3-3 新たな1年は選択で溢れている。
緩やかに大晦日は幕を閉じ、新年を迎える。家族で挨拶を交わしたらさすがにもう解散、就寝だ。
「おにいちゃんおにいちゃん」
私室へ戻ろうとしたところ、ちょいちょいと袖を引かれる。見れば由奈は「世界一可愛い妹の願いを何でも叶えてあげる券」をチラつかせていた。
それから少しだけ不安そうに上目遣いでそれを差し出す。
「また、一緒に寝てくれる……? これ、一枚消費でいいから」
「りょーかい」
言いながら俺は「せかいも券」に手を伸ばして……
「でも、これはいらん」
「え?」
それを由奈の手元に押し戻した。しっかりと懐に握らせる。
「3枚しかないんだから、大事にしろ。こんな願いは認めません」
「え? え? でもりょーかいって……」
「正月だからな。これくらいは出血大サービスだ」
クリスマスだからとか、そんなんばっかだな。イベントが多いのが悪い。
「ほ、ほんとに!? ほんとにいいの!?」
「おう。兄はウソを言わない」
たまにしか。
「やった~! じゃあじゃあはやくベッド行こう~? 妹がちゃ~んと止血するからね~舐めてあげる~」
「いや、べつに血は出てないけどな? あと先に歯磨きな」
「はーい。お口を清めてふたりでベッドへゴ~。そしてその後は……もぉ~おにいちゃんったら新年からえっちだよぉ~由奈困っちゃうよぉ~」
「はいはい。妹は新年から煩悩が暴走列車だなぁ」
悶える由奈を引きずって洗面所へ向かった。
「う、ん……?」
由奈と共にベッドへ入ってから一時間ほどだろうか。一度寝入ったはずなのに目が覚めてしまった。まだ大晦日の興奮が冷めてないのだろうか。
初夢を見たような、見なかったような。ああいや、初夢は1日から2日の夜のことを言うんだったか。べつにどうでもいいけれど、頭はやけに冴えていた。
隣では由奈がすぅすぅと規則正しい寝息を立てている。その可愛らしい顔を少しだけ観賞して、俺はベッドから立ち上がった。
「あれ……」
見れば、居間の方から灯りが漏れていた。消し忘れただろうか。
いや……
「父さん? まだ寝てないのか?」
そこにいたのは父である
「……ああ、雪斗か」
「まだ呑んでんのかよ。十分吞んだろ?」
正確には由奈に呑まされた、だが。それはもうわんこそばのような勢いで。
「大人にはな、こうしてひとりで呑む時間も必要なんだよ」
「はあ。そういうもんかね」
浸るように、父さんはおちょこを手の中で転がす。それがなんとも大人っぽく見えて、遠い表情をしていて、なんだか悔しい。
そしてそれ以前に、そもそも呑みすぎだと言いたい。
「雪斗こそ、寝てなかったのか?」
「いや、なんか目が覚めた」
「そうか」
それだけ言って、父さんは飲み干したおちょこに酒を注ぎ直す。
俺はその隣に腰かけた。特に話題があったわけでもないが、なんとなくだ。
「さすがにもう寝た方がいいんじゃねえの?」
「大丈夫さ。息子たちのおかげで今日は手持ち無沙汰だったくらいだから。ほんとに助かったよ、大掃除までやってくれて。ありがとう、雪斗」
「いや、だからべつに……家は俺と由奈が使う時間が圧倒的に多いんだし、こんなの当たり前というか……」
なんなんだ、父さんも、佐奈さんも。無駄に息子上げをしないでほしい。俺はできることをやっているだけなのだから。
「……なぁ、雪斗」
「なんだよ」
「今年は、受験生だなぁ」
「は? バッ、ちょ、やめてくんない? 新年からそういうの、マジでやめてもろて。もうちょっと現実逃避させろよぉ……」
どうせ冬休みが終わって学校に行けば教師が開口一番そういうこと言いだすんだからさぁ……。家でくらい平穏であらせてくれ。
「いやぁ、すまんすまん。でも、おまえとふたりで話す機会もなかなかないからな。こう……ちょっと試しに。ジャブを放ってみたわけだ」
「渾身の右ストレートなんだよなぁ」
なんならノックアウト寸前。もう1年後が憂鬱すぎて死にたい。
「で、実際どうなんだ? 何か考えてたりするのか?」
「何が」
「何がって、進路に決まってるだろう。現文の成績大丈夫か? 文脈読め? 文脈」
「うっぜ……」
ひとつ、ため息。それから大きく息を吸ってみた。
「……まぁ、考えてはいる。色々。色んな可能性を考えてる。でも、まだ話せる段階じゃない」
父さんは相づちの代わりか、おちょこを傾ける。
「だからまぁ、もうちょい形になったら言うわ。今度はたぶん、俺から」
「……そうか」
とりあえずはそれで許してくれ。突然の二者面談とかどこの罰ゲームだよ。そっちは酒入ってるからいいんだろうなぁおい。俺にも寄こせ。てか明日には記憶飛んでたりしたら蹴り飛ばしちゃる。
「なんだ? 飲むか?」
「何気なく勧めてんじゃねえよ」
「まぁいいんじゃないか? 今年で18だろ? 誤差誤差」
「誤差で法律は犯せねえんだよ……」
呆れたように視線を流すと、父さんは少しだけ寂しそうに笑って顎を引いた。
実際、誤差ではないがあともう少しだ。由奈だって、それからもう1年だ。その時まで、待っててくれよ。きっと、父さんにとっては本当にすぐだからさ。
「でさ、雪斗。彼女はいるのか」
「おい話すっとびすぎじゃねえ? どっから彼女さん出てきたの? もう酔っ払いの相手したくないんだけど」
「いいだろ~。こんな時でないと息子と腹割って話せない父心を分かれよ~」
「腹割らされてんの俺だけだけどな……」
「進路の話よかいいだろ? ていうか、進路とかどうでもいいから彼女作れ。どうせいないんだろ? おまえは女っ気がなさすぎるんだよ。このまま童貞で青春終わらす気か~?」
「どうて……って、ちょっとさぁ、ライン超えてないですかね」
「でも童貞だろ?」
「まぁ、そうだが……」
納得いかねえ……なぜ父親に童貞告白しなきゃならんのだ。
「ほら、
「はぁ? 縁香里?」
「幼馴染だっただろ? 色気のある話はないのか?」
「さあなぁ、少なくとも俺とあいつの間では何もないって。あいつも忙しいんだよ、色々と」
断言すると、父さんは残念そうに酒をぐいっと煽った。あんたは孫の顔がはやく見たいだけだろ。
幼馴染である
「はぁ……もういいか? ほんとにいい加減寝ろよ」
気が付けばけっこうな時間が経っていた。眠気もようやく舞い込んできたかもしれない。その点に関しては良い時間つぶしだった。
父さんは最後の一杯を飲み干してから床に就くらしい。一足先に、席を立つ。
「雪斗」
「まだなんかあるのか?」
「なんでもやってみなさい。恋でも勉強でも、それ以外でも。おまえが決めた道なら、選択した答えなら、それがどんなものであっても俺は支持するよ」
「……そういうのはちゃんと聞いてからにしろって」
「信用してるんだよ」
まったく、それで息子がダイナミックに道を踏み外したらどうするんだ。
頭の中には無数の選択肢が踊っていた。春からは高校3年。人生の中では、ひとつの岐路と言えるのだろうか。それとも、大人はそんなものたいした分かれ道じゃないって笑うだろうか。
それでも今を生きる俺たちにとっては、きっとこれまでの人生最大の選択肢。広大な未来を前に、俺たちは立っている。
考えようとすると、少し頭がくらくらした。今は微睡みに身を任せてしまおう。時間ならまだあるのだから。妹の寝顔を見ながら、俺は眠りについた。
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