09作品目

03話.[それになにより]

「あの、水嶋さん」

「どうした？」

　今日はどこか申し訳無さそうに話しかけてくる佐竹。

　ひとつ安心できる点はこの前の女子と会話できるようになっているということと、その女子をきっかけに複数人のクラスメイトといられるようになったことだ。

　いまはそのクラスメイトとの会話を中断してこちらに来た形になる。

「お友達ができました」

「おめでとう」

　これは侑夏効果もあるかもしれない。

　教室前で「○○さんと仲良くしてあげてください」なんて言うのは所詮気にしているフリだけの最悪な例だ。

　その点、侑夏はさり気なく上手くやっていた。

　そういうところも舐められずに好かれる理由なのかもしれないな。

「今日、遊びに行く約束をしているんだ」

　上手く話せる自信はないが楽しみだと彼女は珍しくハイテンション。

　わざわざ報告してくるのは私が心配していると考えているから？

　結局のところ私に言えるのは良かったなということだけ。

「そうだ、水嶋さ――」

「私は誘われてないだろう、みんなで楽しんでくればいい」

　これだけは言っておかなければならない。

「哀れんでくれるなよ、私はひとりでいることが好きなのだ」

「そ、そんなつもりは……」

「ならいいがな、楽しんでこい」

　そろそろ侑夏が席替えをすると口にしていたしどうせ離れる仲だ。

　しかも友達になりたくて話しかけたわけではない、困っている人間に優しくして優越感に浸ろうとした自分もいたかもしれない。

　約束があるから話しかけてきたらきちんと受け答えはするが、悪口ならともかく直接的に同情されるのは嫌だった。

「ぴんぽんぱんぽーん」

「どうしましたか？」

「水嶋くんに用があるので付いてきてください」

　私に用があることぐらい真隣にいられたら分かる。

「水嶋くん、きみはそういうところが良くない」

「そういうところってどういうところですか？」

「心配してくれているのにあんな言い方はないよ」

　世間は少数の意見なんて聞いてくれないよな。

　同じように感じる心があるのにどうしてこうなるのか。

　良くないと即否定するのではなく、どうしてそういう風に発言したのかと理由を大人なら、教師なら聞くべきだろう。

　だが、そのほとんどは０か１００だ、◯◯は良くて〇〇は悪いと言うだけで終わり。

　気にしているフリをしているだけ、実際はなにを言われても変える気なんかないのだ。

「すみませんでした、次からは気をつけます」

　変える気がないのはこちらも同じこと。

　なので自分が責めることはできないから謝罪をして教室に戻った。

　分かった、姉や母を不快に感じないのはきちんと聞いてくれるからか。

　恵まれているな、もっと感謝しなければならなさそうだ。

　仕事で忙しいのに家事だってきちんとしてくれているし、優秀でなくても姉ばかり贔屓しないで相手をしてくれているし、夫婦仲が良くてこちらを気まずい思いにはさせないしでいいところばかり。

　家事をやらせてくれればもっといい、子どもだってそんな母や父に世話をしてくれた礼をしたいものだから。

　とにかく授業を受けていたらすぐに己が選択ミスしたことを悟った。

　……ちらちらと横の佐竹が見てきている。

　別に怒ったわけではない、集団でいたいとは思わないだけで。

　午前の授業が全て終わって昼休みに突入したら遊びに行くであろう友達と一緒に楽しそうに食べ始めたから結構ではあったのだが。

　まただ……授業中になるとこれの繰り返し。

　こうしてじろじろ見られるのは嫌いだ、休み時間になったらはっきり言うことにしよう。

「喧嘩を売っているのか？」

「ち、違くて、怒らせちゃったのかと思って……」

「そんなことはない。だが、同情なんてしてくれるなよ、その場合はいますぐにでも離れられるよう担任に頼むからな」

　姉もそうだがそういう態度は相手を不快にさせるだけだからやめた方がいい、悪いと思っているのなら謝って終わらせればいいのだ。

　逆に申し訳ないと考えていないのであれば放っておけばいい、関わったって双方共にメリットなんてないのだから。

「ふ、ふたりきりだったら遊んでくれる？」

「休日はこもるタイプだからな」

「それなら学校が終わった後には？」

「特にやることはないが無駄遣いをしたいとは考えていないな」

　こんなところを見られていたらまた侑夏に怒られるだろうな。

　高校生になったら金を使っての遊びとなるから困るのだ。

　でも、無駄遣いを積極的にしようとしない点は褒めてほしい。

　そのおかげで欲しい物が発売されたときに使えるのだから悪くはないと思う、個人個人で考え方が違くて当然なのだ。

「志帆ー、ちょっと」

「あ、いま行くよ」

　踏み込む速度が早いな。

　しかもすぐに複数人のグループの中に入れているのはすごいな。

　無理して合わせようとしている感じもしない、自然に、４月始めから一緒にいるみたいな雰囲気を出している。

　このクラスはやはりいい人間が多いのだろう。

　だからすぐああして仲良くできるという感じで。

　教室内がギスギスしているよほどいい、６時間目も落ち着いて受けることができた。

「はい、通せんぼしまーす」

「……暇なのか？」

「違う、後はきみだけだからだよ」

　ちょうどいい、利用させてもらおう。

　だが、毎日毎日これだとあれだからバイトでもするか。

「侑夏、なにかおすすめのバイトとかないか？」

「え、バイト始めるの？　成績とかは問題ないだろうけど……」

「なんだその目は、私だってできるぞ」

「いや、だって学校でさえこれだけ対人が駄目なのにさ」

　必要最低限の会話さえできればいいだろうに。

　物分りが悪いというわけでもないし迷惑はかけないと思うが。

「すぐお金が必要というわけでもないんでしょ？　しなくていいよ」

「教師ならそういうのも積極的に経験させるものだと考えていたが」

「学生の本分は勉強ですから」

　教師としてだけの目では見てきていない気がする。

　なにもかもばればれで性格的に続かないと思われているのか。

「だが、暇でな」

「だったら放課後に残ってくれればいいよ、私が相手をしてあげる」

「贔屓は良くないだろう、侑夏に迷惑をかけることにもなる」

「それなら友達を作ってみようよ」

「一応、佐竹は友達のはずだがな」

　席替えの件を早めてほしいと頼んでおく。

　いまのままだとテスト週間になったときに集中できないから。

「それなら明日しようか、結局早くやるか遅くやるかの違いだけだし」

「ああ、よろしく頼む」

「それならそのかわりにこれつけて」

「猫耳？　構わないが」

　場所があっているか分からないから任せておいた。

　例えこれで帰れと言われてもなにも問題はない。

　他人には申し訳ないが、まあ無視してくれればいい。

「かわっ！？」

「私も皮は好きだぞ」

　ねぎまなんかもいいな――あ、食べたくなってきてしまった……。

　そういう無駄遣いは確実に怒られるからできないと。

「写真を撮ってもいい？」

「好きにしろ」

　別になにかいけないことをしているわけでもないし関係ない。

　猫耳を装着するような痛い女だと思われても全然構わないし。

「ふぅ、ありがとう」

「よろしく頼むぞ」

「任せて、明日は私の授業もあるしね。あ、でも、どんな風になるかは分からないからね？　そこまで関与しちゃったら公平性がないから」

「分かっている、席替えした結果また近かったりしても文句は言わない」

　絶対に私のイメージって良くないよな。

　そんなこと言われなくたって責めたりなんかしないというのに。

　佐竹からは怒っているとか思われるし、はぁ……。

　ん？　帰路に就いている間、じろじろ見られてるぞ。

　あ、これかと気づいたが、気にせずそのまま歩いておいた。

　高校生とすれ違った感じはしなかったのに猫耳装着女として噂が出た。

　噂もなにも本当のことだから否定するつもりもない、それかもしくはこれから毎時間装着しておいた方がいいのか？

「はい、席替えするよー！」

「え、もっと後だったんじゃ……」

「早いか遅いかでしかないよ。順番に引いてね、終わったら授業をやるからなるべく早くしておくれよー」

　結果、廊下側の最後列になった。

　地味に冷えるが少なくとも右側は誰もいないから助かる。

　佐竹とは離れてしまったが席替えとはそういうものだから仕方がない。

　横は男子か、はしゃいだりしないタイプそうだから問題もないな。

　侑夏の授業中は考え事をしないように気をつけなければならない。

　この席でも彼女は目ざとく見分けてくるだろうし。

「はい、後ろの人が紙を集めて持ってきてねー」

　その度に作るのではなく再利用する気のようだ。

　……環境のことを考えれば最適なはずなのにどうしてここまで微妙な感じがするのだろう、ケチくさいというかなんというか……。

「あ、きみが最後だよ、猫耳女さん」

「はあ、これよろしくお願いします」

　揶揄されるのは慣れているから問題はなかった。

　なんなら実際に装着してやってもいいぐらいだ。

　ただまあ、それだと流石に不快に感じる人間が出てくるかもしれないから実行したりはしないがな。

　まあいい、これで約束は果たされたわけだからな。

　授業中だって問題なく集中できたし感謝しかない。

「水嶋さん、あの噂って嘘だよね？」

「本当だが、私の趣味なのだ」

「え……そ、そうなんだ」

　わざわざ遠い席からご苦労なことだ。

　私は犬より猫派だから嘘はついていない。

「それより佐竹、楽しめたのか？」

「うん、それはみんなのおかげで」

「良かったな、これからもたくさん遊ぶといい」

「水嶋さん」

　誰かが牽制してきているというわけでもないがなんだか教室でこうして佐竹と話したくないという気持ちがある、彼女の友達が露骨な反応を見せてきているというわけでもないのにな。

「見せて……ほしい」

「別に構わないが」

　何故か侑夏のやつはこれをこちらにくれてしまったから所持したままとなっている、これはあくまで彼女に見せるためということにしておけば特に問題はないだろう。

　で、実際につけたら教室内がざわついたが。

「それで授業を受けよう」

「できるわけがないだろう、もう取るぞ」

　仮にあの侑夏であっても取るように言ってくると思う。

　これで本当かどうか分からないのに盛り上がるなんてこともなくなるだろう、私が所持していたという時点で噂ではなくなるわけだからな。

　しかもクラスメイトは切り替えが上手い人間達の集まりだ、次の授業が始まったら真面目にやる者ばかりだった。

「どうした？」

「遊びに行きたい、水嶋さんとふたりで」

　遊びか、元々は遊び好きな人間だったのか？

　これまではどうしようもないから我慢していただけだったと？

「悪いが金を使いたくない」

「使わなくて済むところにしよう」

「そんなところあるか？」

「無理なら学校でもいいよ、また空き教室とかでも」

　その遊びはどこかイケない雰囲気を漂わせているが。

　ま、礼も兼ねて手伝えるものがあれば侑夏の手伝いをするつもりだったからそういうことなら異論はない。

「え、お手伝いなんかいいよ、遊んできな」

　問題はこう言うと逆に受け取ろうとしない天の邪鬼であること。

　しょうがない、佐竹と約束をしているから空き教室に向かおう。

「いい？」

「構わない」

　言ってからしてくれと口にしていたのは自分だから守らなければ。

　だからって大して仲良くもない彼女に触れられていると物凄く不思議な気分になってくる、友達ができたのだからそちらに頼めばいいと思うが。

「猫耳、つけて」

「分かった」

　鞄から取り出して佐竹に装着。

「え、えぇ！？　わ、私じゃなくて水嶋さんに……」

「何故だ？　よく似合っているぞ」

「そ、そんなわけ……」

　人間が近づいて来たことが分かって咄嗟に場所を移動する。

　密着率は上がったが問題はない、それにどうやら入ろうとしているわけではないらしく向こうへと歩いていった。

「なかなか楽しいな、この遊びは」

「わ、私としては……ちょっとひやっとしたけど」

「そうか？　スリルがあっていいではないか」

　そもそも遊びだったはずなのにいきなりこうしてきている時点で彼女本人も分かっていたはず、こう見えて彼女は変態なのかもしれない。

「誰と１番仲がいいのだ？」

「華恋（かれん）……かな」

　かれ……ああ、横原のことか。

　心配して来てくれた女子とは違って少し派手な感じもするが……。

「意外だな」

「そ、そう？　華恋は優しいよ？」

　彼女が言うのならそうなのだろう。

　別にそこを突くつもりもない、指摘したところでよりその横原といようとするだけだろうし。

「華恋は私が上手く話せなくてもちゃんと聞いてくれるし特に頻繁に話しかけてくれるんだ、だから一緒にいると安心できるっていうか、うん、一緒にいられるのが嬉しいなって」

　個人的に言えばいきなりそうなったのは不自然でしかないが。

　仲良さそうに見えても裏で悪口を言っていました～なんて可能性もなくもないからな、特に女子同士の関係というものは面倒くさいわけで。

　横原がそれに該当するかは分からないが、自分達といないで私といることを嫌だと感じるかもしれない、もしそうなれば彼女は板挟みになって大変になることは容易に想像できる。

「そうか、良かったな」

　でも、結局は私の想像に過ぎないから言ったりはしない。

　いまが楽しければそれでいいだろう。

　それになにより、自分が被害を受けるわけでもないのだからな。