第21話 下手なバンドとギタリスト

 コインロッカーに荷物を取りに行った後は、「先に金を払えというヤツのことは信用するな」という龍の言葉を真摯に受止め、ティッシュを配りに行く代わりに、夕方まで、ゲストハウスでゴロゴロすることにした。


 ベッドのサイズは大きくてよかったが、マットレスだけで布団も枕も無かったので、どうなっているのか後で中谷さんを見かけたら聞こうと思った。とりあえずボストンバッグを枕にして寝た。

 

 晩は新宿で龍が半年前から組んでいるバンドのライブがあった。メンバーは龍と仲が良くて、なおかつ暇なホストたちだった。月に一回か二回のペースで休日にライブをおこなっていたが、練習もそれぐらいのペースでしかしていなかったのでド下手だった。演奏力の無さを、パフォーマンスでカバーしようとして、客席に斧を投げたり、ステージでションベンをしたりしたせいで、アマチュアバンドが出演するには手頃なライブハウスをいくつか干されていた。それで、この日の会場はバンドのレベルに比べると必要よりも立派だった。


 龍と他のメンバーの熱量の違いが主な原因で、この日が解散ライブだった。龍ひとり感傷的になっているのが私には分かった。他のメンバーには消化試合特有の気軽さがあった。

 四組か五組出るようなイベントで、龍たちの出番は二番目だった。ホストクラブの客たちが見に来ていたのと、他のバンドも集客力があったので、それなりに人は入っていた。龍のバンドに売りがあるとすれば、見てくれと、過激なパフォーマンスだったが、この日はスローナンバー中心に、割と大人しく演奏を終えた。


 トリに、『戎屋 聖一郎』というミュージシャンが出てきた。横に寝かしたエレアコのギターを膝の上に乗せて、フレットを押さえるのではなく、指で叩いて演奏を始めた。両手の指を全部使って、弦を叩き、弾(はじ)き、パーカッションのようにボディーを打って、いくつもの音を同時に鳴らした。この世のものとは思えない技だった。私はあっけにとられて見ていたが、激情型だった龍のバンドのギタリストは、

「すげー、すげーよ。太郎にだって分かるだろ!? この凄さが!」と興奮していた。


 一曲エレアコの独奏を披露した戎屋聖一郎は、あとはベースとドラムを加えて、三ピースバンドの編成でエレキギターを弾きながら、オリジナル曲を歌った。ロックボーカリストとしては丁度よい程度の歌のうまさと、王道から外れないギタープレイに、全然似ていないのになぜか、エリック・クラプトンを思い出した。下手くそな知り合いのバンドを見に来たはずが、思いもかけず、こんなミュージシャンを見ることになるとは、それだけでも東京に来た価値があったなと私は思った。

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