女神様

ノリヲ

女神様

 アイミとコナタはクラスの目立たない部類に生息する生徒だ、スクールカーストの4段目に属する。スクールカーストとはクラスの生徒が属するグループや立場で、ピラミッド型で表される。一番上の1段目がクラスの中心的立場の子で全ての決定権がある。2段目がその取り巻き的な立場の子。3段目は普通の人々、その他大勢。4段目は空気、5段目は侮辱の対象になっている。カーストとはインドの身分制度で、それを学校のクラスに当てはめたのがスクールカーストだ。最近はママ友の中でもカーストが広まっているらしい。カーストには様々な決まりがあり、例えば下位は上位への越権行為をしてはならない。見つかればペナルティーが科される場合もあるが、逆に更に上位の存在が認めれば不問となる、全ては1段目の御心次第だ。上位の者は下位の者を牽制して自分の地位を誇示し、下位の者は上位の者の粗を探し下克上のチャンスを狙っている。生徒達は毎日戦々恐々としながら刺激的で無駄な高校生活を過ごしていた。コナタはそんな争いごとが怖くて、大人しくしていれば害が及ばない4段目に甘んじ、身分に満足はしていなかったが、波風立たず親友のアイミと一緒に居られる今の境遇には満足していた。


 とある金曜日の放課後、教室でコナタは『女神様』と言う遊びをアイミと行っていた。『女神様』とは、何の事はない現代版こっくり様だ。紙に円を書き、渕に沿って50音と0~9の数字、各種の記号を書く。円の中心にyesとnoを書き、その付近に雫型に切り取った紙を置き二人の人差し指で押さえ「女神様、泉より御出で下さい」と呪文を唱える、円が泉を表しているらしい。雫が動き出してyesを指したら成功だ。二人は好きなアイドルグループの次期センターが誰になるのか女神様に尋ねたり、アイミのお気に入りであるお笑い芸人の好みやコナタが好きな漫画の続きなどを聞いて一喜一憂していた。そこに荷物を取りに来たマイが教室に入ってきた。

マイ「二人で楽しそうーじゃーん、何やってんのー?」

マイは誰にでも声を掛ける活発な子で、1年生で早くも女バスのレギュラーになったスポーツ少女、カーストの2段目だ。体育会系で上下関係には拘るがカーストにはあまり頓着せず、上位にも下位にも態度を変えないところにコナタは好感を持っていた。

アイミ「女神様だよー、マイちゃん知ってるー?」

マイ「懐かしー!中学の時やったー。あっそうだ!明日練習試合あるんだけど、勝てるか聞いてー」

アイミ「よっしゃ、まかしとき!女神様、マイちゃんは明日の試合勝てますか?」

雫はゆっくりと動き出し、「か・い・た・゛・ん」と指した。

マイ「かいだん?階段が勝つの?ダハハー何それー」

マイは笑いながら荷物を持って「じゃねー」と足早に教室を出て行った。

 

 週が明けた月曜、登校する生徒たちの中に松葉杖を突いたマイがいた。

マイ「アイちゃーん、見てこれー」

教室に入ったマイは一番にアイミの元に寄ってきて、涙を拭く仕草をしながら右足を前に出した、右足は足首まで包帯が巻かれている。

アイミ「大丈夫⁉どしたのー?」

マイ「捻挫ー!コケちゃってさー、2週間動かすなだってー」

アイミ「えー!試合は?」

マイ「試合どころじゃなかったよー」

マイは残念がっているが声は元気だ。クヨクヨせず感情を表に出して話すマイにコナタは好感を持って見ていた。

マイ「でさー!何と・・・、コケたのが家の階段なのよ!」

アイミはマイが言った「階段」の言葉に反応した。

アイミ「階段って・・・」

マイ「そー!当たってない?女神様!ヤバくない⁉」

興奮しているマイは益々声が大きくなっている。コナタはマイの事は好きだが声が大きいところは嫌だった。大きい声は皆の注目を集める、自然と上位の方々にも・・・。

瀬田「マイどしたのー⁉」

声を掛けて来たのはカースト1位、ギャルの瀬田セリナだ。瀬田は3年の恐い先輩「遠藤さん」と付き合っており、そのバックボーンがカーストトップの理由で男子も逆らえない。

マイ「セっちゃん見てこれ!」

マイは瀬田にも足を見せ、女神様の占いが当たっていた事を話している。

コナタ(やだ、マイちゃん瀬田さんに女神様の事話してる・・・)

瀬田「マジ!スゲーアイちゃん!」

アイミ「てへぺろ」

ここで始業のチャイムが鳴った。

瀬田「今度私の事も聞いてよー」

アイミ「いいよー、まかしとき!」

そう言ってそれぞれは自分の席に戻った。

アイミは上位の方々にも普通に話しが出来る、と言うよりアイミ自身が元々上位の人間だった。生徒会の委員でクラスへの係りも多く、皆と話す機会も自然と多い。勉強もそこそこ出来て容姿も悪くない。面倒見が良い性格で皆から頼りにされていて、スペックは間違いなく上位だ。ただ、コナタと一緒に居る事でカースト4段目に認定されてしまっているだけだった。

 放課後、アイミとコナタの周りをクラスの男女が囲っていた。

瀬田「アイちゃん、取り合えずー村田に取られた私のクルクルアイロンが何処にあるか女神様に聞いてー」

村田は生活指導の教師、瀬田は村田にヘヤーアイロンを没収されたので、取り返したいそうだ。ちなみにヘヤーアイロンは下位からの献上品だ。

ア・コ「女神様、瀬田さんのクルクルアイロンは何処にありますか?」

女神「し・と・゛・う・し・つ」

雫が示す。

瀬田「よっしゃ、千葉隊員、奪還を命ずる!」

千葉「マジ俺⁉、見つかったらやべーじゃん!てゆーかホントに当たってるかもわかんねーし」

皆は瀬田の冗談に慌てる千葉君を笑っている。

瀬田「しょうがないなー、ドライヤーは諦めるかー」

献上した女子(マジ⁉せっかくあげたに!)

瀬田「それよりもー村田に仕返ししたいなー、何かいい方法ある?」

女神「さ・す」

瀬田「刺す⁉女神様超危険!ぶっ飛んでるー!アイちゃんイケる?」

アイミ「イケるイケる、いつもこんなよ」

瀬田「マジかー!」

場は爆笑し盛りに盛り上がっている。周りの生徒も面白がって次々とアイミに質問をし、女神様の適当な答えに都度笑いが起こる。誰もが笑っていた、女神様をアイミと一緒に動かしている一人を除いて・・・。

 コナタは苦痛の沼に首まで浸かっていた。沢山の苦手な人達が自分を取り囲んでいる、しかも誰一人コナタには話し掛けない。コナタは今ここに存在しない路傍の石だ。だがその苦痛を必死に我慢しなければならない、自分の為に身分を落としてまで一緒に居てくれている親友、その親友が今世界の中心に居るのだ。親友の為、今はひたすら我慢・・・。コナタがそう思っていると。

アイミ「イケない、忘れてた!今日コナの

用事あるんだよね⁉」

コナタ「え!っで、でも」

アイミ「皆ゴメン!帰らなきゃ」

瀬田「えー」

アイミ「続きをしたいならまた今度ね」

瀬田「そっかー、じゃー解散だねー」

アイミはコナタを連れて教室を出ながら、

アイミ「ゴメン、忘れるとこだった」

と謝った。用事と言っても文房具を駅前へ買いに行くと約束をしていただけ、瀬田達のお相手をする方がよっぽど大切なのにアイミはコナタを優先した。一言も発しないコナタを心配したアイミはコナタを沼から救いだし、周りにコナタ>瀬田をアピールしてくれているのだ。コナタは自分を優先してくれる親友の心遣いを嬉しく思う一方、アピールがカースト上位の反感を買わないか不安を感じた。

 しかし、そんな心配はまったく必要なかった。次の日、学校は大きな事件の話題で持ち切りだったのだ。3年の恐い先輩、瀬田の彼氏である遠藤が生活指導の村田をナイフで刺したらしい。

事件は昨日の放課後に起きた。遠藤が村田に服装の乱れを注意され、そのまま持ち物検査をされ隠し持っていたナイフが見つかってしまった。ナイフを没収しようとした村田と取り返そうとした遠藤が揉み合ってナイフが村田の手を軽く切ってしまったのが事件の真相だが、噂は広まるにつれ『刺したらしい』から『刺した』に変わっていた。『切った』と『刺した』では意味合いが違うが、噂と言うものは次第に過激へ、そして大衆の好みへと変化してゆく、「遠藤さんは村田に相当ムカついていた」→「遠藤先輩は前から村田を殺すと言っていた」→「本当はワザと刺したらしい」と。遠藤は学校全体でもカーストのトップ、今後の処遇は下々の者達の関心を集めていた。ただ、コナタ達のクラスでは違う。女神様の「刺す」が遠藤の事件を暗示しているのではないか、以前にもマイのケガを予言しているし、今回も当たっているのではないか。クラス中がアイミを持てはやす。そしてその対極に瀬田が居た。瀬田は遠藤をバックボーンにワガママ放題が許されていた、だがそのバックが無くなれば話は別だ。実際、遠藤の退学処分が掲示板に貼りだされると同時に瀬田は都落ち、カーストの下位へ身を落し、そのまま学校には来なくなってしまった。

 トップの都落ちはそのままカーストの崩壊に繋がる。上からの押さえつけが無くなれば無法。縛りが無いので皆自由を謳歌するが、暫く経てば新たに上へ立とうとする者が現れ出すのだ。しかし新たなトップが瀬田の様な理不尽を強いる者では民衆は困る。下々の者達を安寧へ導き平和なクラスを築いてくれるだろう人物を人々は想像した。以前マイのケガを当て、またも遠藤事件で話題となっている預言者アイミ。正確には刺していないのだが細かい部分は重要ではない、今クラスで話題のアイミならトップを狙う他を圧倒出来る、そしてアイミを押し上げた我らは新たな上位に立てる。そう考えた者達によりアイミが担ぎ上げられてしまったのだ。そして空位となっていたカーストの新たなトップにアイミが立たされてしまった。


 アイミは性格上カーストのトップには立ちたくなかった、そもそも自分はカースト自体を否定していたのに、今はそれを受け入れなければならなくなっている。アイミがコナタに歩み寄ろうとすると周りがそれを邪魔するのだ。アイミを囲う者達は、トップのアイミを利用して自分達の地位を確保している者。アイミが下野したら自分達の地位も危うくなってしまう、絶対に有ってはならず全力で阻止してくるのだ。また、アイミがコナタをカースト上位へ引き上げようともするが今度はコナタがそれを望まない。コナタは華々しい貴族の世界では生きていけない平民、アイミがコナタを呼び寄せても拒否されてしまう。アイミが強引に動けば人々の反感を買う。自分が恨まれるのは構わないが、コナタが恨まれる可能性もあり迂闊に行動が出来なくなっていた。いつしか二人の間には徐々に壁が築かれ、次第に大きくなって行った。

 

 コナタは親友を取られた悲しみを自宅で女神様に伝えていた、女神様は一人でも出来るのだ。鏡を正面に立てるだけ、コナタはこの方法で昔から女神様を一人で行っていて、実は2つの予言もコナタによるものだった。コナタが女神様をすると不思議と当たるのだ。

それが判ったのは中学生の時、一人で女神様をしていて気付いた。脈絡が無いと思えていた女神様の答えに心当たりがある事がちらほらあったのだ。もちろん全てが正確に当たる訳ではない、女神様の答えが後々当てはまる事が時々有る程度だし、どの答えが何を予言しているのかも判らないあやふやなものだった。

コナタ(だからアイちゃんとお遊び程度でやってたのにあんな風になっちゃうし・・・、私はどうすればいいんですか?女神様何とかしてよ)

コナタは女神様に問い掛けた。

女神「あ・せ」

コナタ(汗って何?、またへんなこと言ってるし、たまには役に立ってよ)

コナタはアイミと離ればなれの毎日にイライラが募る。そのイライラを外に内に向けられないコナタは自傷行為で埋め合わした、自ら傷付けた左腕からは血が滲む。

コナタ(女神様、アイちゃんを取り返して・・・)

女神様「も・つ・と・あ・せ」

コナタは怒りを女神様にぶつけ、悲しみを自傷行為で慰める日々を送った。


その日もコナタはアイミの姿を目で追っていると気になる事があった。アイミが皆とお弁当を食べていないのだ。アイミには常に取り巻きが居てアイミも平等に誘いを受ける様配慮しているが、お昼だけは何だかんだ言って断っているのだ。

コナタ(あれ?昨日も教室を出て行ったし、一昨日もそうだった気が・・・、そう言えばこのところアイちゃんは教室でご飯食べてる様子がない・・・)

疑問に思ったコナタは次の日もアイミの様子を見ていた。

コナタ(やっぱり今日もお昼を断ってる、どこでお昼をたべてるんだろう・・・)

アイミは弁当が入った巾着だけを持って教室を出て行こうとしている、コナタはひっそりと後を追った。アイミは廊下や階段を進み視聴覚室前のトイレへと入って行った。この先は突き当りで視聴覚室で授業が無ければ生徒が居る事は無い、昼休みは当然誰も来ないトイレだ。コナタはゆっくりとトイレのドアを開けると、ゴミ箱に弁当箱の中身を捨てているアイミと目が合った。

コナタ「アイちゃん何してるの?」

アイミ「ん~?ちょっとねー」

アイミはコナタから視線を外し下を向いたまま答えた。

コナタ「お弁当捨ててるの?」

アイミ「うーん、正確にはお弁当じゃないんだけどねー」

コナタがゴミ箱を見ると、弁当箱から落ちた木の枝や葉っぱが入っていた。

コナタ「何これ!酷い!誰かのいたずら⁉」

アイミ「いたずらじゃないんだー」

コナタ「嘘!誰がやったの⁉クラスの人⁉」

アイミ「クラスの人じゃないよ、大丈夫、コナは心配しないで」

コナタ「大丈夫じゃない!私ずっと見てた、今日だけじゃないでしょ?」

アイミ「ばれちゃったかー、さすが親友だね」

コナタ「誰がやったか知ってるの?お願い、話して!親友でしょ⁉」

アイミ「・・・お母さん・・・」

コナタ「えっ・・・、アイちゃんのママ⁉」

アイミ「そう、お母さん・・・、家のお母さん、最近おかしくなっちゃって・・・」

アイミはそう言うと下を向いまま声は出さず涙だけがポタポタと床を濡らしている。

コナタ「おかしくなっちゃったって・・・」

アイミ「お弁当もあんな感じ、砂とか新聞が詰まってたり・・・、お母さんどうしちゃったんだろう・・・」

アイミはコナタに抱き着きグスグスと泣き始めた。


 放課後、コナタはアイミの家へ寄った。アイミの家はお父さんが単身赴任で他県にいるので実質お母さんと二人暮らしだ。コナタは良くこの家に来ていた、家の中は特に変化は無い様子だが、アイミが毎日掃除や片付けをしていて大変だと言った。コナタがアイミの部屋へ行こうとすると居間に居た母親が声を掛けて来た。

母「あらコナタちゃんいらっしゃい」

母親の姿を目にしたコナタは目を見開いた。母親は上半身裸で髪はボサボサ、グニャグニャに変形した針金ハンガーらしき物を撫でていた。

アイミ「ね、こんななの・・・」

アイミの話しでは、母親はここ数日の間、急におかしくなったそうだ。言葉は普通で会話は通じるのだが、お風呂のお湯を廊下に撒いたり、壁に穴を開けてヌイグルミを隠そうとしたり奇行があると言う。なぜか太陽を嫌い昼間は外に出ない様だが、夜は庭の葉っぱや木の枝を集めるらしい。コナタはお弁当の中身を思い出した。お母さんはこんなだし火事とか怖いから散々悩んだけど学校は暫く休もうかと思っている、とアイミは話しながらまたもグスグスと泣き始めた。アイミがこんなに泣く姿をコナタは見た事がなかった。いつも明るく優しくて一緒にいるだけで幸せな気分になる大好きなアイミ、そんな大切な親友が悲しみ絶望している、自分も胸が苦しくなる・・・。

コナタ「大丈夫!私が一緒にいるから!私がアイミを守ってあげる!」

コナタはそう言ってアイミを抱きしめ、アイミもコナタに抱き着き泣いた。アイミから漂う甘い香りにコナタはキュンとした。


 コナタはアイミに父親へ連絡させた。父親は半年に1回帰る程度しか家庭を顧みない人だったが、アイミに怒られ事態の重さに気付いた様で明日帰ると言う。アイミは一昨日も父親に連絡はしたが、母と自分を見捨てるんじゃないかと不安で強く言えなかったそうだ、怒る勇気が出てきたのはコナのお陰とアイミが言った。コナタはアイミの家へ泊り母親の奇行を一緒に見張った。二人で止めれば母親は暴れたりせずしぶしぶだが従う。アイミが笑顔を見せるのでコナタはたまらなく幸せだった。父親が戻ると母親は直ぐに病院へ入院した。コナタはアイミを自宅に招いたり、一緒に母親を見舞った。病院では投薬のお陰で奇行は抑えられ、奇行の原因は不明だが脳に異常は無いらしく、経過が良ければ自宅療養も考えると医者が言っていたらしい。父親も会社と話し自宅から通勤出来る部署へ異動になったとアイミから報告された。コナタはアイミに抱き着き喜んだ。アイミの甘い匂いにコナタは下腹部が疼いた。


 コナタは今日も一人女神様をやっている。

コナタ(女神様、アイミママを呪うのは終わりにして、次はクラスの連中を呪って下さい)

女神様「あ・せ」

コナタ(阿世ね)

コナタは左手の袖を捲りズタズタの腕にカッターの刃を這わせ、ポタポタと滴る血を紙に垂らした。

コナタ(これでアイミは完全に私だけのもの)


※阿世(あせ)=血のこと・血の隠語

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女神様 ノリヲ @rk21yu

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