第42話 犯罪者カップルの男

 カップルについてもうひとつ印象に残っていることがある。

 花見のシーズンに、坊主の中尾とかチヨ、ヨシノブ辺りの、イベント事が好きで、なおかつ暇してる人間が中心になって、みんなで上野公園で花見をしようということになった。

 自分で率先して何かを仕切るということはないが、誘われれば大抵なんでも参加するので私も行った。


 早朝だか深夜だかから中尾は寝袋を持って場所取りをし、一日半ぐらいぶっ通しで花見をしていたので、参加したい人は都合の良い時間に好きに来いという感じだった。みんながそれぞれ酒や食い物を持ち寄った。私はアーリータイムズのボトルとコーラを持って、同じ階に住んでいた三津谷と一緒に歩いて上野へ向った。


 三津谷は個性的な連中が多かったゲストハウスの中では地味な男だった。人に嫌われるような要素が無い男で、地味な見た目のわりに、「クラブが好きだ」と言っていた。階段の喫煙場所で一緒にタバコを吸っているときに、秋葉原のゲストハウスに住む内に、

「将来地元とかで自分もゲストハウスをやってみたい」というちょっとした夢みたいなものが出来た話をしてくれた。ゲストハウスの直ぐ隣に中央線が走っていて、話してる最中に、換気のために開けられた窓から、轟音を立てて通過していく電車が何度も見えた。




 酔っ払っている時にやったことなんて、大抵シラフの時に思い出しても、何がそんなに楽しかったのか分からない。お花見の時に私はかなり酔いがまわってきた段階で、股間を人に殴らせるという余興を始めた。みんな酔っていたので、こんなバカなことで、バカみたいに笑った。


 その内に、「音楽が欲しい」と誰かが言い出し、三津谷が、

「iPodとスピーカーを持ってきたらよかった」と悔やんだ。「取りに戻ろうかな」と片道二キロ半の距離を考えて躊躇している様子だったので、「俺が取ってきてやるよ」と、私はお調子者なので言った。

「ほんとに? いいんですか?」という三津谷や他の面子に、「大丈夫、任せろ」といい、私はプラスチックのコップに残ったコークハイを飲み干して立った。


「ベッドの枕元に置いてる」と三津谷は教えてくれていたが、ゲストハウスにたどり着くと、私は三津谷のベッドには目もくれず、私と、犯罪者カップルのベッドの間に置かれている、どうせ誰かが拾ってきたであろう椅子に腰掛けてそのまま寝た。


 体感では夜中の二時、三時に目を覚ますと、目の前にカップルの男が立っていた。男は私を見て笑っていた。悪い奴には見えなかった。むしろ、微笑みといえるその表情に好感を持った。


「こんにちは」と私は言って、そのまま自分のベッドに身を放り込んだ。

 みんなが楽しみにしていた音楽を持って帰ることは無かったが、誰からも責められることはなかった。後日ヨンには、花見での振る舞いについて、

「あなたは本当に自由な人だと思った」と言われた。


 二人でひとつのベッドに寝ていたカップルについて記憶はこれだけ。知らぬ間にカップルはゲストハウスを出ていた。

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