第6話「トラックドライバーとラジオ」

 繁忙期の引っ越し作業は、朝六時集合で夜十時とか十一時まで仕事ということがざらだった。ヤバいことに社員は、十一時に我々派遣が帰った後もまだ、次の現場に向っていた。


 よく派遣されていた、引っ越しも請け負う運送屋に、「津川さん」という五十代のドライバーが居た。この業界の人としては珍しく、柔らかい喋り方の人だった。親しげに話しかけてくれることと、自分と名字が一文字違いなところに私は親近感を持っていた。


 ある日、津川さんの運転するトラックの助手席に乗せてもらいながら、現場を何件か移動した。今後の人生設計をどうするつもりか津川さんに聞かれて、私は、「風来坊になりたい」ということを、言葉を選びながら、出来るだけバカっぽく聞こえないように説明した。津川さんは、

「もう二十六じゃろ。あてもなくよそへ出てなんかやるには、ちいと遅いんじゃないか」といいながらも、彼が昔大阪に住んでいた時のことを話してくれた。話は思いもよらず、重い身の上話に転がって、津川さんが別れた女房と、二十年近く会っていない娘のことを語ってくれたので、私はお返しとして、数えるほどしか会ったことの無い父親と、好きな女のことを話した。津川さんは、

「娘に会いたいが、こっちからノコノコ行って合わせる顔がない。もし向こうも会いたいと思ってるなら、わがままだけど会いに来て欲しい。――でも会いたいなんて思ってないだろうな。恨んでて当たり前だから。でも会いてぇなあ」というようなことを言った。

 そして私に、

「会いに行ってやるべきだよ、親父さんに。絶対会いたいと思ってるはずだから。どんだけ会いたいと思っても、自分からは会いに行けないんだよ。なんもしてやってない親父っていうのは」アドバイスとも説教とも言えない喋り方で、そんなことを言ってくれた。

 上手い具合に、しんみりとした空気になる前に次の現場が見えてきた。


 その日、午前中の現場を終え、午後からの現場へ向う途中、「コンビニの弁当よりはマシだから」と津川さんは少し回り道して、トラックやタクシーの運転手御用達の弁当屋に行ってくれた。弁当を食いながら、「今まで見た景色の中で一番綺麗なのはどこだったか」とか、そんなようなことを話していたが、付けっぱなしにしていたラジオから、「旦那が家のことをまったくやってくれません」というお悩み相談が流れてきた。なんとなく二人とも黙ってそれを聞いた。ラジオのパーソナリティーは意外にも旦那の味方で、

「男は仕事に取られている」と擁護した。

「昔は男は戦争に取られていた。今は戦争はない。その代わりに男は仕事に仕事に取られている」とパーソナリティーは、専業主婦の相談者をたしなめた。

「体を壊して入院したときに、嫁に別れ話を切り出された。でも、それまでの素行を考えると自分が悪い」午前中に津川さんがそんな話をしたときにも訪れなかった、しんみりとした無言が、「男は仕事に取られてる」というパーソナリティーの言葉で訪れた。


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