第4話 お粥

俺は実家に住んでいた頃の夢を見ていた。

実家で俺が熱を出した時の夢だ。


熱を出して俺が自分の部屋に横になっていると、台所の方から何かを煮る匂いが鼻腔をくすぐった。その芳しいに俺は目を覚ますと、優華が俺の部屋におかゆを持ってきてくれているのだ。


そんな懐かしい夢を見るほどに俺は実家に帰りたいと思っていたのかと、熱にうなされながら思っていた。


切ない思いに目が覚める。

ここには優華はいない……。


「優華……。」

いないことは重々承知しているはずなのに、俺は空虚に妹の名前を口にする。ただ、虚しいだけだとわかっていても……。


「何よ?おにぃ、気持ち悪い!!」

不機嫌そうな声が俺の耳に届く。


その声を聞いて、俺は顔をあげる。

そこには何故か優華がいた。あれだけ恋焦がれていた優華が目の前にいるのだ。


嬉しいと思う反面、現実ではないのではないかと思い目を擦り、再び目を開く。


だが、そこには間違いなく優華が居たのだ。

その事が熱にうなされた頭で理解ができるようになると、涙が出てくる。


しばらく会うことはないだろうと決めていた妹が今この場に居る。


そう、ようやく彼女に会えたのだ……。


その喜びを一心で感じていると妹はちょっと引き攣った顔で、「うわぁ〜、妹を見て泣くとかまじ引くわ〜」と零す。


その冷たい視線に俺は恥ずかしくなって目を目に溜まった涙を拭う。

再会を喜んでいる訳にはいかないのだ。


それは、何故彼女がここにいるのか……だ。

まさか学校のある12月の半ばに妹がここにいる事が間違いなのだ。


「なぁ、優華……?なんでここにいるんだ?」


「え、なんでって……、それは……。」

俺が彼女に何故居るのかを尋ねると、彼女は先程の勢いはどこへやら、歯切れ悪く目を逸らす。


「それは?」

俺は歯切れの悪い彼女の意図を知る為に再度問いかける。すると優華は顔を真っ赤にしながら、「しつこい!!」と言ってそっぽを向く。


……いや、理由を尋ねただけなのに、しつこいと言われても。


優華がここに来てくれた事はありがたいが、来た理由ぐらい教えてくれてもいいのではないかと思いながら、拗ねてそっぽを向く妹を見つめる。


すると、妹は「あっ……」と何かに気がついたようでいそいそと立ち上がる。その際、彼女は何かを小声で呟く。


「もう……そろそろだと思って……。」


「え?なんだって?」


優華の言った言葉の意味が分からずに聞き返すと、彼女は不機嫌そうにこちらを睨んで、「うるさい。黙って寝てなさい!!」と言って玄関の方に向かって歩いていくので、結局彼女が来た理由が分からなかった。


だが、後ろを振り向くときの彼女の顔が何故か赤みがかっていた事に俺は気づいてしまったのだ。


だが、それ以上の質問を彼女にする事はやめて、再度俺は布団に潜り込む。


……今は妹がいてくれる、それだけでいいのだ。


優華が1Kしかない俺の部屋から廊下の方に出て行ったと思うと、彼女は何故か「あぁ〜、もう!!」と叫び始める。


俺が何をしているのか気になり身体を起こすと、何かを煮る匂いが狭い部屋に充満している事がわかった。


久しぶりの温かい料理を煮る匂いに、俺の腹の虫がグゥ〜と鳴る。食が細くなっていた俺が久しぶりに食欲を取り戻したのだ。


しばらくその匂いを満喫していると、妹は不満そうな顔で俺の部屋のへと戻ってくる。手にはこの部屋で見た事のないお盆と、お椀に入ったお粥のような物が載っている。


「どうした?怖い顔して……」

不機嫌そうな顔でこちらに歩いてくる優華に俺は恐る恐る、何があったかを尋ねてみると、妹は手に持っていたお盆とをテーブルの上に置く。


「どうしたもこうしたもないわよ!!IHヒーターってどうしてこうも使いにくいの?冷蔵庫だって小さいし……」と、狭いキッチンに対してぶつぶつ文句を言っている。


妹の言っている事は分からなくもない。

俺も一人暮らしを始めた当初は自炊を頑張ろうと思っていたが、IHヒーターの使いにくさに負けてしまい、今ではこのざまだ。


だが、一人暮らしの男の家にガスコンロはおろか、大きな冷蔵庫なんて必要ない。


「決めた、パパに頼んで広い部屋に住もう!!」

妹の怒りに苦笑いを浮かべていると、優華は一人、何かを決意し始める。


「ん?何を決めたって?」

手をぐーにして鼻息荒く何かを決意している妹に何かよくない事を感じた俺は、一応何事かを尋ねてみる。


すると優華は、「なんでもない、なんでもないよ。ささ、冷めないうちにお粥食べちゃって!!」と、何か誤魔化すように食事を勧めてくる。


その不審な態度を不気味に思いつつ、俺は妹が差し出して来たお粥を頂く。


お椀には少し焦げ目が見えるが、美味しそうなお粥だった。いや、優華が作ってくれたものだ美味しいに決まっている。


俺は治らない腹の虫を黙らせるが如く、お粥をひと匙掬って口の中に放り込む。

少し焦げた風味は感じるものの、実家の……、いや妹が作ったお粥の味がする。


俺がいつも熱を出していた時に妹が作ってくれていた味が……口いっぱいに広がると、再び涙が溢れそうになる。


だが、情けない涙は見せられたものではないので、ただ黙々とお粥を頬張る。その様子を優華は心配そうに見ていた。


「ねぇ……、美味しい?」

妹の不安げな声が耳に届く。


「ん、ああ、いつもの優華味だ……。美味しいに決まってる……」

そう言うと、妹はそっと一息ついて顎に手を乗せて俺がお粥を食べ終わるのを待っていた。


甘くもなく、苦くもない、少ししょっぱいだけの味気のない料理が……今の俺にとって一番のご馳走だった。


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