第2話 気づかない
一人暮らしを始めて数ヶ月が経った。
初日こそ泣いてしまったが、翌日からは泣かなくなった。
覚悟がついた……と言えば格好もつくのだろうが、所詮は初めての一人暮らし。
大学の手続きやバイト探し、料理に洗濯といった家事まで全てこなさなければならず、慣れるまでは苦労した。
高校の頃も学校やバイトに明け暮れてはいたが、両親の庇護がある中でのことだったので、忙しいなりに楽しかった。
だが、今はそれはない。
忙しい毎日の中で、両親のありがたみを知るとともに部屋に帰っても誰の声も聞こえない空間に一人でいることに少しずつ寂しさを覚えるようになってしまった。
声が聞きたい相手がいる。
だけど、それでは実家を出た意味がなくなる。
必死に自分に湧き上がる郷愁に蓋をしながら、また日々の生活をこなす。
そんなある日のこと、俺が働いているバイト先である出来事が起きた。
俺は大学近くのスーパーでレジ打ちのバイトをしているのだが、この日も何事もなく来店されたお客様と話しながら業務をこなしていた。
すると二人の女性がわちゃわちゃ騒ぎながら、なにかを話あっている。
その姿をレジ打ちをしながら、何故か気になってしまった。
……何を騒いでいるのだろう。
レジ打ちを行いながら、視界の片隅でその二人を捉えていた。
気になるので声を掛けに行きたいのだけど、後ろにもお客さんが並んでいるのでレジを離れるわけにもいかず、二人が立ち去るの待つ。
しばらくするとその二人組はいつの間にかいなくなり、ようやく俺もレジ打ちに集中できるようになった。
だがそう思ったのも束の間、彼女たちは俺のレジに並ぶ。
なんか良くない雰囲気を感じながらも俺は淡々と仕事をこなしていくと、彼女たちの順番が訪れる。
俺は冷静を装い、先程までと同様に淡々とレジ打ちをこなす。
彼女たちがレジに持ってきたものはジュースと、ちょっとしたおやつ類だったのだが、彼女たちは何故かソワソワしていた。
「お会計、580円になります」
俺は品物をスキャナーに通して、合計金額を彼女たちに伝える。
俺の言葉を聞いた彼女たちの一人が、「ほら、早く……。」ともう一人の女の子に声を掛ける。友人に声にその女の子は「え、ちょっと待って……。」と言いながら、ポケットの中を探っている。
お金を払うだけでそこまで慌てることもないのに、一体どうしたんだろうか?
彼女たちの行動を見て俺は首を捻る。
丁度レジの列にはお客さんはいなかったので、彼女たちがお金を払ってくれるのを待つ。
すると、友人に急かされていた方の女の子が自分のカバンから何か一枚の紙を差し出してくる。差し出されたその紙は手紙のようだった。
「あの、これ……。」
消え入りそうな声で、彼女は俺がその紙を受け取るのを今か今かと待っていた。
その手は小刻みに震えていたのだが、その震える手に俺は気が付かないまま、その手紙を受け取る。
そしてその手紙の表紙を簡単に眺めて、俺は笑顔で彼女の姿を見る。
「確かに受け取りました。で、誰にお渡しをすればいいですか?」
「「えっ?」」
俺の言葉に彼女たちは驚いた声をあげる。
そして、手紙を手渡してきた方の女の子は震える手で俺の方を指さす。
「え、えっと……、あなたに……。」
「僕にですか?」
そう、俺はこの時予想もしていなかったのだ。
その手紙が俺宛のラブレターであり、彼女は勇気を出して手渡してきたことを。
だが、言い訳をさせて欲しい。
仕事中の店員にラブレターを手渡してくる人間がこの世のどこにいるのか!!
手紙を渡されたのも他の店員に用事があって、その店員がいなかったから俺に代役を頼まれたと思うじゃないか!!
それに俺が19年という人生の中でラブレターをもらった経験がないというのが一番の問題だったと思う。だから、その手紙がラブレターだとは誰も思わないだろう。
だがしかし、受け取ってしまった以上は返すわけにもいかない。
そろそろ数少ないレジにも人が並び始めてきた。
「わかりました。あとで拝読させてもらいますね」
と、営業スマイルで答えると、彼女はほっとした様子でお金を支払いレジを後にする。
そして、友人と一緒にきゃっきゃ言いながら店外へと出て行った。
しばらくその後ろ姿を眺めていたが、別のお客さんがレジへとやってきた。
「いらっしゃいませー」
俺は二人から視線を外すと、次にやってきたお客さんの対応を始め、いつものように業務を淡々とこなしていき、二人の存在も忘れかけていた。
そしてバイトが終わり、制服を着替えているとポケットに手紙が入っていることを思い出したので、帰る道中でその手紙を開ける。
そこには俺が以前から気になっていたことと、連絡先とが記されており、よかったら連絡をしてほしいと言った記述が目にとまる。
その内容を見た俺は初めてラブレターをもらったことに驚きながらも、心の底で喜ぶ。
なんせ、人生=彼女いない歴の俺がまさかラブなレターをもらうなんて夢にも思わないじゃないか!!
その手紙に書かれた連絡先に連絡を入れようかと思い、喜び半分でスマホを取り出してロック画面を解除する。
だが、その画面を見た途端、俺はスマホをスリープさせてポケットの中にスマホをしまう。その画面には以前、優華と撮った写真が映し出されていたのだ。
……あいつ、今何をしているかな?
離れたはずの妹の写真を見て、今はそばにいない妹を思い浮かべる。
別に今すぐ会いたい訳でもないし、実家に連絡をして優華の声が聞きたい訳ではない。だが、今まであったものがそばにいないという事実になぜか不安を覚えてしまったのだ。
俺はその不安に、手に持っていたラブレターを握りしめてしまう。
「ああ!!」
ぐちゃぐちゃになったその紙を見て、俺は慌ててに初めてもらったラブレターについた皺を伸ばす。
丁寧にその皺を伸ばしながら、俺は昼間に見た二人組の姿を思い出す。
だが、仕事中の出来事であったため、どんな顔だったのかをいまいち思い出せない。
いくつの人で、どんなことをしている人で、なぜ俺が気になったのか……。
それをわからない状態で連絡を入れるのは勇気がいる。
そんなこと連絡をとって知ればいいはずなのに、この時の俺はどうせ悪戯だろうと思ってしまい、再びその手紙を握りしめる。
そして帰る道中にあるゴミ箱にその手紙を投げ捨てて、自宅へと帰っていった。
その後、彼女らしい人物を店で見かけることはなく、月日が流れていった。
その一年後にその子が後輩として大学に入学してくるまでは……。
俺は君に気づかない……。
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