2-1 兄妹の年末準備は進まない。
昔、近所に住んでいた同い年の女の子。彼女にはおにいちゃんがいた。登校はいつもふたり、手を繋いで歩いていた。
しっかりと繋がれた、一生の絆。一人っ子の私には絶対に得られない関係性。ずっと、その後ろを私はひとりで歩いていた。笑いあう彼らを、見つめていた。
ああ、私にもおにいちゃんがいてくれたら。そうしたら寂しくないのかな。真っ暗な家に、灯りが照らされるのかな。
『いいなぁ……』
ないものねだりをしながら、日々は過ぎていった。
だけど今、私にはおにいちゃんがいる。なんて素晴らしい運命の巡りあわせ。しかもおにいちゃんは優しくて、格好良くて、ちょっぴり捻くれてはいるけれどいつでも私の味方をしてくれる、最愛の家族。最愛の人。
夢のように幸せな時間。彩溢れる世界。楽しくて、嬉しくて、家族の笑顔は絶えない。
そんな日々も、4年が経とうとしていた。
そろそろ、義妹としては一歩を踏み出したいところです。
義妹。そう、私は義妹だ。本当の妹じゃない。実妹には、どんなにがんばってもなれないのです。禁断の恋はできません。
でも、義妹だってとびきりのステータス。
だってね、義妹とは恋をしたって何の問題もないんだよ? 結婚だって、できるんだよ?
でも、おにいちゃんはあくまで家族として私と接しようとする。それも嬉しい。楽しい。やっぱり、幸せ。
だけど……私はその先へ進みたいのでした。
だって好きなんだもん。好きはとめどなく溢れてきて、とてもこの胸に抱え込むだけではいられないんだもん。居ても立っても居られないんだもん。
だからね、おにいちゃん。私はいつか、大好きなあなたと――――。
◇
クリスマスから少し時間は進み、今年もあとわずかとなったある日。
「ふぅ……こんなところかなぁ」
泡で満たされた浴槽でひとり呟く。
私は今、大掃除の真っ最中だった。
クリスマスと同時に始まった冬休み。その時に、おにいちゃんと話し合って決めたのだ。いつも忙しく働いてくれているお父さんとお母さんのために、ふたりで大掃除をすべて済ませてしまおうと。そうすれば、年末年始の数日しか休日がないお母さんたちもゆっくりと身体を休められるはず。
おにいちゃんはもちろん大好き。だけど、お母さんもお父さんももちろん大好きだ。人見知りな私はきっと家族といる時に唯一、素の自分でいられる。学校にはそれなりにお友達がいるしみんな良くしてくれるけど、やっぱり気疲れが大きかった。
この家だけが、私の居場所。
だから、精一杯お掃除します。
「やっぱりもうちょっとしっかり磨こうかな……お風呂は綺麗な方がお母さんたちも疲れがとれるよね……よしっ――――ってぇ、しゅべ……るぅ!?」
すてーん、と浴室内に軽快な音が響いた。
「いたたた……うぅ……泡だらけぇ……」
足元にチカラを込めた瞬間、泡に足を取られたのだ。見事に滑って浴槽に転がってしまった。服も濡れちゃった。
「もういっそのことお風呂入っちゃおうかな……」
うん、そうしよう。冷えないうちにお掃除を終わらせて、一度お湯を張らせてもらおう。
そうと決まれば1にお掃除2にお掃除、そして3に1番風呂! それくらいは許されるよね!
すでに泡だらけなのだからもう滑っても転んでも濡れても関係ない。気合を入れて、私はお風呂掃除を終わらせたのでした。
濡れてしまった服を一枚一枚脱いでいく。あ、おにいちゃんにお風呂入るって言った方が良かったかな。もし何か用事があって覗きに来たら……。
服を全て脱ぎ終えると、そこにいるのは生まれたままの私。我ながら美少女であります。綺麗に生んでくれたお母さんには感謝しかありません。
「でも……うーん……?」
ふにふに。おっぱいを揉んでみる。手のひらに馴染む、お手頃な大きさ。決して小さくはないが、大きいと言ってくれる人はいなそう。形には自信があるけど……おにいちゃんもやっぱり大きい方が好きなのかな? 男の人はみんなおっぱいが大きければ悩殺できるってこの前読んだ雑誌に書いてあった。
お母さんは大きいから、もう少し立てば私だってボインボインに……。遺伝子への期待は大きいのです。
でもそればかりではダメ。理想のおっぱいは自分のチカラで手に入れるのです。たくさん牛乳飲まなきゃ。あとはマッサージとかするのも良いって聞いたけど……。
「んっ……――――っ」
マッサージをイメージしながら揉んでみると変な声が漏れた。慌てて手を放す。それから素早く周囲を確認。大丈夫、おにいちゃんが覗いていたなんてことはない。
安堵のため息。
こ、こういうのはちゃんと準備してからじゃないと。もしおにいちゃんに見られたらと思うと泣いてしまいそう。見られようと思ってみられるのと、それ以外とでは心構えが違うのだ。
「でも……」
なんだかすごく……
「ダ、ダメだよ由奈! 妹がえっちなのはおにいちゃんの前でだけなんだから!」
おにいちゃんのことを想ってなら……いいのかな? その上それがおっぱいの成長に繋がるのなら……
「ってだからダメだって由奈ぁ!? そういうのはせめて家に誰もいないときにしなさい!」
浴室でやっていいことでもない。
ふう。興奮してきて思わず息が上がってしまった。
やめやめ。もう考えちゃダメ。私は清楚な天使系妹なのだ。寒いし早くお風呂に入ろう。
「はぁ~~~~~~~~しあわせぇ……♪」
湯船に浸かると、自然とそんな声が漏れた。
大掃除はまだ中盤戦くらいだけど、ここで疲れを癒してまだまだ頑張ろう。
次は居間かな。おそらく一番の大仕事だ。おにいちゃんと協力して頑張ろう。おせちの準備もしなきゃだから夕方には買い物へ行かないと。それからお料理は二人で仲良く……なんだかこれって夫婦みたいかも。おしどり夫婦……なんちゃって。
「でもなぁでもなぁ、お料理はおにいちゃんの方が上手いからなぁ~」
お父さんとのふたり暮らしが長かったからか、おにいちゃんはお料理が得意だ。なんでもそつなく作ってしまう。妹としては、少しだけ立場がない。
最近は少しずつ私のお料理当番を増やしてもらっているけど、なかなか上達の実感は持てません。はやくおにいちゃんに追い付きたいです。
でも今日のところは、私にはおせち料理の知識がないのでおにいちゃん頼りかも。おにいちゃんに甘えるのも妹の仕事。今日ばかりは甘んじて受け入れます。たくさん教えてもらっちゃおう~っと。
……本当に今日だけだよ? 桜坂家のキッチンは妹がおにいちゃんから奪ってみせるのです! きっと近いうちに!
一通りの今日これからのプランもとい妄想を済ませると、私は身体を丁寧に洗っておにいちゃんの元へ向かった。身体は綺麗にしないとね。いつその時が来てもいいように……妹はいつでも待っているのです。
「おにいちゃーん。お部屋の掃除終わった~?」
部屋のノックをしながら聞いてみる。妹は勝手に部屋に入ったりしません。クリスマス? あれは例外だよね!
「うおっ!? ゆ、由奈!? どどどどうした? 風呂掃除終わったのか?」
「うん終わったよ~。おにいちゃんの方は……全然進んでないね……」
ゆっくり戸を開くと、部屋はすっちゃかめっちゃかだった。普段よりももっとちらかっているくらいだ。おにいちゃんの姿が良く見えない。埋もれている。
「ぐっ……こ、これはな……!? し、仕方ないだろ? 本棚の整理してたら昔読んでた漫画が出てきて~って掃除あるあるだろぉ!?」
アタフタとしながら、おにいちゃんが顔を出す。そしてその瞬間、おにいちゃんの表情が驚愕に変わった。
「てかおまなんて格好してんだ!? それ俺のYシャツじゃねえか!?」
「あ、うん。お風呂掃除で濡れちゃってついでにお風呂入ったんだけどお洋服みんな洗ってて……勝手に借りちゃってごめんね?」
「い、いや、借りるのはべつにいいんだけどさぁ? なんでそれしか着てねえんだよ……風邪ひくぞ?」
おにいちゃんは赤くなって視線を逸らす。ふっふっふ……効いてる効いてる。
何を隠そう、今の私はおにいちゃんのYシャツしか着てないのです! 秘儀・裸Yシャツ状態なのです! 勝ち確! 確定演出です!
無防備な姿で家をうろつく妹に興奮しないおにいちゃんなんていません!
「ちょっとお風呂入りすぎたみたいで暑くてね? 今はこれくらいでちょうどいいんだよ?」
「そ、そうか……の、のぼせたりしたってほどじゃないんだよな?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、じゃあまぁ、冷えないようにしろよ」
とっても心配してくれてる。でもごめんなさい。ほとんどは裸Yシャツのための口実だ。でも、そんな妹にも優しいおにいちゃんが大好き。
そして今こそ、勝負の時間だ。
「おにいちゃ~ん、なんで目ぇ逸らすのぉ?」
目を逸らすおにいちゃんにそろ~っと駆け寄る。部屋は散らかってるけど、そこは妹の恵まれた運動神経でカバー。どれだけ視線を逸らそうと、妹からは逃げられないのです。
「い、いやまぁ、べつに? 俺は漫画読むので忙しいんだ。これを読み終えないと掃除に戻れない」
「え~? なんで~? こっち見てよ~」
漫画に集中してしまうおにいちゃん。しかしちらちらとこちらを窺っているような気もする。
でもこのままだと実力行使以外にこちらを向いてはくれなそう。せっかく胸元もがば~っとしてギリギリまで空けたのに……。こんなの絶対おにいちゃんにだけなんだよ?
こうなったらもう一つの手段です。
「妹を構ってくれない上にちゃんとお掃除もしないおにいちゃんにはこうだ~!」
私はおにいちゃんの背中に抱き着いた。
「うおっと……いきなり抱き着くなよ……てかほぼ背中に乗ってるよな……」
「いいでしょ~妹は重くないし~」
「まぁ、重くはないけどな……」
重くはないけど……なんだろうなぁ? 気になる? 気になるよねぇ? うりうりと刺激するように、もっともっと身体を押し付けてみます。
「ちょ、おまえなぁ……」
「どうしたの~?」
うりうり~。
美少女妹のおっぱいの感触はどうじゃ~。残念ながら腕に抱き着くくらいじゃ私のおっぱいは存在を主張できない。でもこれなら! 完璧に押し付けることも可能なのです! しかも今は下着もなしの直球勝負! お風呂上がりの温もりと合わせて楽しむがいいのです!
童貞おにいちゃんにはつらかろうつらかろう。理性が蒸発しそうであろうしそうであろう。
……あれ? おにいちゃんって童貞さんだよね? そうじゃないとおかしいよね? だって私も処女だもん。運命で結ばれているはずの私が処女イコールおにいちゃんも童貞。以上。証明終了。安心です。
でもこのおにいちゃん、分かりきっていたことだけどなかなかに理性に厚いようです。努力値極振りなのでしょう。ただの童貞さんではない。
……そんなのなくていいのに。
今日のところはこれくらいで。おにいちゃんを困らせたいわけではないのです。意識してくれれば、それでおけおけなのだ。半ば勝ちのようなものです。これでおにいちゃんの背中には妹のおっぱいが刻み付けられました。これ伏線なので。覚えておいてください。
まぁ、今の妹は準備が出来ているのでいつでも襲ってくれていいんだけどね?
とりあえず期待はしつつも、頭を切り替える。節度は大切に。
抱き着いた状態はそのまま、身体の密着度は修正。これくらいならいいかな? お兄ちゃんの温もりを感じる絶妙なライン。
少しだけ、おにいちゃんの緊張が緩んだ気がした。
「ところで、何読んでるの?」
お掃除に戻る前に、気になったので聞いてみる。
「……ガッツだよ。銀色のガッツ」
「あ、それ知ってる! 私もずっと読んでた~!」
「え? マジで!? さすが我が妹! 分かってらっしゃる!」
「いえ~いっ」
ぺちんとハイタッチを交わす。兄妹は当然のように趣味が合うのです。
「すっごい感動するよね。私何回も泣いちゃったもん!」
「漫画で泣くとかあり得ねえだろって思ってたけどもう号泣だよな……」
「私も読みたい~1巻どこ~?」
「ほれ」
すぐさまおにいちゃんが渡してくれる。お礼を言って受け取った。
「わぁ~私単行本で読むの初めてかも」
「モンデー読んでたのか。それも初耳だな」
「うん。よくゴミ捨て場のモンデー漁ってたなぁ懐かしい~」
「ええ……何それ。妹の闇が……」
おにいちゃんが若干引いている。
べつに闇なんかないよ? ただ、お母さんがお仕事しに行ってる間お家で一人は寂しかったからお友達を探していただけで。大切な分厚いお友達がゴミ捨て場にいただけなのです。
ページをめくり始めると、すぐに私の意識は漫画の世界へと引き込まれていった。
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