第2話 現実は小説より変人ばかり。


 カツカツ、と地面を蹴りながら今日も慣れたコンクリートの上を歩く。ここに通い始めて早3年目。目を瞑ってでも歩ける気がする。私は皆の憧れるできる女だ。バリバリのキャリアウーマンである。入社から6年たった今、任される仕事はかなりやり甲斐のある仕事ばかりだ。それを確実にこなしていく日々。もう数年経てば、昇進間違いなしのエリート。


「赤星さん、おはようございます」

「おはようございます、浅葱さん」

 爽やかな笑顔で笑いかけてくる目の前の男。営業部のトップで私とは同期。シャキッと伸ばされた背筋にしなやかな身体、そして王子様フェイス。さらに帰国子女。きっとこれが少女漫画だったら、こいつとヒロインのらぁぶストーリーが始まるのだろうけど、お生憎、私は恋愛などする気はないし、大体そもそも男が苦手だ。一刻も早く離れてほしい。ほら遠くで、知らん女性社員が、「浅葱さんだ……!」「話しかけておいでよ!」とやってるぞ。

「ご一緒しても?」

 ご一緒するな。

 そう言いたかったが、私は優秀なので、どうぞ、と貼り付けた笑みで返した。


「ところで、今日から部署移動だとか」

「ええ、まぁ」

 今年の春から、社長が変わった。それに伴い、我が社「suffra スフラ」は大きな改革が成された。スフラはスポーツ用品の開発を行う会社だ。様々な有名企業と肩を並べられる実力はあるものの、いまいち伸び悩んでいた。その為の改革だ。部署の変わる人も多く、私もそのうちの一人である。

「女性向けのスポーツ用品を開発するんだっけ?」

「商品開発部の女性スポーツ支援課」

「ジョシ課だね」

「メンバーは全員女性だし、課長も紺野さんだし、やりやすくなるわ」

「はは、男は邪魔かな」

「邪魔よ」

「つれないなぁ」

 やれやれ、とため息をつく浅葱は、楽しそうだ。こいつは内が読めないから対応に困る。

「紺野さんの次に偉いのは君なんだろ? 凄いじゃないか課長補佐殿」

「皮肉かしら? 営業部第一営業課、係長殿?」

「そんなつもりはないよ。大体僕たちの同期でしかも、女性で一番の昇進じゃないか。係長より偉いんじゃない?」

 困ったように眉毛をハの字にする彼は、どこか幼い。きっとその顔で数多の女性を落としてきたのであろう。裏でDVしそうだな、ととんでもない偏見を思い浮かべる。


 くだらない世間話に適当に相槌を打ち合いながら、会社についた。エレベーターに二人で乗り込む。するとギリギリのところで、パタパタと一人の女性社員が走ってきた。慌てて、開くボタンを押すと、その女性がすみません、と言いながら駆け込んできた。

 次の瞬間、その女性がカツッとパンプスのヒールをエレベーターの入り口の隙間につっかけ、私達に向かって倒れ込んできたのだ。

「キャッ」

「おっと、大丈夫かい?」

 なるほど、この女これが狙いか? 浅葱はこういった輩に手慣れているからか、甘い声とともに彼女を受け止めた。

 彼女がぱっと顔を上げる。その顔は赤く染まっているんだろうな、目の前で何見せつけられてんだろ、と反吐が出そうな想像をしていたが、彼女の顔は、否目は死ぬほど冷たかった。

「あ、ありがとうございます」

 いや、声も冷た!?

 どうやらわざとではなかったようである。というか、本気で嫌そう。浅葱も目を丸くして、ぎこちなく、「ど、どういたしまして」と言った。

「もしかして、赤星さんですか!?」

 浅葱の手から素早く離れた彼女は、私の方に振り返ると、手をギュッと胸の前で組んでキラキラと目を輝かせた。

「赤星、ですけど」

「あ、えっと、私、今日から商品開発部、女子支援課に配属される、青木と申します!」

「あ、あぁ青木さんですね、よろしくお願いします」

「わぁ、こんなに早く会えちゃうなんて! よろしくお願いします!」

 彼女は満開の笑顔を浮かべて、私にずいっと顔を近づけてきた。青木さんは紺野課長から渡されたリストで知ってはいたけれど、今まであったこともないはずだ。それなのに彼女は私に、物凄いキラキラとした目を向けてくるのである。

「赤星さんと、お仕事できるなんて嬉しいです! お噂はかねがね!」

「そ、それはどうも……?」

 戸惑う私が、そっと浅葱に目を向ける。浅葱は、くすくすと笑いながら私達を傍観していた。助ける気ゼロだな。

 青木が口を開きかけた途端、チン、とエレベーターがなった。

「あ、私この階に忘れ物してきちゃったんです。とってからジョシ課向かいます! それじゃあまた後で!」

 開いた扉から、パタパタと彼女が降りていく。私は呆然としたまま、「また後で……」と返す事しかできなかった。

「ふふ、ふはは、何あの子! 随分と面白い子が部下になったんだね、赤星さん」

「いやうん、私も初めてあったから衝撃的すぎて受け止められないのだけど」

「嵐みたいな子だったなぁ、下の名前はなんていうんだい」

 彼はすぅ、と目を細めて私にそう聞いてきた。あーあ、かわいそうに青木さん。こいつに気に入られちゃってるよ。

「教えない。自分で聞きなよ」

「つれないなぁ、凜ちゃん」

「やめて、吐くわよ」

 私のその言葉に、ははは、と彼は愉快そうに笑った。本当にわけのわからない男だ。




 私達の課がある場所に行けば、もうすでに何人かは揃っていた。紺野課長は私に気づくと、眉毛を僅かに緩ませた。相変わらずきつい表情だけど、これは彼女のいつもの表情なのを私はこの6年間で散々学んでいた。

「おはようございます、紺野さん」

「おはよう、赤星さん」

「また一緒にお仕事ができて嬉しいです」

「ビシバシ行くわよ」

 はい、と元気よく返事をすれば彼女は素っ気無く、ふい、と顔を反らし作業を続け始めた。

 紺野千恵さんは、私が入社したとき、丁度私の教育係だった。彼女は、入社してからかなりもう長い、所謂お局様だ。サラッサラな黒髪と美しいスタイルと圧倒的な美丈夫さで、若くは見えるが、私の親より少し若いくらいの年齢だ。切れ長の目でキッと見られればたちまち竦み上がってしまう。かく言う私にとっても、怖い先輩であるイメージは変わらない。しかし、理不尽に怒るとか機嫌で態度を変えるとかそういうこともしないから、別に彼女は悪い人ではないのだ。それがわかってからはむしろいい人なのではと思っている。まぁ何より彼女はかっこいい。

「赤星さんのデスクはここよ」

「あ、はい!」

 パンパンと軽く彼女の細い手が机を叩く。紺野さんのすぐそばの席だ。

「よろしく頼むわよ、課長補佐さん」

「任せてください、すぐに私が課長になってみせます」

「楽しみにしておくわ」

 彼女が僅かに笑う。期待されていることを実感して私は嬉しくなった。貴方が面倒を見てくれた新入社員はここまで大きくなりました! できるキャリアウーマンになりました!

 ふふん、と僅かに鼻が高くなり気分が上がる。まぁ私は紺野さんのようにクールで良い女なので、表には全く出さないが。


「私、紺野さんが笑ってるとこはじめてみました〜! 流石赤星さん!」

「うわっ!?」

 突然後ろから声をかけられ、私は思わず飛び跳ねた。そんな私の様子が面白かったのか、くすくすと後ろから笑い声が聞こえてきた。振り返るといたずらっぽく笑う青木の姿。

「あ、青木さん、随分早かったのね」

「えへへ、早く先輩に会いたくって急いじゃいました」

 何なんだこいつ。私に媚び売ろうとしてるのか。

 よくわからないけれどかさっきから距離が近いし、物凄く嬉しそうな笑顔で来てくれるのだけど。演技か? 演技なのか???

「紺野さん、いつもこっわい顔してるのに、先輩と話してるときなんだか、楽しそうですね」

「そう? でも、紺野さんは私の教育係だったから、他の人よりはよく知ってるの」

「へーそうなんですね」

 青木さんは、私から視線をそらしじっと紺野さんを見つめた。あ、あれかな、青木さんも紺野さんに気に入られたいうちの一人なんだろうか。それで目をかけられてる、というか親しげに話していた私に嫉妬をしているんだろうか。それとも、課長補佐を狙って……!?

「受けて立つわよ、青木さん」

「え? 何を!?」

 青木さんはまだ入社3年目。課長補佐の座はまだ渡さないわ。いくら見た目がふわふわしていて、可愛らしいからって、譲れない。

「赤星さーん、赤星さーん?」

 小柄で小さくてふわふわでタレ目で、優しげな雰囲気。私とは全く正反対。だけど負けるわけにはいかないの。やっと頑張ってここまで来たんだもの。

「赤星さーん、って聞いてないなこりゃ」

 男子人気ナンバーワンという噂も聞いたことあるし、仕事もそれなりにできるみたいだし。油断をしていたら足元を救われるわよ、赤星。ええ、気合を入れていこうじゃないか。



 私が心の中で気合を入れ直しているその時、バンッと青木さんの机に大量の資料が置かれた。それを持っていた紺野さんが私達をギロ、と大きな目で見てきた。

「青木さん、この資料整理しておいてもらえるかしら」

 うるさくしてしまっていたのだろうか。紺野さんは少し苛ついているようで、私は申し訳なくなった。青木さんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにが笑顔を取り繕って、はぁい、と返事をし、作業に取り掛かり始めた。

「赤星さん、ちょっと来てくれる?」

「は、はい!」

 私を呼ぶ紺野さんの声は鋭い。怒られるのかと内心ビクビクしたまま彼女のもとへ向かう。彼女が私を連れてった先は資料室のようなところだった。

「赤星さん」

「はい」

 声が上擦らないようにとわざと気持ちを落ち着かせて返事をすれば、彼女はクスリと笑った。

「怒るわけじゃないわよ」

「怒られるのかと思いました」

「まさか」

 彼女はいくつかの資料を手にとって、私に渡す。運ぶのを手伝ってほしかっただけか、と内心安堵する。

「青木さんとは仲がいいの?」

「え、青木さんですか?」

「ええ」

 目を伏せたまま、彼女はそういった。彼女のその仕草はどこか緊張しているように見えた。え、ちょっと待って、何その雰囲気。

「仲いいの、というか、あの、今日あったばかりですが」

「そう、そうなのね」

 彼女の声色が軽くなる。切れ長の目はすっかりいつも通りに戻っていた。

「よし、じゃあ早く資料を運んじゃいましょうか」

 大量の資料をヨイショと彼女は持って、足早々に資料室から出ていった。その後ろ姿はなんだか、軽そうだ。出ていったところを私はぼーっと眺めていた。

「まって、今の待って何?」

 青木さんと私が仲良いのかと、確認をしてきて、今日あったばかりだと伝えれば彼女は安堵していた。それに、私と青木さんが話していたときは、明らかに苛ついていたじゃないか。

 まさか、そういう関係なのか……? いやでも、年齢差ありすぎるし、第一女同士。女同士の恋愛を否定するわけじゃないけれど、二人は全く正反対の性格だろう。なんというか住むジャンルが違うというか。

「赤星さん? 何やってるの、早くきなさい」

 資料室から少し離れた廊下から声が響く。私はブンブンと首を振り、いつも通りのキリッとした顔に戻って、「今行きます」と資料を持ち上げた。





 商品開発部のフロアの一角に、女性スポーツ支援課はあった。メンバーは5名。紺野さんが課長。課長補佐が私。その次は紅谷さんという、紺野さんよりも年上のパートさんあがりの気前のいいおばちゃん。次が紫倉さん、若草さん。この二人は私より二期下の四年目。次が青木さん。基本的に若いメンバー中心でなおかつ女子のみだ。今までにはなかった本当に異例の取り組みなのである。

 そして、さらに今年から新入社員が一人、この課にも追加されることになった。

「はじめまして、白金杏菜です。未熟者ですが、精いっぱい頑張ります!」

 元気のいい挨拶に頭が痛くなる。ふわりと笑う笑顔には汚れ一つない。クリクリのおっきい目にバッチリメイク。そして高価そうなスーツ、靴、鞄。我社の新しい社長は、白金裕貴。以前は白金幸喜。この新しい新入社員は、社長の娘なのである。

「よろしくね、白金さん」

 皆がどうしていいかわからない中、紺野さんが彼女の肩を持ってそう言った。それに合わせて私が拍手をすれば、周りの子たちも拍手をした。




 この女性スポーツ支援課に集められたメンバーはかつての部署や課が違う人も多い。名前だけ知っているけれど、そこまで話したことのない。そんな関係性の人たちが多い。まぁそこはおいおいわかっていくだろうし、ひとまず軽い自己紹介をおえたあと、一度各々のデスクについた。

「やった、赤星さんと真向かいですね」

 パソコンとパソコンの隙間越しからヒョコと顔をのぞかせて青木さんがそう言った。その可愛い仕草できっと沢山の男を落としてきたんだろうと、私は一瞬チベスナ顔になった。

「おーい赤星さん」

「あぁごめんね、狐に憑依されてた」

「なんですかそれ」

 あはは、と彼女が楽しそうに笑う。その時、ピリ、と視線が突き刺さった。この視線はと顔を上げる前に、「赤星さん」と声をかけられた。

「な、なんでしょう」

 声のしたほうを振り返れば鋭い視線をこちらに向けた紺野さんがたっていた。やっぱり青木さんとそういう関係なのだろうか。私と仲良くしているのが見えて、なんかこう、もやっとしてるのかもしれない。

「赤星さんには白金さんの教育係をしてもらうわ。後でどんなことを教えてもらうかは説明するけれど、ひとまずパソコンの初期設定の仕方を教えてあげて」

「よろしくお願いします!」

 白金さんが荷物を抱えパタパタとこちらにきて、頭を下げた。頭を下げたと同時に何個かの書類が落ちてしまった。

「あっ、すみません」

 落ちた書類を拾おうとして更に違う書類が落ちる。彼女も彼女なりに緊張しているようだ。「どうぞ」といくつか拾ってあげれば、今度は落とさないように気をつけながら何度もペコペコと頭を下げた。

「赤星さん、11時頃まで私会議なの。その間、このオフィスの整理とそれぞれのパソコンの立ち上げ任せたわよ」

「はい」

 私が返事をすれば、彼女はじゃあね、と言って踵を返した。そのすれ違いざま、紺野さんのことを青木さんがじっと見ていた。その視線には何かただならぬ感情が籠もっているように見えた。

 


 白金杏菜という子は意外にも素直で真面目だった。伝えたことはきちんとメモを丁寧に取るし、一度で完璧に理解とはいかなくてもわからないところはきちんと聞ける。一通り教え終わったあと、少し休憩しようか、といえばお茶まで入れてくれる。全員分きちんと美味しく入れられるのだ。新人としては上出来すぎる。

「なんというか、イメージと違ったなぁ」

「え、あー、そうですよね……」

「ごめんね、気を悪くさせてたら」

 社長の娘だとかお偉いさんの娘とか、そういう後ろ盾がある人は、傲慢ですぐにパパに言うわよ! だとかそんなことを言い出すんじゃないか、というイメージは確かにあった。世間一般の大体の人ももしかしたらそう思うかもしれない。

「いいんです。覚悟はしてましたよ! あたしが社長の娘だから、コネ入社なんじゃないかーとか、何も仕事できないんじゃないかーって言われるだろうなとは」

 彼女はそれを覚悟の上で自分の父親が経営する会社に入ったらしい。そこまでできるとは、相当強い子なのだろう。

「もとから遠慮するつもりはなかったけれど……もっとビシバシいってもいいってことね」

 私がそう言って口角をあげれば、彼女も同じように笑った。

「もちろん、というか本当はもっと冷たくされると思ってたんですよ、私」

「まさか、そんなことするように見える?」

「いいえ!」

 私は何度か教育係をしてきたけれど、この子は今まで見てきたどの子よりも、鍛えがいがありそうだ。彼女のできることできないことしっかり把握して、紺野さんのサポートもできるようにしなくっちゃ。

「あーかーほーしさん! ちょっと聞いてもいいですか?」

 彼女の入れてくれたお茶を飲みながら一息ついていると、またもやパソコンの間からヒョコリと青木さんが顔を覗かせた。正直白金さんよりも、青木さんのほうが得体がしれない。

「どうしたの?」

「パソコンの調子が少しおかしいみたいで」

「今行くよ、白金さんは自分の荷物整理したりとか、書類見返しておいてね」

「はい!」

 白金さんの返事一つでこの場が明るくなる。これはもう、彼女にとって完全な武器の一つだ。営業部でも良さそうだけどな。



 青木さんのデスクに行けば、一見異常はなかった。だが、Wi-Fiがうまくつながらないようだ。電源を何度落としても駄目だそう。ひとまずコンセントを抜いてみたり、色々してみた。

「もう一回パスワード入力してみようか。マウス借りるよ」

 彼女を椅子に座らせたまま上から覆いかぶさるようにマウスに手を伸ばす。Wi-Fiを繋げるためのパスワードを何度か入力すれば、無事、パソコンにアンテナが立った。

「うん、これで大丈夫そうね……って、どうしたの青木さん」

 ふと横を覗き込むと青木さんは顔を手で覆って上を向いていた。ほんの僅かに耳が赤い。

「新しい宗教のお祈り……?」

「違っ、くはないかもしれないけど」

「どっちよ」

 手を外した彼女の顔は全体的に赤くて、私は思わずその額に手を当てた。特に熱くはない。

「熱はなさそうだけど……大丈夫?」

 私がそう聞いているというのに、彼女はピシリと、固まって動かなくなってしまった。え、フリーズ? 人間ってフリーズするっけ??? 

「おーい青木さん? 体調悪いの?」

「い、いえ大丈夫です!」

「うわっ、動き出した」

 突然動き出した彼女はピン、と立ち上がると、私に深々とお辞儀をした。

「パソコンありがとうございました! 体調はなんともありません! トイレ休憩行ってきます!」

「行ってらっしゃい……?」

 私の返答はきっと彼女の耳に届いてないだろう。だってすぐにトイレに向かっていっちゃったんだもの。さっきの一連の流れ不可解すぎるでしょ、誰か解説してくれ。

 その時私の両肩にぽんと手がおかれた。振り返れば、そこには若草さんと紫倉さんがいて。

「「ごちそうさまです」」

 といい笑顔で言われたのだった。




 誰か助けて。この課がだんだん不安になってきました。

 若草さんと紫倉さんはそれだけいうとスタスタデスクに戻ってしまった。えっと、うん。彼女たちも何? え、不思議ちゃんしか入れない課だったりする?

「あらあら、赤星さん、お疲れかしら? 飴ちゃんあげようね」

「いやひと袋もいりませんって」

 そこでたまたま資料室に行っていた紅谷さんが帰ってきた。私の顔を見るなりどこからともなく業務用の大量に入った飴をひと袋取り出し、私に渡そうとしてくる。流石に業務用のひと袋はいらないです。

「じゃあこっちね」

 そう言って渡されたのはキャラメルひと箱。一個でいいじゃん一個で!!! なぜ! ひと箱!? 私が戸惑っていると私のポッケにスコンとキャラメルを入れ、自分のデスクへ戻っていってしまった。

 紅谷さんもお菓子バージョン花咲か爺さんとは聞いていたけれどもここまでとは。若草さんと紫倉さんにも配ってるし、白金さんにはどら焼きなんか渡してるし。スーツの中からどら焼き出てきたんだけどどういうこと?

 22世紀ぐらいから来た? 青い狸が化けた姿だったりしない?


 内心ごっちゃごちゃになっているその時だった。

「赤星さーん、パソコン固まりました……!」

 眉を8の字にして目をほんの少し潤ませる、白金さん。パソコンを除きこめばそこにはいくつものタスクが溜まっており、何個ものアプリが開かれていた。

「開きすぎ!」

「ごめんなさい〜!」 

 もー、と言いながらパソコンを再起動し直す。使い始めだからか、少し重い上に白金さんがひたすらいろんなアプリを開いてしまって落ちたのだろう。

「うわっ」

 彼女のデスクに積まれていた資料が、ごめんなさいと手合わせた彼女の肘にあたり、ドシャリと落ちる。私はまたそれを、もー、と拾ったのだった。



 ジョシ課、まともなのが私と課長しかいなさそうです。誰か助けてくれ。


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