第8話 同衾
朝の日差しが俺の顔に当たり、目を覚ます。
部屋中が妹のほのかな甘い香りに包まれて、俺は久々に穏やかな気持ちで眠る事ができた。
その匂いは俺のすぐそばに感じられ、引き寄せられるようにその方向に寝返りを打つ。その方向には何かふやんと柔らかなものがあり、優華の匂いを放つそれを俺はいつの間にか抱きしめていた。
「ん……」
俺に抱きしめられた何かが小さな声を出したかと思うと、それはゆっくりと体勢を変えて俺の胸元に収まってくる。
朝の微睡の中、俺は妹の匂いを放つそれを包み込んだまま、再び眠りにつく。
しばらく穏やかな気持ちで横になっていたが、ふと我にかえる。
それもそのはず、うちには抱き枕なんてものはなかったのだ。
腕の中に包まれた感覚に冷や汗を覚えながら恐る恐る目を開けると、そこにはなんという事でしょう……優華が気持ちよさそうにスースーと寝息をたてているではありませんか!!
「ふぁっ!!」
俺のうでの中で眠る妹を見て間抜けな声をあげそうになった。が、まだ幼さの残る穏やかな表情で眠る妹の顔を見て、俺は声を上げるのを躊躇う。
今、優華が起きてしまえば何を言われる事か……それを想像しただけで恐ろしくなる。
恐怖に震えながら、俺は妹を起こさないようにゆっくりと彼女の頭から身体を離す。
「う……ん」
腕を動かした瞬間、優華は小さな声をあげた。
その声に俺はドキッとし、動かしていた腕を止めて妹の顔を覗きこむ。
腕の中で収まっていた彼女は再び小さな寝息を立てはじめたのを見て、俺はほっと一息つく。
冷静に考えると何も俺が恐る理由はないのだ。
俺が布団に潜り込んだわけではなく、優華が俺の布団に潜り込んできただけなのだ。
そう思うと逆に腹が立ってきて、布団をひっぺがしてやろうかと思い布団に手を伸ばす。
だが、それはできなかった。
「おにぃ……。」
俺が布団に手をかけた瞬間、優華は俺を呼ぶ。
その声に再度驚いた俺は再び優華の方を向くが、妹は眠っていた。
ただ、兄を呼ぶ妹のあどけない顔が目の前にある。
募ってくる愛しさ俺の手を彼女の顔に手を運ばせる。
ゆっくりと、彼女の左頬に手を当てる。絹のような白い肌を優しく撫でる。
……少し痩せたな。
頬を撫でながら、見て見ぬふりをしていた妹の体の変化に気づく。勿論、いやらしい意味ではない。
実家を出た時に比べて身長は少し伸びたように思うが、それでもやつれたような気がする。
彼女が痩せる原因など思いつきもしないから少し心配にはなったが、日に日に女性らしい体付きになる妹を見て俺は唇を噛んだ。
愛おしさと共にぐちゃぐちゃにしてしまいたいと言う感情に終着点がなく、抱きしめたら壊れてしまいそうな身体を力づくで奪いたいと思う自分の醜い感情が嫌になった。
だが、醜い感情は身体を動かしてしまう。
ゆっくりと頬から髪へ手を伸ばし、ゆっくりと優華を撫でる。
彼女の頭を撫でながら、とうに振り切ろうとしている理性を必死で抑える。
……このまま起きなければいいのに。そうすれば。
邪な感情がピークに達した……その時。
ぱちっと、優華が目を覚ます。
微睡の中、眠そうな目をゆっくりと開いてあたりの様子を伺っているようだ。
だが、彼女はここがどこかわかっていないだろう。
その証拠に、妹が起きた瞬間に離した俺の手を見ても彼女は何も言わなかったのだ。
ただ彼女が目を完璧に覚ますまでの間、俺の背筋には冷や汗が流れてとまらなかった。
「……ここ、どこ?」
……ほら、やっぱり現状が把握できていないではないか。
寝ぼけた声が優華からこぼれ落ち、それを聞いた俺は必死で一人相撲をしていた自分に呆れる。
ただ、このままでは非常に気まずいので、俺は未だに寝ぼけている妹に「お、おはよう……」声をかける。
すると、優華は声の出どころを探すように俺の顔を見ると、とろんとした笑顔で「……おはよう、凪くん」と返事をする。
未だに目が覚めていない妹に驚きつつ、俺は耳を疑った。妹が俺の名前を呼んだのだ。
とうの昔に妹から呼ばれなくなった名前が、俺の脳裏に響き渡る。それを聞いて俺は妹を抱きしめたくなってしまう。
だが、それはできなかった。
微睡の中とはいえ、彼女は起きているのだ。
意識がはっきりとしたらきっと突き飛ばされるに違いない。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えて戸惑う俺を尻目に、優華は俺の首に手を回し……抱きしめてきた。
「ふぁっ!!」
突如抱きしめられた俺は、ただただ混乱し身体を固まらせる。
「ふふ、凪くん……あったか〜い。」
硬直した俺を構うことなく、妹はますます身体を寄せてきては俺の胸に頬擦りをする。
小さいが、柔らかな物体が当たり理性がはち切れそうになるのを必死に堪えつつ、俺は妹の身体を強く抱きしめてしまった。
……愛おしい、離したくない、壊したい。
さまざまな感情が入り乱れ、ついつい力が入りすぎた俺に対して、優華は苦しそうに俺の腕でもがく。
「凪くん、痛いよぅ……。」
今まで聞いたことのない甘えた声が優華から漏れる。その声を聞いた俺も、「ごめん!!」と言って慌てて彼女を抱きしめる腕を解き、優華の顔を見る。
すると、彼女はふぅ……と、吐息を立ててこちらを見てきた。
「「…………」」
2人が向き合った事で重なる視線が狭い室内に沈黙を呼び込む。
その沈黙の最中、優華が口をぱくぱくさせる。
そして驚きの表情に変わり、次第に紅潮していくのが分かる。
その七変化する様をしばらく黙ってながめていると彼女は急に黙り込み、そして目つきを釣り上げる。
その表情を見た俺は急に不安になり、「どした?」と声を掛けると、彼女はドンっと俺の胸を押す。
「な、な、な、何妹のベッドに潜り込んでるのよ!!この変態、すけべ、シスコン!!」
「な、何言ってんだ?潜り込んできたのは優華の方だろ?人を変態呼ばわりしやがって!!」
小さい手で俺を叩きながら、彼女は俺を罵り始める。その理不尽な罵声を俺は全力で否定する。
……あ、シスコンなのは否定はしないが。
真っ赤な顔をしてベッドで暴れ回る妹を落ち着かせるように、宥めてはみるがうまく行かない。
すると彼女が俺の身体を蹴り飛ばした。
痛みはさほどなかったが、その反動で妹はベッドから落ちそうになる。
「あ、あぶない!!」
宙に浮きかけた優華の手を俺は掴むと、落ちないように引き寄せ、抱きしめる。
落ちそうになった事で冷静を取り戻した妹は、俺の胸の中で大人しくなり、荒れた呼吸を整えている。
「あぶないだろ……。周りをよく見ろ、バカ!!」
「へっ……?」
俺の言葉に我に帰った妹が、室内を見回す。
「……ここ、わたしの部屋じゃない」
「俺の家だよ!!お前が昨日押しかけてきたんだろ!!しかも人の布団にまで入ってきて!!」
ずっとボケたことを抜かす妹に、いまに至るまでの経緯を伝えると、優華はしょぼんとした表情で、「ごめん」と呟く。
もちろん、俺に非がないわけではない……。
すぐに優華を起こさなかった自分も悪いし、今……妹が起きていなかったら何をしでかしていたかわかったものではなかったのも事実だった……。
俺はお前に嘘をつき、そして君に気づかないフリをする 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺はお前に嘘をつき、そして君に気づかないフリをするの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます