第3話 高速バス
仕事柄、稼ぎに浮き沈みはあるが、出費は常に多かった龍の懐事情に合わせて、送ってくるのが飛行機代かバス代か、その時によって違った。バスで東京を離れるときはいつも、
「もし、この街にもっと長いこと滞在したらどうなるのかな」と思いながら車窓を眺めた。
東京、愛媛間をバスで移動するのはつらい。肉体的なことだけではない。私は酔うので、バスでも電車でも本を読めない。精神的に、何時間もただ座って、目を閉じていると色んなことを考える。世の中深くものを考えたり、人生や自分と向き合ってもいいことは無い。
それでよく、東京―大阪。大阪―愛媛、と高速バスを乗り継ぐ技を使った。それなら、バスで上手い具合に眠りに落ちることが出来れば、目が覚める頃には目的地に着いている。
東京―愛媛を一発で移動すると、あの最低のシートで六時間眠ることに成功しても、残り六時間は自分と向き合わなければいけない。
大阪でバスを乗り継ぐ行程で帰るときは、都合があえば岡田さんと会った。彼女は龍とは真逆で、人と接するときに屈託がなかった。私は岡田さんのことが好きだった。彼女は美人で明るくて、頭が良かった。格好良く生きていて、私の好意は恋愛ではなく憧れだった。
龍と私が友達なのは分かる。性格は違うが、なにか共鳴する部分があった。岡田さんが私のことを気にかけてくれるのは、なぜだか分からなかった。あえて探すとすれば、教員をやっていた彼女からすれば、私はほっとけない劣等生に見えていたんじゃないかと思う。
「太郎ちゃんも大阪出てくればいいのに」
あるとき岡田さんがそう言ってくれた。愛媛でくすぶっているより、大阪に出てきた方が、なにか、ひとかどのことが出来るんじゃないかというような話の流れだった。彼女にそういってもらえるのは光栄なことだと思った。少し買いかぶりすぎだとくすぐったくも感じた。そして同時に、東京のこと、龍のことを思い出した。
大阪という街に長く滞在したら、どんなことになるんだろうと思ったことはない。岡田さんの近くに居たら、立派に見えるように頑張る自分を想像出来た。――東京で龍の近くに居たら、自分はどうなるのか。想像出来なかった。
どうせ出るなら東京だな。私はどうしようもないひねくれた思考回路で、そんなことを考えた。
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