第3話 現実は小説より戦なり。
11時すぎ、会議から戻ってきた紺野さんは、私を呼び出した。またもや人気の少ない資料室である。この課はできたばかりだから、商品開発部のフロアの1角にあり、一室として区切られているわけじゃない。課長室なんてものも当然ないので、個人的な話は会議室にいくか、それか資料室など人気の少ないところで話すことになるのだ。
「ジョシ課は今年初めてできたわけだからまだ何もかも手探りでのスタートだけど……早速大きな仕事を任されたわ。後でみんながいる時に改めて説明するわね。赤星さんにも頼っていくからよろしく」
「はい。というかなんか疲れてませんか?」
紺野さんの表情はどこか浮かない。普段から怖い顔がデフォルトだけども、より一層眉間にシワが寄っている。
「会議で女だけの課とか頼りねぇだとか言ってくるやつがいてね。やっぱりどうにもまだ女が活躍することを良しとしない遅れた奴らがいるのよ」
「えーっとどこのどいつでしょう? 埋めますか?」
「埋めちゃだめ。どこの誰っていうよりかは、上の方の人全体がそんな雰囲気なの」
「なるほど、上を燃やせばいいんですね」
「燃やすな。まぁそう言うわけだから、私達の仕事ぶりで何も言えなくさせてやりたいわけなの。いいわね」
「わかりました。まぁ私と紺野さんがいれば最強ですから!」
「当たり前でしょう、赤星さんは私が育てたんだもの」
彼女がゆるりと口角を上げる。入社してからずっと紺野さんの背中を追い続けてきた。遠かった背中がようやく見えてきた気がした。
「それと白金さんのことだけど、どう思った?」
スゥと彼女の目が細くなる。それだけで私は、今試されているんだ、と感じた。物を見極めようとするとき、彼女は顎を僅かに上げて、目を細めるのが癖なのだ。
「白金さんは鍛えがいがありそうです」
私の発言を聞いた彼女の口元はゆるりと弧を描いた。
「それは楽しみね。これ、目を通しておいて」
渡されたのは白金さんの履歴書。そこには白金杏菜という文字はなく、金沢杏菜と書かれていた。写真は確かに白金さんだけれど、名前が違う。
「彼女ね、お父さんの名前を使いたくなかったから母親の旧姓で、本当に自分の正体を隠して面接を受けたそうよ。人事部も全く気が付かずに採用して、その後彼女が自分から実はと謝りに来たのだとか。父親である社長もその時知ったんですって」
「それじゃあ一切コネ入社なんてしてなくて、本当に彼女の実力で……?」
「そうよ。まぁ、ジョシ課に来たのは多少社長が関わっているみたいだけど?」
「そうなんですか?」
「可愛い娘に変な虫をつけたくなかったみたい」
なるほど、できるだけ男と触れ合う機会を減らさせたかったわけだ。だからジョシ課に入れたのだとか。まぁ履歴書を見れば、女性向けのスポーツ支援もできるメーカーにしたいだとか、そういう商品を開発したいと書かれているのだから、ジョシ課にもピッタリだったのだろう。
それにしても彼女がそこまでしてこの会社に自分の実力で入ったというのは、本当にすごい。ここはそれなりの大手メーカーだ。毎年倍率も物凄く高い。プロスポーツ選手だった子が引退したり怪我をしてこの会社に雇われることも多く、一般の人だとしても有名な大学の出だったり、スポーツ関連で良い論文を発表したとか、そういう人たちばかりだ。紺野さんも昔はバレーボールで物凄い選手だったらしい。白金さんはそういう経歴もなく、大学もそこそこ。本人自身が強い決意を持って、入社しようと努力したのだろう。
彼女の入社希望の際に提出していた資料の数々を一通り渡される。後で目を通しておこう。彼女ともっと向き合えるように。
「さて、そろそろ戻りましょうか。最初の仕事のことをみんなに説明しなくちゃね」
そう言って紺野さんは私の頭をぽんと叩いた。教育係のときからそうだけど、紺野さんは私の頭を叩いたり、なでたりすぐしてくる。まったく、私は犬猫じゃなくて、かっこいいできる女になりたいんですけど。そんな私の気持ちは露知らず、彼女は「早く行くわよ」と私を急かした。
「さて、皆いるね? 今からこのジョシ課の初めての大きな仕事の説明をするわ」
紺野さんが私に目配せをする。私はコクリと頷いて、資料を皆に配った。そこには「スポーツの苦手な女性でも取り組みたくなる商品開発」と書かれており、その下にはコラボとして超有名なゲーム会社の名前が書かれていた。
「もしかしてこのゲーム会社さんと共同開発……!?」
「そうよ」
「うっっっそまじ!? やばいやばいこれはやばい。ヤバォ……!!!」
「なに若草、この会社のファン?」
「ファンっていうかもうバイブルっていうか!! 嬉しい、これは若ちゃん頑張っちまいますぞ、ね、万智!!」
「私も頑張っちゃう!!!」
若草さんと紫倉さんは二人で手を取り合って目をキラキラさせている。私も、人並みにはゲームをするが、確かにこの会社のゲームは幼い頃からよくやっていた。いま私のスマホに入っているゲームアプリもその会社のものが入っている。
「ジョシ課初の仕事でこれはかなり、重いわよ。正直上は私達のことをなめてる。失敗するだろ、くらいの勢いで言われたわ」
「は? 何それ、めちゃくちゃムカつくんですけど」
みんなの目付きが、キュッと鋭くなる。自然と身体に力が入った。
「やるわよ」
たったそれだけの言葉で信じられないほどにやる気が湧き上がってくるのだった。
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