冗談。でも、遠慮なく欲情していいんだよ?」
「しません。アホ」
したらどうなると思ってるんだ。この状況で。滅多のことを言うものではない。
「それじゃあ今度こそ、泡泡生成しま~す」
由奈が両手でボディーソープを泡立てていく。
「え、素手? おててなのん? ボディタオルあるよ?」
「妹のすべすべおてての方が絶対気持ちいいよ~。それとも、もしかしてもっと柔らかい……」
「あ、いやもういいです。それ以上言わなくて結構です。可愛い妹の可愛いおててでお願い致します。優しくお願いします」
「はーい。たくさんご奉仕しま~す」
危ない危ない。神回避。そんな大人のお店みたいな展開はノーサンキュー。いや手でってのもおかしいけどね? ふつうに背中をゴシゴシしてもらえるならそれはそれで感慨深かったような気がする。と思ったが、これは息子が父親にやることだったか?
何はともあれ今は妹の好きなようにやらせよう。一応「世界一可愛い妹の願いを何でも叶えてあげる券」、略して「せかいも」の効果は持続中だ。なんかセカイ系のタイトルっぽいな……。世界か妹か、どちらかを選べ。即断即決、妹。世界を敵に回すわ。
「こんなものかな。じゃあいくね?」
直後、由奈のてのひらがそっと背中に触れる。
「うひんっ」
「わわ。こそばゆかった?」
「いや、もうちょっとしっかり触って大丈夫だぞ。ゴシゴシやっちゃう感じで」
「わ、わかった。今度こそ、いくね?」
今度は思いきりよく由奈の手が背中を撫でていく。
「こんな感じで大丈夫? 気持ちい?」
「いい感じだな」
「よかった。じゃあどんどんいくね~。ぬるぬる~ゴシゴシ~♪ 綺麗にな~れ♪ な~れ~♪」
歌うように口ずさむ由奈。ああ、癒される。妹様が満足気ならもうなんでもいいや。それにすごく気持ちいいというのも事実だ。あ、変な意味はないです。本当に。
「これくらいでいいのかな」
「いいんじゃないか、たぶん」
ボディタオルは本当に綺麗になっているのかはともかくとして洗えているという感覚がしっかりあるから分かりやすいが、手だとよく分からない。しかし手で洗う人も多いと聞くし、まぁいいだろう。妹のてのひらが撫でたのだ。汚れなんてすべて浄化されているに違いない。
「じゃあ次は前だねっ。はぁ……はぁ……こ、こここここからが本番だよおにいちゃん……っ!」
「前は自分でやるわアホ。勝手に興奮すんな」
「ええ……そんなぁ……。焦らしプレイだよぉ……」
「焦らしてない」
「うみゅぅ……」
背後でしょぼんとする由奈の姿が鏡越しに見える。興奮はしていたようだが、兄の身体を洗ってあげたいという気持ちは本心なのだろう。
「ありがとな。背中流してもらえるなんて思ってなかったから、すごく嬉しかったよ」
「……そ、そう? うれしかった? ほんとに? お背中流すの、迷惑じゃなかった……? め、迷惑だったなら、その……」
「迷惑なわけあるかって。妹がしてくれることは全部嬉しいのが兄貴だ」
「そ、そっか……そうなんだ……よかった……」
「ああ。だからしょんぼりするのは終わりな? 年末年始は家族みんな笑顔だ」
「うん……っ! 大丈夫! わかってるよ! おにいちゃん!」
由奈は任せてと言うように胸を張る。失敗することも、落ち込んでしまうことも多い妹だが、すぐに反省して立ち直ることが出来るのもいいところだ。
半身だけ由奈の方を向いて、その頭を撫でる。手が濡れているから、少しだけだ。
「よし、さすが俺の妹だ。んじゃ後は自分で洗うから。本当にありがとうな」
「うん……どういたしまして。ま、また洗ってほしかったらいつでも言ってね! 妹はいつでも大歓迎だよ!」
「まぁ、うん。気が向いたらまた頼む」
おそらく自分から頼むことはないと思うが……。嘘も方便だ。それに一回許してしまった以上、由奈がしたいというのなら拒むつもりもない。水着着用ならいいだろう。そういうことにしてくれ。
俺の言葉に由奈は心底嬉しそうに頷くと、一度湯船に戻った。
それからふたりで、年末年始のことを話したりしながら入浴タイムを楽しんだのだった。少し長湯になってしまったが、それもまた悪くないひとときだった。
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