06話.[気になっただけ]

「志帆、起きろ」

「ん……いま何時?」

「もう7時前だ」


 随分とゆっくり寝てしまったようだった。

 朝ごはん作りを手伝うと口にしておいてこれ。

 慌てて1階へ向かったものの、


「大丈夫よ、おはよう」

「お、おはよう……ございます」


 残念ながらもう終わってしまっているという感じで。

 それはそうだ、だって涼のお母さんは家を出るのも早いし。

 それなのにお弁当やこうして朝食で作ってくれているなんて……。


「行ってくるわね」

「き、気をつけて」

「ええ、あなた達も気をつけて」


 とりあえずこちらは顔を洗わせてもらうことにした。


「櫛で梳いてやろう、じっとしていろ」

「うん、ありがとう」


 ……涼はこうして毎日してくれているけど、正直に言えば彼女の髪の方が毎朝爆発してしまっている。

 だからやると言っても聞いてくれない。

 こうして家で住むようにと誘ってくれたぐらいなのに、少しだけ壁を感じるのはいま1番寂しいところではあった。

 結局のところ彼女と遊びに行けたこともないし。


「終わったぞ」

「ありがとう」


 だからこそ名前で呼んでくれたときは凄く嬉しかった。

 華恋の言うことばかり聞くことが嫌だったから強く影響した。

 でも、それをわざわざ言うのは違う、よね?


「「いただきます」」


 涼のお母さん、俊子さんが作ってくれたご飯を食べて。

 終わったら洗い物をやろうとはできなかったけれど。

 若干の寂しさを感じつつも支度を済ませて家を出る。


「手、握っていい?」

「ああ」


 彼女の手は凄く小さい。

 だというのに握っていると凄く落ち着く。

 好きな点は彼女からも優しく握ってくれること。

 なんでここまでしてくれるんだろう。

 こうしてくれる割には教室では来てくれないし……。


「おはよ」

「あ、おはよ」

「手を繋いで登校とかあんたらカップルなの?」

「ち、違うよ、こうしていると落ち着くから……」


 自分を落ち着かせるために彼女を利用しているのは良くないか。

 ただ、こうでもしていないと一緒にいられない気がする。

 誘っても色々な理由を作って断ってしまう彼女。


「それより志帆、今日は絶対に勝つわよ」

「バスケ? 私、あんまり運動が得意じゃないけど……」

「ま、結局は楽しくやればいいわ。あ、涼はできるの?」

「私もあまり得意ではないな」


 確かに積極的にやっているところは想像できない。

 そもそもとして、誰かと積極的に一緒にいようとはしない子だから。

 一歩引いているというか、見ているだけの方を好んでいるみたいな。

 そういうのもあって体育の時間が楽しみだった。

 ……わくわくしすぎて先生に怒られてしまったけど。


「涼っ」

「は、速いぞっ」


 ちなみにこれ、まだゲームをやっているわけではありません。

 ……あまり得意じゃないどころかまともにボールを受け取ることもできないなんて可愛すぎてやばいです。


「もうっ、それじゃ本番は任せられないわっ」

「ああ、私もお前の相棒は務まらないと分かったぞ」


 試しに華恋としてみたら普通に取ることができた。

 それを彼女は複雑そうな顔――いや、無表情で見ているだけ。


「志帆はできないかと思ったが」

「い、いや、こんなにゆっくりなのに取れないとやば、あ……」

「ぐふっ……そ、そうだな、私はやばいな」


 違う……馬鹿にしたかったわけじゃないのに。

 はぁ、結局のところ私は彼女に迷惑をかけてばかりだ。

 華恋達と仲良くなれたのは自分の力でもあるけど、その前に涼が支えてくれて元気に登校できていたからなんだし……。


「華恋、志帆、そろそろやるよ」

「分かったわ」

「う、うん」


 ……当たり前のように涼が誘われないのはもやもやする。

 もやもやするのに彼女のためだと考えて誘おうとしない自分も馬鹿だ。

 だってまるで当然かのように彼女はそのままなんだ。

 見ていれば反応して手を上げたりしてくれるけど、一緒にいてくれるのに別に理由はないみたいな、クラスメイトだからとぐらいしか考えられていない気がする。


「涼っ!」


 手で弾かれたボールがそのまま見ていた彼女に当たった。

 本来であればキャッチしてってところだろうけど……。


「ご、ごめんっ、大丈夫っ?」

「ああ、問題はない」


 ボールがぶつかろうが平気そうな顔だ。

 もっと感情を見せてほしい、なんでも我慢すればいいわけじゃない。


「志帆っ」


 ボールを受け取ったらすぐにディフェンスが近づいて来た。

 特にバスケ経験者というわけではないものの、負けず嫌いなのもあってただでボールを奪われるのは嫌で内へと突入。


「佐竹さん!」

「はいっ」


 でも、やっぱり出しゃばるのは違うからパス専門として動いておく。

 色々とルールが複雑だし、内に入れば入るほど圧がすごいし、怪我をさせてしまうかもしれないから接触もあまりしたくないし。

 それよりもだ、彼女のことが気になっていた。

 怪我……していないだろうかって。


「大丈夫?」

「ああ、問題はない」


 ゲームが終わったらすぐに向かった。

 ただ、彼女はいつまでも彼女のままで、無表情のままで。


「あんた、取るのが無理なら避けなさいよ」

「反射神経が残念だと気づいたぞ」

「はぁ、そんなんじゃ心配になるわ」


 そう、心配、不安になる。

 困っていても恐らくなにも言ってくれない。

 それを引き出すのが友達の役目なのになにもできないというジレンマ。


「志帆、先程のパスは良かったぞ」

「うん、ありがとう」

「だが、華恋は要求しすぎだ、それにやかましいしな」

「要求しないとこないでしょ!」

「独りよがりになってしまってはいけないのだ」


 そっか、涼のことを考えて動こうとしてもそれが相手のためになるのかどうかは分からないということか。

 ……って、すぐこうして言い訳をしてしまうのが自分の悪い癖だ。

 恐れているばかりでもいけないのに結局動けないでいる。

 その間に華恋は彼女から上手く引き出して、上手く対応するのだろう。


「ま、私も人のことは言えないがな」

「なんでよ?」

「私は自分の気持ちだけを優先して志帆を家に連れてきたからだ」

「別にいいじゃない、志帆は実際困っていたわけなんだから」

「良くはない、それに他人の家で暮らすのもどうしたって疲れるだろう」


 私はあの狭くて、寒くて、寂しい家からずっと逃げたかった。

 友達と遊んだ後だと特にそう感じたから助かっていたというのに。

 なのに実際はそんなことを考えていたなんて……。


「連れて行ったのはあんたでしょ、今更そんなこと言うんじゃないわよ」

「ああ、すまない……」

「謝られても困るんですけど、私としては友達を助けてくれてありがたいんだしね。多分、家は無理だっただろうから」


 なにかしたい。

 俊子さんのお手伝いをするのは当然だけど、涼にだってなにか。

 私にできることってなんだろうかと真剣に考え始めたのだった。




「華恋ー、この後カラオケにでも行こうよ」

「あ、ごめん、ちょっと涼に用があるから」

「りょう……? 彼氏でもできたの?」


 同じ教室に存在しているのにあいつの扱いって……。

 水嶋だと説明したらやっと理解してくれたようだったがそれでもと誘ってきた。

 グループなんだからこっちを優先するよね? とでも言いたいような雰囲気。


「ごめん、涼とは先に約束していたから」


 本当はなにもしていない。

 あいつになにかを言ったところですらりすらりと躱されてしまう。

 が、急に行くと大抵は受け入れてくれるからその手段を選択していた。


「馬鹿だな」

「は? いきなりな物言いね」


 行ったら行ったでこんなことを言われるんだけどね。

 本当に可愛げがないというか、その割には強がっていないというか。


「普通はあちらを優先するだろう、はぶられても知らないぞ」

「そうしたらその程度の仲だったってだけでしょ、帰るわよ」


 今日はもう志帆はいない。

 理由はあの家の掃除をする日! だからだそうだ。

 涼が手伝うと言っても断っていたことから、これ以上迷惑をかけないように頑張っているというところだろうか。


「ベル、見に来る?」

「そうだな、暇だから行こう」


 ま、この時間はよく寝ているからあまり意味もないんだけど。


「ここだと寝たくなる気持ちがよく分かる」

「暖かいからね」

「そうだ、だから……志帆をあの家から連れ出したのだ」


 私は1度も志帆の家に行ったことがない。

 ただ、ひとり暮らしをしていたことだけは知っている。

 こいつにだけ教えたのはなんでだろうか。


「ねえ、あんたと志帆ってどういう関係?」

「ただの友達だ、きっかけは布団をやったことだな」


 その話、私にはしてくれてないぞ。

 分かっているのはこいつと話し始めたのは最近だということ。

 だから私とこいつはあまり変わらないということになるが……。


「ふっ、嫉妬か?」

「ち、違うわよ……ただ気になっただけ」

「そうか、それ以外は本当になにもないから安心してほしい」


 違うって言っているのにもう。

 共通の友達として気になっただけだった。

 色々と把握しておきたいと考えるのは悪くないだろう。


「起きたみたいだな」

「涼が来たからじゃない?」


 警戒しているのは最初だけでお客にもすぐに慣れるのがベルだ。

 家族としては簡単に触れさせたりするところは複雑ではある。

 それでも涼がベルといるときは柔らかい雰囲気を出すからいいか。


「華恋、明日からは同じようなことをするなよ」

「別にいいじゃない、あんたに迷惑はかけてないでしょ」

「私のことはいい、志帆や他を優先しろ」


 はぁ……頑固だから困る。

 別に同情で近づいているわけじゃないのに。

 友達だから友達として行っているだけなのに口を開けば志帆や周りを優先しろしか言わない。

 こいつの中ではまだ友達にすらなれていないと?


「あんたが何度もそんな可愛げのないことを言おうと行くから」

「それでグループの連中から私が恨まれたどうするつもりだ?」


 な……いとも言えないのが複雑だった。

 今日のあれはそんな人よりこっちを優先してよと言ってきていた。

 彼女の言うように何回も同様のことを続ければそうなるかもしれない。

 それどころか私を排除というかあのグループから抜けさせるみたいなこともあるかも、私としては志帆がいるからそうなるわけにはいかない。


「分かった、他を優先する」

「ああ、そうしてくれ」


 いまだって付き合ってやっているぐらいでしか考えてないんだろう。

 誘ってくれて嬉しいとかそんなの絶対に考えてない。

 こいつがそういう人間ではないことは一緒にいれば分かる。

 はぶられたりするのは嫌だ、それになにより志帆が心配だ。

 ……そもそもなにを言おうが自分から来ようとしない人間のことを勝手に心配して行くっておかしいでしょ。

 助けようとしているようで逆に困らせているだけ。

 

「帰る、志帆もそろそろ帰ってくるだろうからな」

「あっそ、好きにすれば」

「ふっ、ベルが見られて良かった」

「あんたに見られてもベルは複雑なだけでしょ」

「そうかもしれないな、面白みがない人間だからな。ま、どうでもいい、もう帰るから安心してくれ」


 ……涼なら勝手に上手くやるだろう。

 大体、4月からずっとほぼひとりでいたのだから問題はない。


「いや、可愛げがないのはこっちか」


 結局のところ自分可愛さで捨てたようなものだ。

 友達なんて言っているだけでなにも考えられていない。

 分からないのは志帆に対しても同じ態度を続けていることか。


「な~」

「うん」


 確かにいいことをしたはずなのに自分勝手とか言うし。

 一緒の家に住んでいるのに学校ではほとんど話さないし。

 ボールがぶつかっても無表情だし、赤くなっているのに無視するし。

 むかつく、分からなさすぎるとこうなるらしい。


「あーもうむかつく!」


 こういうタイプの人間とは初めて出会った。

 仮にコミュ障であっても大抵はグループに誘えば来るものなのに。

 それもきっぱり拒んだうえに、他を優先しろ口撃ばかり。


「ただいま」

「おかえり」

「せめてソファに転べよ」

「ベルは床が好きだから」


 父は「分かっているけどな」と言う。


「ねえ、もし他所の子を住ませたいって言ったらどうしてた?」

「それは継続的にか? それなら難しいだろうな」


 普通はこうなるよなという回答。

 そもそも志帆の両親に許可を貰っているのだろうか。

 志帆は残念ながら携帯を持っていないからしっかり話しているかどうかすらも分からない、友達なのに知らないことばかりなのが難点だ。


「困っている友達でもいるのか?」

「いたんだけど、友達が住ませてる」

「だからって華恋が薄情というわけでもないから安心しろ。寧ろ、親を説得する前に勝手に連れてきて期待を持たせることの方が問題だろ」

「そうね、父さんの言う通りだわ」


 でも、聞けば親に聞く前に志帆を連れて行ったと言う。

 どうやらあいつが珍しくわがままを言ったからとかで娘のわがままを受け入れたらしいが、親も似ているというかなんというかって感じ。

 誰かのためには動けるくせに自分のためには動いてもらわないとか善人気取りかよ……我慢すればいいというわけでもないのに。


「むかつく……」

「だったらベルに触れていればいいだろ」

「ベルはこの時間寝ちゃうから」


 どうしようもなくむかつくから外に出て頭を冷やすことにした。

 家を知っているから突撃することはできるが……。


「華恋、奇遇だね」

「え、遊びに行ってたんじゃないの?」

「もう終わった、寒いから帰ろーってなったんだよ」


 あのグループにとって引っ張る側の人間である彼女。

 ある程度決定権がある、だからこその強気な態度かもしれない。


「で、水嶋さんとはどうしたの? もしかして喧嘩しちゃった?」


 ……最後辺りは余計なことを言ってしまったから否定もしづらい。


「それよりさあ、いつの間にそっちの方を優先するようになってたの?」

「大丈夫よ、もうグループの方を優先するわ」

「へえ、それじゃあちゃんと守ってよね」

「守るわ、だから安心しなさい」


 可愛げのないことを言ってしまうぐらいならその方がマシだった。

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