09作品目

Nora

01話.[帰ることにした]

 端的に言うと最悪だった。

 約束の時間をとっくの昔に過ぎているのに人間がやって来ない。

 しかも季節的に寒いという始末、これは責任を取ってもらわなければならないな。


「や、やっほー」

「おかしいな、謝罪の言葉が聞こえてこないのだが」

「む、無茶言わないでよ、私は他県から来ているんだよ!?」

「はぁ、もういいから店に入ろう」


 そもそも家を出てまでの価値があるのかというところ。

 そのくせ、高頻度で会おう会おう会おう攻撃。

 まだ向こうに来いと言われないだけマシだと考えておこう。


「ふぃ~、暖かいっ」


 先程まで外にいたのもあって確かに店内は暖かった。

 案内されたところに座ったら凄くほっとした。


「明後日まで泊まるからねっ」

「帰らなくていいのか?」

「うんっ、だからりょうちゃんといっぱいいられる!」

「それならもっとたくさんいられるように早く来てほしかったものだが」


 それなら学校の帰りにわざわざ飲食店なんかを利用しなくても家で大人しく待っていれば良かったと後悔する。

 姉は時間にルーズなところがあるから待ち合わせをした場合には30分以上待つことになるのは当たり前に近いからだ。

 適当に注文したものを食べている間も姉の口数は減らなかった。

 お喋り大好き人間なのは結構だが相手をすると結構疲れる。

 幸い、口になにかを含んでいるときには話さないからマシだが。


「ふぅ、ごちそうさまでしたー」


 こちらはドリンクバーしか頼んでいないからこれでもう帰れる。


「帰ろっか、私と涼ちゃんの花園に」

「両親もいるがな」


 姉妹とはいえ、きちんとお金は払った。

 奢ってもらうのは嫌いだ、単純に後から請求されても困るから。


「そうだ、今日は涼ちゃんのお部屋で寝るから」

「好きにすればいい」


 姉といて少しでも疲れないようにする方法は拒まないこと。

 流石にできないことならきちんと断るが、これぐらいならなにも問題はない。

 私達は姉妹なのだから同じベッドで寝ても問題はないし、拒んだ場合の方が夜中に急に入ってきたりして軽くホラーだからというのもある。


「たっだいま~!」

「ただいま」


 今日はまだ両親が帰宅していないようだ。

 また、母のプライドによって勝手に朝昼夜ご飯を作ることは不可能のため、私にできることと言えば姉と話すか入浴をするぐらいのみ。

 家の中は外よりは暖かいものの体が冷えているため入浴を済ませてしまうことにした、溜めていないから待ってからではあるが。


「ぎゅ~」

「自分から出ておいて寂しがるな」

「しょ、しょうがないじゃん、学びたい内容を学べるところが県外にしかなかったんだから! 私だって涼ちゃんやお母さんお父さんと離れたくなんてなかったよー!」


 溜まったらさっさと済ませてしまおうと浴室に突撃した。

 適当に問題が出ない程度に洗って湯船の中に。


「突撃ー!」

「うるさい、少しは静かにしろ」

「あはは、ごめん」


 風邪を引かれても面倒くさいからさっさとつからせておく。

 こちらも風邪を引かないようにしっかり拭いてリビングに戻った。


「あ、おかえり」

「ええ、ただいま」


 姉なら風呂に入っているということを説明して部屋に移動。

 暇なのをいいことに課題をやっておくことにする。

 土日は姉の相手をしなければならなくなるから余裕はあまりないのだ。

 終わらせたらある程度のところでリビングに戻って食事。

 それを終えたら特にやることもないから姉の相手をした。


「そういえばね、大学に格好いい女の人がいるんだ~」

「へえ、それなら真似をしてみたらどうだ?」


 落ち着きのない姉も少しは落ち着いて良くなるかもしれない。

 なんでもかんでもハイテンションで近づけばいいわけではない。

 相手によっては不快に思うかもしれないし、単純にこの私がそれで来られると疲れるからというのがあった。


「涼ちゃんはどう?」

「話せる人間は教室にもいる」

「誰か特別に仲がいい子とかいないの?」


 そういう人間は昔はいた。

 これでも一応女ではあったから興味はあったのだ。

 だが、興味を示せば示すほど上手くいかないことが分かって、心が成長していくにつれて段々と興味を抱くようなことはなくなっていた――と言うよりも、興味を抱いたところで上手くいかないから考えないようにしているだけだと思うと客観的に説明しておいた。


「お母さんはお父さんが好きよ」

「そんなの当たり前だよ~、寧ろ好きじゃなかったら困るよ!」

「ふふ、そうね、あなたの言う通りだわ」


 それでも恋愛自体そのものを否定するつもりはない。

 見ている分は好きだからとりあえずは見る専門になろうと決めている。


「涼も広美ひろみみたいに明るければ良かったのだけれど」

「私はこれで満足している、それに姉が疑似であってもふたりに増えたら母さんは大変だろう」

「た、確かにそうね、涼みたいに落ち着きのある子がいてくれて良かったわ、あ、べ、別に広美が悪いと言うわけではないのよ?」


 慌てて言い訳をするあたりが怪しいぞ。

 が、対する姉は全く気にした様子もなく「みんな違ってみんないいんだよ!」なんて言ってとにかくハイテンションだった。

 確かにそうだ、みんながみんな同じなら生きている必要はなくなる。

 こうして違うからこそ色々なことが起こって面白いのだ。

 ま、だからこそ問題が起きるときというのはあるが、そんなことを気にしていたら疲れてしまうから無視しよう。


「けど、バランスが良くて気に入っているわ」

「涼ちゃんが妹で良かった!」

「私はもう少し落ち着いてくれれば広美が姉でも良かったと言える」

「分かりましたっ、ふんっ」

「無理しなくていい、あと息をちゃんと吸っておけ」


 やかましいからって嫌いになったりはしない。

 それどころか明るくいてくれないと調子が狂うくらいだった。

 矛盾しているなと内で笑って、母に挨拶をしてから部屋に戻る。


「ふぅ」


 先に入浴を済ませておくと楽でいい。

 後になればなるほど入浴というのは面倒くさくなるものだから。


「お母さんも来ちゃった、私も娘といたいのよ」

「心配しなくても明日も明後日もいるのだぞ?」

「広美を独占しようとするのはやめなさい」

「それなら親子水入らずでふたりきりでいればいい」

「あなたも娘なのだからどちらか片方を贔屓したりはしないわ」


 確かにそう、母はそういうことを一切しない。

 だから母でいてくれて良かったと毎日考えている。

 問題があるとすれば意地でもご飯を作らせてくれないこと。

 こちらの方が帰宅が早いのだからやらせてくれればいいと思う。

 だがまあ、姉が帰ってきているときぐらいは言うのをやめておいた。




「おはよう」

「今日は何故こんなに早く来たのだ?」


 珍しい、いつもだったらHR手前に来るというのに。


「ちょいちょい、私は一応教師なのでね?」

「大丈夫だ、侑夏ゆうか以外には敬語を使う」


 小さい頃から知っているからいまさら気恥ずかしいのだ。

 だからといって別に親戚だとかそういう関係ではないが。


「それと涼くん、何故にきみはそんなに古風な話し方なんだい?」

「癖だ、侑夏は昔から私がこうだと知っているだろう?」

「昔からそうだと知っているからこそ違和感が募っていくんだよー」

「気にしないでくれ、それとふたりきり以外のときには敬語を使うから安心してほしい、それぐらいの最低限の常識は私にもあるぞ」


 それにクラスメイトが来始めたらそもそも会話すらしない。

 隠そうとしていてもどうしたって雰囲気に出てしまうからだ。


「ん? そこは私の席だが」

「あ、ごめん」


 特に意地悪がしたかったというわけでもない、のか?

 女子は横の席に座るとすぐに突っ伏していた。

 もうこの季節なのに席を間違えるってどれだけ眠たかったのか。


「眠たいのか?」

「ん? あ、うん……最近寒くてすぐ目が覚めるんだよ」

「布団を2枚かけたらどうだ?」


 そうすると少なくとも防寒にはなる。

 それどころか暑くてどこかにやりたくなるぐらいにもなるぞ。


「残念だけど肩から膝ぐらいまでのしかなくて」

「それじゃあ風邪を引くだろう、古くなったのでいいのならやるぞ」

「え、そんなの悪いよ……」

「今日学校が終わったら私の家に来い、いいな?」

「わ、分かった……」


 古いと言っても綺麗に保管してあるし綺麗にしてあるから大丈夫。

 まあタンスの臭いがするかもしれないから消臭スプレーでもまいてほしいと思う。

 とにかくお節介なのは分かっているが聞いてしまったからにはスルーはできない。

 学校の方は特に問題はなかったのでさっさと彼女を家に連れて行く。


「これでいいか?」

「え、全然古くないじゃん……」

「貰ってくれ、風邪を引いてほしくない」


 少し気になったから彼女の家も確認させてもらおうとしたまでは良かったものの……。


「こ、ここか?」


 壁もぼろぼろ、窓もヒビが入っている、扉だって開けにくい。

 中に入らせてもらったがどこからか隙間風が入ってくるぐらい。

 しかも冗談抜きで6畳ちょっとぐらいの空間しかなかった。

 あ、一応ユニットバスもトイレもあるようだ。


「冷えるでしょ?」

「あ、ああ……」

「でも、水嶋さんがこれをくれて良かった」

「ふっ、そうか」


 哀れみとかそういうのはない。

 彼女、佐竹志帆しほに風邪を引いてほしくなかった。

 隣の席だから調子悪そうにしていたら気になってしまうから。


「ご両親はいないのか?」

「うん、ここでひとり暮らし」

「あー……もしかして聞いてはいけないことだったか?」

「大丈夫、他県で元気に過ごしてくれているから」


 それなら安心だ。

 いきなり地雷を踏み抜くようなことは避けたいからな。

 とにかく長居も申し訳ないから帰ることにする。


「風邪を引くなよ、また明日も会おう」

「うん、ありがとう」


 さて、こちらはどうしようか。

 姉はもう向こうに帰ってしまっているから急いでもしょうがない。

 何度も言うが夜ご飯を作ることは不可能だからな。

 入浴にしたってある程度は遅くないと冷えて終わるだけ。


「――で、学校に戻ってきたの?」

「ああ」


 教室で作業をしてくれていて助かった。

 侑夏はこういうときに相手をしてくれるから好きだ。

 出会ったきっかけは母の友達として家に来たこと。

 何故かこっちにたくさん話しかけてくれて、何故だか小さい頃からずっと関係が続いていることになる。

 個人的に言えば教師に安心して話せる存在がいるって大きい。

 言いにくいことでも彼女になら言うことができるから。


「で、まだ家事やらせてもらえないんだ」

「そうなのだ、友達として説得してくれないか?」

「教師の私にもできないことはあるよ」


 ちなみに、自分の分を作ることは可能だった。

 朝昼夕頃まで家にはいないからというのもあるが、単純にそればかりは縛ると空腹にさせてしまうと分かっているからだろう。


「いや、私は友達としての侑夏を期待しているのだが」

「そもそもきみのお母さんにはあんまり会えないからね」


 確かに彼女の言う通り。

 母は帰って夜ご飯作り、食事、入浴からの就寝まですぐだ。

 本当にすぐに寝てしまうからそもそも終わるのが遅い教師では合わないのだろうと予想した。


「それより涼くん、今日は珍しく佐竹ちゃんといたね」

「ああ、寒くて寝られないという話だったのでな」


 事情を説明したら「はえ~、優しい~」なんてからかってくれた彼女。

 優しさなんかではない、半ば押し付けてしまったようなもの。

 他人なんて表面上ではありがたそうにしていても内ではどうかなんて分からないものだからな、いやまあ疑いたくはないに決まっているが。


「先生嬉しいな、誰かと話していることはあるけど一緒に行動するって滅多にないからさ。涼くんって昔からそうだよね」

「小中はもう少しぐらいは友達といた気がするが」

「いやいや、全部お友達が来てくれてただけだよ」


 ……そうとも言うか。

 色々と情報が筒抜けで犯人探しをしたこともあるぐらいだ。

 だが、結局見つからなかったから諦めた、私の情報なんて大した価値はないのだから漏洩したところで問題もなかったし。


「ありがとう、昔から世話になっているな」

「それなら敬語を使ってくれると嬉しいかなって」

「ありがとうございます、侑夏先生がいてくれて良かったです」


 それでも挨拶をして家に帰ることにした。

 仕事の邪魔をするのは申し訳ないし、よく考えたらさっさと家に帰ってベッドではなくても転がっていた方がマシだから。


「ただいま」

「おっかえりー!」


 これは見なかったふりをしておこう。

 それに恐らく幻聴だ、私の姉がいるわけがない。


「ぎゅ~」

「……どうしてここにいるのだ?」

「確認してみたら工事で来週までお休みだったのっ」


 姉は呑気に「大学に行ってから思い出したんだけど~」なんて言ってくれたが、まあこちらとしてはやかましいのがいてくれないとそれはそれで寂しいからいいということにしておいたのだった。

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