3-2 家族の時間は賑やかに、幸せに。
そして夜も深まり大晦日も本番。テレビ番組をBGMに、桜坂家そろっての団欒が始まっていた。おせちやその他の料理を摘まみつつ、家族四人で新年を迎えるのが毎年の定番となっている。
「はいお父さ~ん。あーんだよ~? 由奈が作った昆布巻き食べて食べて~?」
「むぐっ……もごっ……ちょ、ちょっと……? ゆ、由奈ちゃん……? 詰め込みすぎ……ごぼっ」
「はいじゃんじゃーん。はいどんどーん」
「は、入らな……お父さんの口にはそんなに入らないよ……!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ♪ お酒もちゃーんとありま~す♪ たくさん注いであげるね?」
「待って……! 由奈ちゃん……っ。注いでもらえるのは嬉しいけど……ほんとにもう入らないって! ビールで流し込ませようとしないで!? あ……あっーー!?」
なんだか、テーブルの対面がすごいことになっていた。娘の愛だ。ありがたく受け取れ、父さん。屍は俺が拾ってやろう。南無。
ひとり手を合わせる。父さんは涙の滲んだ瞳でこちらを見ていた気がした。
あー、賑やかな食卓だなぁ。楽しい大晦日だなぁ。由奈と父さんの仲が良いというのは、本当に何よりなことだ。
「おにいちゃ~ん、そっちもお母さんにちゃんと食べてもらってる~?」
「おーう。そっちほどではないが順調だー」
「由奈の作ってくれた昆布巻き、ほんとに美味しいわぁ。あーんまでしてもらえてるお父さんが羨ましいわね~」
「お母さんにはおにいちゃんがしてくれるからっ」
「あらほんとに?
「え……マジですか……」
由奈にアイコンタクトを送るときらりんとウィンクで返された。宇宙一可愛いかもしれない。ってそうじゃなくて。マジであーんするの? 仮にも義母である佐奈さんに?
しかし佐奈さんまでなぜかうるうると期待の募った目でこちらを見てるし……。由奈の母だけあって美人なので少し困る。
やるしかないのか。昆布巻きをひとつ、手ごろな大きさにして箸で摘まんだ。
「……じゃあまあその、どうぞ」
「はーいあーん♪ ん~♪ おいしい~! しあわせぇ……♪」
「あー、お酒も注ぎましょうか?」
「ありがとぉ~」
にこやかに微笑む佐奈さん。
うーむ、完全に子供たちによる親の接待になっている。まぁ、そういうつもりだったからいいんだけど。
酒を注いだコップに佐奈さんが口をつける。それからほわっと一息を吐いた。
「ねえ雪斗くん、本当にありがとうね。たくさん準備してくれて。由奈の面倒までしっかり見てくれて」
「なんてこないですよ。由奈だって、俺が面倒見てるとかってよりはふたりで協力して、って感じですし。それより佐奈さんたちの方が仕事とか、よっぱど大変そうじゃないですか」
「そうなことないわよぉ? 私もあの人も仕事人間だから。働いてないとダメになっちゃうのよ。だから、雪斗くんと由奈が家のことを率先してやってくれるのはすごく嬉しい」
「そんなこと……」
「そんなこと、じゃないのっ」
佐奈さんが俺の鼻をつんと突く。細くてしなやかな指だ。
「大人はね、子どもが自分たちのために何かしてくれるなら、それだけでとっても嬉しいのよ。それがたとえ小さなことでも。キモチだけでも、むこう3年分くらいの活力になっちゃうの。その上、雪斗くんに関してはキモチどころじゃなく実際にすごーくすごーく助けてもらってるんだし、ね?」
「そういうもんですかね」
俺はただ、俺にできる最低限をやっているだけだ。ふたりのようにそれで金が稼げるわけでも何でもない。たとえふたりが家に帰るのが遅くとも、俺と由奈はふたりなくしては生きられないのだ。
しかし佐奈さんは心から嬉しそうに、今度は俺の頭へ手を伸ばした。
「そういうもんですよ~。なでなで~」
わしゃわしゃと、風呂上がりの未だ少しだけ湿り気を帯びた頭を撫でられる。子ども扱いされているかのようなのに、不思議とイヤではなかった。それは俺がとうに思春期の感情を失っていたからなのか、彼女が義母であるからなのか、わからない。
恥ずかしいことには変わりないので、俺は顔を逸らした。しかし佐奈さんはその動きを追ってくる。
「まったく~可愛いなぁ雪斗くんは~。雪斗くん萌え萌え~」
「いや、なんですかそれ。勝手に萌えないでください意味わかりませんッて……」
「え~? 萌え萌えだよ~?」
「ふたりは何の話してるの~?」
問答が始まりそうだったところに丁度良く由奈が口を挟んだ。
「なんでもないわよ~? ただ~雪斗くん好き好き~ってしてただけ~。もう結婚しちゃおうかなぁ~」
「ええ!? だ、だだだだだダメだよ結婚なんて!? 家族で結婚なんて絶対ダメなんだよ!?」
「そうかなぁ雪斗くんなら血も繋がってないしぃ……法律的には何も問題ないよぉ? 何より可愛いしぃ、いい子だしぃ~。ああ~もう好き~!」
「そもそもお母さんにはお父さんがいるから! 重婚だから! そこを忘れないで!?」
「重婚ばっちこ~い! いえ~い~!」
「うわ、ちょ!?」
ついには佐奈さんに抱きしめられる。その直後、由奈が慌てた様子で間に入ってきた。
「だ、ダメったらダメ~! おにいちゃんから離れて~!」
「やめて由奈! お母さんから雪斗くんを奪わないで! 愛し合ってるの!」
「適当なこと言わない~! 私の方がおにいちゃんのこと好きなの~! ていうか、お母さん酔ってるでしょ!?」
「ふふふふ~、ちょっとだけ~。嫉妬する由奈可愛い~。もう~由奈もちゅきちゅき~。やっぱりお母さん、由奈と結婚しちゃおうかなぁ~。お嫁さんにしちゃおっかなぁ~私の天使~♡」
佐奈さんは俺から離れると滑らかな動きで迷いなく由奈をがっちりと抱きしめにかかる。もう頬ずりする勢い。いや。実際している。
「きゃ、ちょっとお母さん!? 抱き着かないでよ恥ずかしいよ!?」
「だぁめ~今日は大晦日~無礼講~。はぁ~由奈~由奈~いい匂い~大好きだよぉ愛してるよぉ~。ずっとず~~~~っと、お母さんと一緒にいてねぇ~ゆ~な~」
もはや天下無双。こうなった佐奈さんに敵はない。
由奈は困ったようにため息をついて、その場にチカラなくしゃがみ込んだ。
「もう……お母さんったら……」
しょうがないなぁと、由奈も両手をまわして母の抱擁を迎える。その顔にはこの上なく優しい微笑が浮かんでいるように見えた。
「あれ、そういえば由奈、父さんはどうしたんだ?」
今更気づく。昆布巻きを詰め込まれた憐れな父がいない。
「お父さんなら、もう無理だから勘弁してください! っていきなり土下座して、それからおトイレにこもっちゃったよ? どうしたんだろうね?」
「ああ……そうっすか……」
がんばれ、父さん。まだ大晦日は長いぞ。娘の優しさの暴力には命をかけて応えるべし。由奈絶対主義。家訓にしよう。
それからも和やかに時間は過ぎ去りいよいよ年越しも間近になった。
「おーい由奈~? 蕎麦出来たから運ぶの手伝ってくれるか~?」
「はーい。今行くね~」
キッチンから呼ぶと、すぐさま由奈が弾むような足取りでやって来る。花も恥じらうJK、深夜テンションで元気は有り余っているらしい。
「えび天! えびえび! しゅき!」
蕎麦を目にした瞬間、由奈は瞳を輝かせるとその場でぴょんぴょんと跳ねた。
「おまえもう何でも好きな」
「この世の食べ物すべてに感謝だからねっ。もうせんぶ好きでいいや! それにしてもえび天でっかいね~」
「さすがに惣菜だけどな。なるべく美味そうなの選んだ」
こんな時間に天ぷらを揚げるのはさすがに勘弁願いたかったのだ。あとはスーパーで購入したこの海老天が衣ばかりの肥満野郎でないことを祈るばかりである。まぁ衣は衣でつゆにひたひたにしたやつが好きだからいいけど。
「器熱いから気を付けろよ。ひとつずつな」
「がってんです! あっちゅい!?」
「おま言ったそばから……。火傷してないか?」
「だ、だいじょうぶい……問題ありましぇん……」
危なっかしい足取りで蕎麦を両手で運ぶ由奈の姿を後ろから見守る。やっぱり俺がひとりで運べばよかったか? いや、どうせ気づいたら自分から手伝いを申し出てくれた気がする。
「それでは、いただきます」
父さんの掛け声に合わせて、家族で合掌をする。
桜坂家では年越し直前に夕食の締めとして蕎麦を食べるのが習わしとなっていた。蕎麦を食べているうちに新年にになってしまうのは縁起が悪いらしいため、23時ごろから時間に余裕をもって、だ。
この深夜に食べる蕎麦が最高に美味い。
「由奈、海老天いるか?」
「いいの!?」
「もちろん。ほら」
「ありがとうおにいちゃんっ」
由奈の器に海老天を入れてやる。おにいちゃんはその笑顔が見れるだけで世界一幸せ者なのだ。
「じゃあ私の海老天を雪斗くんにあげるわね」
「え、いいんですか?」
「ええ。私はもうお腹いっぱいだから」
「それじゃあ遠慮なく。いただきます」
ひょんなことから海老天を獲得。せっかくなのでつゆにひたひたにして食す。美味い。どうやら海老も大ぶりなものであったらしい。ぷりぷりだ。
由奈の口にもばっちり合ったようで、向かいには笑顔で蕎麦をすすり海老天をかじる妹様がいた。やっぱりそれが料理を美味しくする何よりのスパイスだ。
佐奈さんも父さんもそれに異論はないようで、自然と由奈に家族の視線が集まる。それに気づいた由奈は不思議そうに首を傾げていた。
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