02話.[まずは笑顔だね]
今日は佐竹も眠たくなさそうだった。
私的にそれだけで満足できたので敢えて話しかけたりはしない。
良かったななんて言ったら痛い人間になってしまう。
別に感謝してほしくてしたわけではないからだ。
それに私にはそれよりも気になっていることがあった。
「なにをしている……」
「ちゃんと侑夏ちゃんに許可を貰ったから大丈夫!」
どうやら校長先生にも許可を貰えたらしい。
嘘をついているわけではなさそうだ、そうでもなければここまで堂々といられはしない。
「それより涼ちゃん、きみはなんでひとりでいるのかな?」
「なんでと言われても困るな、特に話したいとも思わないからだが」
自分が話しかけたら迷惑だからなんて卑下しているつもりもなかった。
姉と違ってそこまでお喋り大好き人間というわけではないだけ。
そもそもの話、姉や侑夏が異常すぎるだけだと思う。
少しは佐竹を見習った方がいい。
「空き教室で待っているという約束だろう、少しは守ったらどうだ」
「そうだねっ、それじゃあ戻ります! あ、帰りはちゃんと待っててくださいよ?」
「ああ、急いだところでなにも意味はないからな」
放置するような人間だと考えられているのは心外だな。
これでも私は姉といる時間が好きだと考えている。
母の言うように明るい人間といると楽しく思えてくるからだ。
「いまの誰?」
「ああ、私の姉だ」
「え、似てないね」
「そうだな、佐竹の言う通り似てないな」
あそこまでハイテンションにはなれない。
血は繋がっているはずなのに姉妹でどうしてここまで差が出るのか。
だが、母があのような感じだから異常なのは姉な気がする。
まあいい、こんなことを考えたところで違うのは確かなんだから。
すぐに授業が始まったことによって意識をしっかりそちらに向けた。
授業中の方が私は好きだが、クラスメイトからすれば異常に見えるか?
誰かといなくてもおかしい扱いされないというだけで最高だ。
というか、どうして人と話せない=おかしいと考えてしまうのか。
ひとりの時間を大切にしているという考えは尊重してくれないのか。
「水嶋くん」
「な……んですか?」
危ない、敬語を使い忘れるところだった。
ちょうど侑夏の授業だったわけだが……なんだろうか。
「私の授業中に考え事をしないでください」
「すみませんでした、集中します」
なんでも知られているというのも複雑なものだな。
また名指しで注意されても困るからと今度こそ集中することに。
終わったら廊下に出ていった侑夏を追った。
「よく分かったな」
「当たり前だよ、何年見てきていると思っているの?」
「ほぼ8年以上か」
「そう、だから気をつけてね」
教室に戻ったら席に座って読書を開始する。
「水嶋さん」
「なんだ?」
佐竹は静かな少女で気に入っていた。
姉みたいに急に大声を出したりしない、抱きしめてきたりしない、頭を撫でたりしない、べたべたと触れたりしない――そんなことをしてこないからいい人間だと考えている。
「お布団、暖かった」
「良かったな」
「うん、水嶋さんのおかげ」
そう言われてもあれを購入してくれたのは母だから困る。
あ、当然許可は後からではあったが貰っておいた。
「後から言われても困るわよ……」と困った顔をされてしまったが
「だから、お礼がしたい」
「気にしなくていい」
「そういうわけにもいかないよ」
彼女は本を支えていた右腕を無理やり掴んできた。
「お礼がしたい」
「……じゃあ、なにをしてくれるつもりなのだ?」
頼むからあまり強引な姿勢は見せてくれるな。
先程も考えたが、私は彼女のことを気に入っている。
なのにこういうやり方は姉そっくりで嫌というか……自分のしたいことがあるのに優先させられることに繋がるから複雑というか。
「舐める」
「は……?」
「というのは冗談」
ああ、どんどんと姉と重なっていく。
だというのにひとりだけ柔らかい表情を浮かべているから質が悪い。
これを見ているとなかなか拒みづらい。
「水嶋さんって弱い部分ある?」
弱い部分……と言われても分からないな。
分かっていることはくすぐりには耐性があるということ。
しかも自分の弱点をわざわざ言う人間はいないだろう。
「耳とか首筋とか」
「ないな」
「こうして触れてみても?」
「ああ」
ここが教室だと分かっているのだろうか。
それに私達は女同士だ、私も女らしくないかもしれないが女だ。
別に女子校というわけでもない、共学だから男子もいる。
ひとりぼっち同士がこんなことをしていたらどうしたって視線を集めるというもので、なのに佐竹は全く気にしていないようだった。
「腋とかお腹とかは?」
「ない、というかいい加減にしろ」
私が弱点を教えて、彼女がその弱点を攻めることが礼とは大胆な思考だろう、私の中ではすっかり要注意人物にランクダウンしてしまっている。
「だめなの? お礼をすることも? それとも私だから?」
「違う、そんなことをしても礼にはならないからだ」
「それならどうすればお礼になるの?」
明確なそれがないから暴走してしまっているということか。
私の予想では人付き合いがあまり得意そうではないから、彼女はどうすればいいのかが分からないのかもしれない。
「お前が風邪を引かずに学校に来てくれるだけで十分だ」
「そういうのいらない、もっと要求してよ」
「それこそ礼なんかいらない、もっと自分を優先しろ」
見返り欲しさにしていたなんて思われたくないからな。
ここでなにかを受け取ってしまったらそういうことに繋がる。
姉や侑夏みたいなのはそれぞれひとりずつでいい、佐竹にはそうならないでほしかった。
「待て、どこに連れて行くつもりだ」
「水嶋さんは自分の気持ちを優先しろって言ったから」
自由に開放されている空き教室に連れ込まれてそのまま引っ張られる。
「なにを……」
「お礼がしたいの、だめ?」
今回だけだと説明をして自由にさせておく。
言質は取った、彼女は確かに「分かった」と言った。
「水嶋さんのお友達になりたい」
「それぐらいなら別に構わない」
「ごめん……優しくしてくれたの水嶋さんだけだから焦ってた」
「自由に話しかけてくればいい」
姉相手でも無視することなんてしない。
私はただ、佐竹には佐竹らしくいてほしかっただけだ。
……疲れてしまうからという気持ちもあったが、それぞれ違った性格の方が一緒にいて楽しめるだろうからというのもある。
「佐竹、私は気軽に触れられたりするのが好きではない」
「え……ごめん」
「どんな気持ちだ?」
「え……あ、落ち着く、かな」
「それならこれからは口にしてからしてくれ」
何度も言うが急襲系は姉や侑夏だけで間に合っているのだ。
「そういえば水嶋さん、村木先生と仲いいよね」
「昔からの仲だからな」
「すごいね、私、先生達に話しかけるの緊張しちゃうから」
「友達ではないからな、そういうものだろう」
教師だったらある程度は察して相手をしてくれるだろう。
侑夏にだけは緊張しなくても大丈夫だと説明しておく。
どんな人間なのかはよく知っている、揶揄してくることは多いが大事なときにはきちんと気づいて動いてくれるのが村木侑夏という人間だった。
「戻ろう」
「そ、そうだね」
結局は私が話しかけてこなくなることを恐れただけだったのか。
自分から話しかけることはあまりしないが話しかけてくれれば反応をするということはこれまで関わってきて分かっていたはずなのだが。
基本的にひとりぼっちな人間は気になってしまうということなのか?
それなら少しずつでもこちらから話しかけておかないとまた暴走しかねないなと、考え方を少しだけ改めたのだった。
過度にならない程度に話しかけていたら問題も起こらなかった。
佐竹にとって悪いイメージとなる姉は今日学校には来ていないから落ち着いて過ごすことができる――はずだったのだが。
「どこ行った」
いつも席に座ったままの彼女が休み時間になる度に教室から消える。
いやまあ短い休み時間をどう過ごそうが自由だからいい。
だが、何故か私が話しかけなければ話しかけてこないようになってしまっていたのであまり良くない変化を迎えている気がした。
「水嶋くん、もう授業が始まりますよ」
「佐竹を知りませんか?」
いまから別のクラスの授業をする侑夏には分からないかもしれないが一応聞いてみた、腹痛とか調子が悪いのでなければいいのだが……。
「佐竹ちゃんなら保健室に行ってるよ、体調が悪いんだって」
「そうですか、教えてくれてありがとうございました」
無理して横で頑張られているよりかはマシだろう。
なるほど、こちらにとっては過度にではなくても向こうにとってはそれに該当していたということなのかもしれない。
普段、人と関わってこなかった人間がいきなり話しかけられすぎて疲弊してしまったというところだろうか。
あまり良くはないが養護教諭がいるのだから心配しなくていい。
こちらもこちらで授業に集中しなければならないのだから。
こういうときに困るのが、行くべきかどうかだ。
自分の存在が負担になっているのなら完全に逆効果にしかならない。
なので、授業中全部使って考えてみた結果、行かないことにした。
全然集中できてないじゃないかと言われたらそれまでではある。
「なにをしているのだ?」
「佐竹さんが戻ってこなかったから鞄に荷物を入れて持って行ってあげようと思って」
「優しいのだな」
「だって、体調が悪いのに誰も来てくれなかったら寂しいでしょ?」
少しだけほっとしていた。
そういう考えは自分の中にもあったから。
風邪を引いたときは無駄に寂しくなるもので、私も姉や母が来てくれると安心していたことを思い出せる。
だが、今回の場合は私が行くとマッチポンプみたいになってしまうからできなかったことになる、だから彼女に任せて帰ろうとして、やめた。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「そっか、なら良かった」
この空気を壊すために入ることはしないが帰ることもしない。
もし別行動をするようなら荷物持ちぐらいはしようと思う。
「帰ろっか」
「うん」
あ、どうやら代わりにしてくれるみたいだ。
それなら邪魔をすることはしない、どうせならと学校で時間をつぶしていくことにした。
「ありゃ、また来たの?」
「侑夏は教室でやるのが好きだな」
「職員室の堅苦しい雰囲気が好きじゃないんだよ」
似たようなことを佐竹は言いそうだ。
ただ、教師がそれではあまり良くないと思うが。
しかも、わざわざこちらまで来ていたら面倒くさいだろう。
「私のせいで佐竹は体調を悪くしたかもしれない」
「自分のせいだなんて考えすぎだよ」
「だが、私が結構な頻度で話しかけたから」
「細かいところまでは分からないけど、佐竹ちゃんは嬉しいと思うよ」
大人は簡単にこういうことを言うから嫌いだ。
相手のことなんてなにも分からないのに勝手な想像は失礼だ。
それは自分にも言えることだからこそ複雑なのかもしれない。
「私は涼くんが話しかけてくれるようになって嬉しいけど」
「そんなことで嬉しがるな、馬鹿にされているような気分になる」
できなかったのではなく意図的にしていただけ。
誰とだって話すことはできる、小中高と見てきているのだからそれは分かるはずなのに意地が悪い。
「母さんから言われた、もっと明るくなってくれればいいと」
「うん、私もそう思うかな」
「どうすればいいのだ?」
いまから変えたって奇異な目で見られて終わるだけな気がする。
聞いておきながら変な話ではあるが、変えたいとも考えてはいない。
誰かに迷惑をかけているというわけではないのだから放っておいてくれればいい、異端扱いするのは結構だから巻き込まないでほしかった。
「まずは笑顔だね、に~」
「ひとりぎこちない笑みを浮かべていたら気持ちが悪いだろう」
「次は積極的に話しに行くこと!」
「別にできないことはないぞ、やっていないだけで」
「それは強がりにしか聞こえないから!」
駄目だな、変える気がないから聞いたところで意味がない。
それに慣れないことをすると迷惑をかけるから難しい。
「侑夏、クラスメイトをきちんと見てあげてくれ」
「特にあなたが問題だからこうして口にしているわけですが」
「私は大丈夫だ、実績があるだろう?」
寧ろ学校でのことは実の母よりも知っていると思う。
教師同士のネットワークというのがあるのかもしれない。
「それなら佐竹ちゃんかな、ひとりぼっちでいるのきみらだけだし」
逆に私達以外があぶれることなくなにかしらの輪の中にいられるクラスというのはすごいような気が、担任が侑夏なのも影響しているようなしていないような……。
「普段どういうことを気をつけているのだ?」
「大声で叱ったりしないことかな」
「でも、舐められるだろう?」
「それがそうでもないんだよ、やめてねって言ったら聞いてくれるんだ」
彼女は「裏ではどうか分からないけど」と複雑そうな顔で重ねてきた。
侑夏の悪口を言っているところは見たことも聞いたこともない。
体育の教師はよく文句を言われているため、生徒にとって侑夏はいい教師なのだろうな、体育担当が怒鳴りすぎというのもあるのかもしれないが。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
佐竹のことだって侑夏なら把握しているだろう。
なんならたかがクラスメイトの私よりも知っているだろうから過剰に心配する必要もないと決めて帰路に就いたのだった。
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