俺はお前に嘘をつき、そして君に気づかないフリをする
黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)
第1話 嘘つき
俺は嘘つきだ。
産まれてこれまで、数多くの嘘をついてきた。
勉強をやると言ってゲームをしたり、友達と遊びに行くと言いながら一人で図書館で本を読んでいたとか、そんなレベルの嘘ではない。
俺の家族はみんな他人だと言うことを知りながら、子供ながらに家族のフリをしてきたのだ。
それはもう幸せで、自分が生きていてよかったと思えるほど、幸福な時間を過ごしてきた。
ある事に気がつくまでは……。
だから俺は嘘をつく。
この気持ちが無くなるまでは……。
※
「頑張ってらっしゃい、あなたならきっと大丈夫だから、身体に気をつけて……。」
「何があったらすぐに連絡しろ。金はないが、できる限りのことはしてやるから」
それは俺がとある街の大学に合格し、この家から出て行く日の両親との会話だった。最初は最寄りの駅まで送ってくれると言う話だったが、胸に秘めた思いから断った。
本当は家族と離れたくないのだ。
両親は2人とも明るそうな声で俺を応援してくれてはいるが、目の奥は少し悲しげで、俺の巣立ちを惜しんでいる……、そんな表情だ。
たかが他人のために、我が子が独り立ちをするとき以上に惜しんでくれている事を嬉しく思いながらも、俺は気持ちを奮い立たせる。
「ああ。じゃあ、行ってきます」
後ろ髪を引かれる思いで後ろを振り返り、俺は玄関のドアを開ける。大好きな両親と離れるのは辛かったが、いつまでもここにいたらダメだ。
とある思いを隠しながら、俺は1人への一歩を踏み出そうとしている。今なら彼女はいないのだ。
隠した思いと、彼女への未練を振り切るように俺は
足早に家の敷地から出て行く。
今ならまだ戻れるのだろうか……。
いや、戻れるはずがない。
両親の反対を押し切って、俺は地方の大学へと進学する事を選んだ。その為に、俺は必死に勉強をしたし、バイトもした。
両親も安くはない学費と、一人暮らしの費用を捻出する為に必死で働いてくれたのだ。
その努力と苦労を無意味にしてはダメなんだ。
間違いを犯す前に、俺は一人暮らしをする事を望んだのだ。
しばらく歩くと家はどんどん離れていく。
あとは駅へと向かう道を曲がると、実家は完全に見えなくなる。その前に俺は一度立ち止まり、後ろを振り返る。
実家の前では両親が俺の後ろ姿を未だに見ている。
……ここで止まったら前に進めなくなる!!
俺はその姿を見て、すでに溢れ出そうになる涙を必死に堪えて、すぐに後ろを振り返ると足早に路地を抜ける。
どん!!
俺が路地を曲がったとたん、何かが胸元にぶつかる。俺より小さくて軽い衝撃を胸部に感じ、慌て俺はぶつかった相手に手を伸ばす。
相手は俺が支えた事で転倒はまのがれ、小さな身体が俺の胸部にスッと収まった。
柔らかな感触が手に伝わってくる。
おそらく相手は女の子だろう。
「あ、すいません!!急いでいたもので……。」
俺は慌てて相手に触れている手を離して、謝罪をする。
すると、相手も小さな透き通った声で「いえ、私もぼーっとしてたんで……。」と言い、ぶつかった事で乱れた髪を手櫛で直しながら顔をあげる。
その顔を見ると白く、ニキビすら見つからないほど綺麗な肌と少し赤みがかった長髪、二重でぱっちりとした大きな瞳をした少女が瞳に飛び込んできた。
「「あっ……」」
その顔を見た瞬間、俺の心臓は跳ね上がる。
だが、それとは裏腹に相手も先程の透き通った声とは違い、嫌悪感のこもった声を発する。
それはそうだ。
相手にとって、ぶつかった相手は猫を被る必要性が微塵もない相手……。そう、実の兄だったのだ。
しかも妹はただ今絶賛思春期真っ最中で、一番相手にしたくない存在だろう。
普段から実家にいても、怒気の籠った声で「おにぃ、邪魔だからあっち行ってくれない?」などと邪険にしてくる妹だった。
妹は背は低いが華奢で、俺と違って鼻筋の通った可愛らしい顔立ちと守ってあげたくなるようなその慎ましい性格で同じ学校に通っていた頃は誰もが魅了される高嶺の華であった。
だが、兄の前では別だ。猫を被る必要がないのだ。
庇護欲をそそる慎ましい性格はどちらかと言うと、
人見知りというところが大きいのだ。
だから身内の前ではそんなものは全く持ち合わせていないのだ。だからこそ、安心して素をだせるのだ。
両親に対してはさほどひどい反抗態度は見られない。何故か俺に対しては当たりが強い。
それこそ目を合わそうものならすぐにへそを曲げてそっぽを向いてしまうのだ。
だが、俺は違った……。
「あ、おにぃ。今から行くの?」
「ああ……」
「あっそ。じゃあ、早く行ってよね!!」
……ズキン。
妹の言葉を聞いて、俺の胸が痛む。
だが、それを顔には出さない。それが兄としての最後の意地だった。
「……お前は何やってんだ?今は学校の時間じゃないのか?サボってると母さんが泣くぞ?」
「……うっさいわね。今日は気分が悪いから早退してきただけじゃん!!私はおにぃみたいに真面目が服着ているような人じゃないの!!早く行ってくんない?キモいから!!」
そう言うと、妹は俺の横を通り過ぎて、俺の来た道を歩いて行く。
……ズキン。
その言葉を聞いて再び俺の胸中に痛みが走る。
ひた隠しにしていた感情が無意識のうちに一雫の粒となって落ちて行く。
……これでいい。
胸中で渦巻いていた感情にひたすら蓋をして、俺は前へと歩き始める。もう、後ろは振り向かない。
妹が歩いてきた道を歩き、駅へと向かって行く。
この先には俺が求めてやまなかった一人暮らしがまっているのだ。
これであの家族も本来の姿に戻るのだ。
……俺のいない本来の家庭に。
駅に到着し、俺は切符を手に取り新幹線の発着する駅へと向かう。
その車内で、俺はひっそりと泣いた。
これで俺は大好きな家族に嘘をつかなくて済む……。
俺が家族……いや、義理の妹である優華に隠している思いがある。それは優華を好きになってしまったと言う事だった。
この気持ちは絶対に隠さなければならない。
大好きな義理の家族の為に……好きになってしまった義理の妹の為に、この気持ちに嘘をついてでも隠さなければならない。
俺はお前に嘘を付く……。
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