このご時世、誰もが考えることだと思います。
今の政治はおかしい。金持ちはおかしい。世界はおかしい。かといって、自分が画期的な何かを起こす『明確な』能力はない。どうしたものか。否、どうとでもなってしまえ。
それを具現化し、人間臭く見事に描き切ったのがこの作品です。
政治という『大規模な』ものについて主人公は考えるのだけれど、特にできることはない――というわけでもない。
主人公の思考は政治そのものから昨今のメディアにまで及び、一種のテロ行為をも想像の範疇に含みます。
こんな考えを持って何もしないのは卑怯なのか?
反映されるかどうかも怪しい自らの選挙権一票に価値はあるのか?
勧善懲悪を為すことを他人に押しつけ、自分は拡散させるだけ、それが正義と呼べるのか?
非常に考えさせられる短編です。文体も一人称で無駄なく進行するため、大変読みやすい=主人公の思考に触れやすい構造となっています。
拝読するのに、今ほどタイムリーな時機はないかもしれません。
是非、ご一読を。
以下に二人分の感想を書かせていただきます。
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パートナーの感想
・まず小説作品として、エンタメとして完璧。ストーリーの流れ、無駄がない。
・たくさんの物語 (漫画) を読んできたが、こういうアイディアを見たことがない。斬新。
・あのラストでよかった。賛成派。
・少し趣旨は変わるかもしれないが、筆者別作品「子どもの話」と比べると、舞台映えもしそうだから、ドラマや演劇など、ほかの形の作品に使用してもらうなどもいいと思った。世にも奇妙な物語とかに使ってほしい感じ。(演劇経験したのでそう思う)
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私の感想
<想像力のリミットがないのがすごい>
・筆者さん、こんな怖いこと思いつけちゃうんですか、という筆者への想像力への怖さがゾクゾク来た。この仕組みを思いつく頭の良さへの驚きもあるが、それ以上に、普通は「恐ろしくなって想像にブレーキをかけてしまい、そこまで考えられない」という精神的なブレーキが来る気がする。
・逆に言うと、「なんとなくの怖さというブレーキ」がなければ、結構単純な仕掛けをほんの小さく作っただけで、社会の何かがトン・・と動かされてしまうかもという恐怖も感じた。
<正義感>
・自分が、どちらかというと主人公の最初の考え方に寄っているような気がして少し怖くなった。途中に現れる政治家の話を忘れないようにしようと思った。もし知人が同じことをしていたとしても、「それは別に間違ってないしいいだろう (あわよくばどうにかなってほしいし) 」と自分も思ってしまっていたかもしれない。それを反省するきっかけになった。
<現実との境目がわからない巧妙な作りが魅力的すぎる>
作品としては、どこまで現実かわからない感じの魅力がすさまじい。あまりにもリアル。他の方のコメントに「破産者マップが本当にあって舌を巻いた」とあるが、私もそのコメントで舌を巻いた。まじですか。半端じゃないです。
<昨今のニュースを思い出させる>
世を理解する以上にもはや「予知」している感じがする。
全体の構成は最近のフェミサイド事件や無差別殺人とかにも似ているし、
"むしろ、自分の生活以外のことに注意を向けることを揶揄する風潮すらあったようにぼくは感じていた。" なんかは、最近のホームレスへの差別関連のニュースを彷彿とさせる。行き過ぎた個人主義というか「自分に関係ない人は無視し自分の人生に集中する」というのが正しいという風潮が強い。もう世の予測もできているようなすごさを感じる。
<その他>
・この小説は最後までしっかり読まずふわっと読むと、主人公がただただ何となくクレバーでかっこいい感じに見えて、それがまた危うく感じた。今も正直なぜかかっこよく見えてしまう。(笑)
・ほかの多くのコメント欄にも出版について書かれているが、私も適切な形でもっと多くの人が読んでほしいとも思ったりした。例えば、私は完全自殺マニュアルという本が結構好きだったが、あの本によって自殺者は増えなかったと聞いている。(ほんとのところは知らないが・・) ああいう、すごくタブーっぽい「みんながうすうす思っていること」を黙っておかず言語化してみたけど意外と大丈夫だったというものを世に出す人もいますよね、と思う。ラストは非常に「問題ない」と思うので世に出して大丈夫かというと大丈夫な気もした。
END
この物語の魅力的なところは、主人公の心情描写が実に現実的で「人間らしい」ところです。
主人公は決して感情的なわけではなく、むしろ理性的に物事を捉え考え悩みます。
その様に、私は読んでいて釘付けになりました。
> 自分でも卑怯なことをしていると思う。
> 更新作業を終えた後で、良心の呵責を感じることもある。
> でも誰の何に対して申し訳なく感じているかはわからなかった。
上記の部分が私が特に気に入ったシーンです。
心情描写だけでなく、主人公の設定や物語の流れもとても現実的で、どこからどこまでが「現実」なのか――という程でした。
事実、私は作中に出てきた「破産者マップ」なるものが実在するものなのか調べました。
そして、それは実在しました。
舌を巻くというのはまさにこのことでしょう。
どこまでも現実的でまさにこれから起こりそうなこの物語は、最終的に驚くような形で終わりを迎えます。
そこも含めて、この物語はとても魅力的でした。
私は普段こういった硬派とも言えるような作品は読まないタイプなのですが、非常に面白かったです。