第5話 現実は小説より酒なり。
美味しい料理と美味しいお酒。そして気が利く明るい店員に、お婆ちゃん。ジョシ課は今日初めてあった人も多いけれど、お互いのこれまでの話は大いに盛り上がり、皆かなりの量を飲んでいた。
「そういえばこないだ道端歩いているときに、人面犬みたいなのがいて……」
「人面犬って犬種なに」
「人面犬とアメリカンショートヘアのミックスみたいな見た目しててそいつ」
「それはもう猫じゃ……?」
絶妙に気になる話題が始まった直後、ガバッと後ろから抱きつかれた。
「ぎゃっ、何、どうしたの青木さん」
「にゃへへ〜、ぎゃってきゃわわですね、赤星さん」
スリスリと私の首に顔をうずめながら青木さんがもたれかかってきた。彼女の髪が首に当たってくすぐったい。
「ちょっと! くすぐったい!」
「青木さんいーにおいするー」
「アンタは酒臭いわ!」
完全に青木さんは酔っ払っているようだ。他の皆もかなり酔っている。紫倉さんは若草さんにもたれかかって完全に爆睡してるし、紅谷さんはれいくんやお婆ちゃんのところへ絡みに行ってしまった。紺野さんはさっきから喋らない。黙々と皆を見ながら僅かに頬を緩ませて飲んでいた。私だって頭がふわふわしている。
「わたし、本当に嬉しいんですよ、憧れの赤星さんと一緒に仕事できて……」
「そ、そうなの?」
「ふふ、大好きです……」
うりうりと首元に埋まってくる彼女は、なんだか猫みたいだ。ついついその頭に手が伸びて、頭を撫でれば手に擦り寄るように彼女が自ら来た。
「ふ、ふふ、青木さんはなんだか猫みたいね」
「猫は好きですか?」
「え、まぁ好きよ?」
「やったぁ」
こんなの男の人がされたら一発で落ちるだろう。可愛すぎる。何でもしてあげたくなっちゃう。パパ活とか上手そうだなぁ。
回らない頭で失礼なことを考えていたその時、紺野さんが青木さんをぐいっと引っ張り、私から引き離した。
「皆もう結構酔っちゃってるし、そろそろお開きにしましょうか」
「そうですね……」
「紫倉はあたしが送ってくんで!」
すっかり寝ている紫倉さんを若草さんがおんぶした。二人は元設計部だし、大学も同じだったらしい。家も近いようだ。
「青木さんは私が家まで送りますか? それかタクシーに……」
意識あるけど、かなりふわふわしてるみたいだし、このまま返すのも心配だ。青木さんはフニャフニャしながら笑ってこっちを見た。
「今から帰るのめんどくさいです〜、赤星さん泊めてくださいよ〜」
泊めてしまったほうが確かに安全かもしれない。そう思っていいよ、と答えようとしたその時、紺野さんがすかさず青木さんの腕を自分の肩に回して、立ち上がらせた。
「私がちゃんと送っていくから安心して、赤星さん」
「紺野さんがそういうなら、よろしくお願いします」
やっぱりなんだか、紺野さんは私と彼女を引き離そうとしているように思える。気のせいかな。しかし酔った頭でイマイチ考えられなくて考えるのを諦めた。
それにしても紺野さんはなんともなさそうだ。ちっとも酔っていない。できる女は酒にも酔わないのか。しかもお会計も済ませてしまったらしい。「仕事の成果でお代は貰うわ」とお財布を出そうとする若草さんのことを止めていた。かっこいい女ってやつぁ最高だなぁ!
「なんかくだらないこと考えてるでしょう? 赤星さんも顔が真っ赤よ」
「うぅ、紺野さんってかっこいいなぁって思ってたんです〜」
クスクスと笑われて更に顔が赤くなる。隠すようにお冷をぐいっと飲んでかばんを掴んだ。気をつけて帰るのよ、と言ってくれた彼女に頭を下げお店を出た。なんかお姉さんみたい。夜風が程よく気持ちがよかった。
マンションについて自分の部屋までなんとか辿り着く。青木さんもちゃんと帰れたかなとスマホを開いたけど、未だにふわふわしていて、すぐにでも寝たい気分だったからスマホはしまった。ガチャガチャと鍵を回すけど何故か開かない。あれ、と首を傾げたそのとき、後ろからでっかいため息が聞こえた。
「赤星さん、そこ私の家」
「え!?」
驚いて番号を見れば確かに私の隣の部屋だった。そりゃあ開かないわけだ。ごめん、と手を合わせて振り返る。気だるけな女子高生が呆れ返った目でこちらを見ていた。
「酒臭」
「うっ」
「ほら早く自分の部屋に帰れ。呑んだくれ」
短く居られたスカートから出た生足がゲシゲシ私のことを蹴ってくる。ごめんって、と謝りながらようやく自分の部屋を開けた。なんだかめんどくさくなってしまって玄関先で適当に靴を脱いだあとそのままソファに飛び込む。
「ハァーーーー、ちょっとしっかりしろよ。社会人6年目でしょうが」
私の脱ぎ散らかしたコートやらほっぽり出した鞄を拾いながら彼女はため息をついた。
「急にソファに飛び込むんだから、ガチで死んだのかと思った」
「面倒くさくなっちゃって」
「てかまた部屋汚くなってるし、あの人に怒られるよ」
そう言いながら彼女はテキパキとあたりを片付け始めた。サラサラの黒髪が揺れる。JKながらに大人っぽい彼女は私の隣人だ。一昨年隣で一人暮らしを始めた。上京してきたとかではなく、親と喧嘩して、家を出てきたらしい。
「千尋センセ、進捗どーですか」
「うるせぇー、進んでるわけないじゃん。隣人のお世話が忙しいんでね」
「言い訳にするなー」
このマンションは割と高い。普通の高校生がアルバイトをしつつ、学校に通いながら住める場所ではないのだ。それなのに彼女がここに住めているのは、彼女が現役JKの小説家であるからだった。彼女は、売れっ子で著作はどれもベストセラー。もうすぐ映画化されるものもある。十年は遊んで暮らせるらしい。見た目も華やかでさらに現役JKという強烈なキャッチコピーが備わっているからか、メディアにもよく取り上げられていた。
「早くお風呂入ってきなよ。片付けしてあげるから」
「いいよいいよ、疲れてるでしょ、千尋ちゃんも部屋に戻りな」
「あの人がここに来たとき大変になるからやってあげるの。アンタの為じゃねぇから」
「ほんと、千春のこと好きだね」
「いい人だもん。信じられないくらい。アンタはカッコつけたがりのクズ」
「悪かったわね」
彼女の言うあの人というのは、私の親友、千春のことだ。仕事を、頑張る反面日常生活が疎かになる私を気にかけ、度々親友が押しかけてくる。そのたびに私の食生活に文句を言ったり、部屋の汚さに文句をいったりして、片付けてくれたりする。遊びながら片付けをするときもあるからめちゃくちゃ時間がかかるのだけど。千春があまりにもよく来るから隣人の千尋ちゃんも仲良くなって……。何故か、千尋ちゃんは千春によく懐いたのである。千春も千尋ちゃんのことが可愛いらしく、最近は、千尋ちゃんにあうために来てるようなときもあるくらい。こんな生意気JKのどこが可愛いのか。彼女は、ハーと疲れた様子で片付けを続けている。
「疲れてるっていうか、なんか悩みごとでもあるの?」
そう聞いてみると、彼女はヒクヒクと若干眉毛を動かしながら、「なんでもない」と目を合わせずにいった。絶対何でもなくなさそうなんだけどな。
「また気持ち悪いぬいぐるみ増えてるし。とっとと風呂入ってこい!」
ベシ、と顔面めがけて、ゲヘヘという顔をしたオジサンあざらしと言うなのぬいぐるみが飛んでくる。私の部屋はぬいぐるみが多いけれどこいつは一番の新入りで、最近のお気に入りだった。
「可愛いでしょうが!」
「何であざらしっていう可愛い存在に、おっさんの気持ち悪さを足すわけ?? 意味わからん」
「そこがいいんじゃん。とりあえずお風呂入ってくる」
お風呂セットを持って浴室に向かおうとした瞬間、スマホが鳴った。液晶画面には千春という表示。スマホを取って、千尋ちゃんに投げつければ彼女は慌ててキャッチをした。
「ち、ち、ちは、ちはるさ、ちはるさん!?」
「お風呂入ってくるから代わりに出といて〜」
この有様を話したら多分怒られるだろう。それなら、先に千尋ちゃんに出ておいてもらったほうが千春の機嫌も良くなる。さらに千尋ちゃんだって元気が出るだろう。私天才かもしれない。
「も、もしもし千春さんですか?」
普段は淡白で何にも興味がなさそうなJKが嬉しそうな声しちゃって。メディアに出てるときすら愛想がないので有名なのに。千春もそりゃ嬉しいだろうな。
千春のことは千尋ちゃんに任せ、私はお風呂に入ったのだった。
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