第2話 寂しい男

 東京で暮らす必要があった訳ではない。あえて理由を探すと、地方で暮らすフリーターという、つまらない役どころに飽きていた。そこで自分の役を変えようとしたのだ。本当はF1レーサーになりたかったが絶対に無理なので、努力も才能も必要無く、それでいて面白そうな役を探した結果、『風来坊』になろうと思った。


 シケた地方都市で育った人間のなかで、少しやる気のあるヤツは、ある程度の年齢になると東京か大阪へ出て行くことを考える。私が育った愛媛県もその例に漏れず、何年か前から周りの友人達がポツポツと都会に出て行っていた。その中で、東京に出て行った龍(りゅう)という男友達と、大阪に出て行った岡田(おかだ)という女友達とは、住む場所が離れたあとも、マメに連絡をとっていた。


 歌舞伎町でホストをしていて、それなりに羽振りがよかった龍は、「遊びに来い」と年に四回も五回も交通費を送って来て、私のことを東京に招待してくれた。


 短ければ一泊、長くても三泊ぐらいの滞在で、東京に行ったときは龍が当時付き合っていた女と住んでいる家に泊めてもらった。

 やることといえば、彼が愛媛に居たときと同じように一緒に酒を飲んだり、「何かないかな」と面白そうなことを探してほっつき歩くだけだった。彼がなぜ交通費を払ってまで私を東京に呼ぶのか、ひとつは彼が金の使い方を知らなかったから、もうひとつが、龍には私以外に友達が居無かったからだと思う。


 親分肌で常に周りには龍を取り巻く人間が居た。女にはこれ以上無いぐらいにモテた。それでも孤独で、愛想は良いが、人と心を詰めることが苦手な男だった。中年男が一人で飲んでいて、寂しくなった時に、「タクシー代出すから出てこいよ」と誰かを呼び出す。龍が私に、「交通費送るから東京遊びにおいでよ」というのはそれに似ていた。

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