04話.[それは間違いだ]

「水嶋涼、ちょっと来なさい」


 横原華恋が来たのは初めてだった。

 同じクラスの時点で逃げても仕方がないから付いていく。


「で、佐竹に近づくなと言いたいのか?」

「は? 別にそんなこと言うつもりないけど」


 それならどうして来るのだという疑問ばかり。

 2度目だが冬になって初めて話したことになるわけで。

 佐竹関連でもなければ近づいて来る理由が分からないのだ。


「あ、あんたさ、猫……好きなの?」

「ああ、猫派だが」

「そうだよねっ、そうでもなければ猫耳なんかつけないわよね!」


 別にそういう理由で装着していたわけではないが、いいか。

 

「なら猫は飼っているわよね?」

「え、飼っていないが」


 ペット禁止な物件なんだと説明したら露骨に残念そうな顔をされてしまったが、持ち家ばかりではなくなっているのだということを説明したら微妙そうな顔のままではあったが納得してくれたようだった。


「あんたが家族として猫を迎えていなくてもいいわ、いまから来なさい」

「横原の家にはいるのか?」

「いるわ! だから早く!」


 そんなに慌てなくても猫は逃げたりしないだろうに。

 ふむ、だが佐竹の言うように彼女はいい人間なのかもしれない。

 もしそうでなくても害を与えてこないタイプかもなと評価を改める。


「お邪魔します」


 単純に外から入ってきたからかもしれないが暖かい気がする。

 電気代を無視すればこんなこともできるのかという例を見せてくれた。


「ベルー?」


 ああ、このまま寝転んでしまいたいぐらいの暖かさだ。

 あまりに快適過ぎて眠りそうになっていたら猫がやって来た。


「可愛いな」

「でしょっ?」


 残念ながらこちらに近づいてはくれないみたいだがな。

 それでもいい、この快適さを味わえただけでも十分。

 少し心配になる点はほいほいと大して知らない人間を上げてしまうことだろうか、力づくで来られたら結局勝てないんだぞ。


「そうだ……これは内緒にしてほしいんだけど」


 彼女は棚から例の物を持ってきた。

 それで顔を隠しながら「私も装着するの趣味なんだよね」と吐かれてしまう、どうやら猫と戯れるときに猫の気持ちが分かるようにしているみたいだった。

 勝手に趣味にされていると微妙な気分になった私ではあったものの、佐竹に趣味だと口にしていたことを思い出して後悔した。

 先にできないから後悔だって本当にそうだよなと思う。


「いいじゃないか、似合っているぞ」

「そ、そういうことを言ってもらいたくてしているわけではないのよ?」

「そうだよな、ベルと少しでも仲良くしたいからだろう?」


 彼女の足元をくるくる歩いているベルを見つめながら言った。

 私だって家族だったらどんな手段を使っても仲良くなりたい。

 仲良くなるためなら多少の羞恥を捨ててやる、ぐらいな感じで。


「横原、佐竹は上手くやれているか?」

「うん、私もちゃんと見ているしね」

「仲間外れにだけはしないでやってくれ」


 グループに入れたのなら最後まで責任を持たなければならない。

 本人が抜けたいと言うまではそうする義務がある。


「てかあんたも入れば?」

「どうせ入っても相手にされないだろうからな」


 放課後になにかがあってほしいとは考えているが合わせなければならなくなっていくのは嫌だった。

 それにどうしたって金の消費が激しくなる、こいつらだと毎日毎日飲食店に行ったりしそうだから怖い。


「誘ってくれてありがとう」

「ありがとうなんて思ってないでしょ」

「そんなことはない、誘ってくれたことは素直に嬉しい」


 天の邪鬼ではないから感謝はしている。

 自分からひとりでいることを選んでいるとはいえ、たまにこうして優しさを見せられると結構精神に影響が出るのだ。

 嫌われてもいいと考えている自分であってもそうじゃないと分かるとほっとするもの、これでも一応人間だからなと全て説明しておいた。


「横原がいてくれるのなら安心だ、佐竹だってそうだろう」

「……褒めたってなにもしてあげられないから」

「いや、正直に言ってなにか裏があるのではないかと疑っていたからな、横原がどういう人間なのかを少しでも知ることができて嬉しい」


 なんだかんだ言っても佐竹のことが気になる。

 楽しそうにしていれば安心できる、元気なさげだと不安になる。

 だからこそ横原がいるグループに入って楽しそうにしているところを見られて良かったのだ。  

 家を知っているというのも影響しているのかもな。

 

「猫好きに悪い人間はいない」

「……疑われていたことが心外なんですけど」

「冬にいきなり誘うような人間だからな、裏があると思ったのだ」

「違うわ、別に志帆に意地悪しようとしてしたわけじゃ……」

「分かっている。すまない、疑ってしまって」


 怖くないと判断してくれたのかベルが近づいて来てくれた。

 流石に座っているところに乗ってくるなんてことはなかったものの、猫に触れられる機会なんてほとんどないから良かったと思う。


「横原――」 

「名前呼びでいいわよ」

「ベル」

「なんで名前呼びしないのよっ」


 そんなこと言われても今日話したばかりでできるわけがない。

 それに私達は友達ですらないのだ、気安く家になんか招くからそうやって色々なことをすっ飛ばして考えてしまうのだろう。


「お前は可愛いな、飼い主にはないシンプルさがいい」

「ちょ、失礼ね……」

「あとはこの毛並みだ、愛情を注がれているのが分かる」

「そりゃ、私が主に毎日やっているからね」

「飼い主も同じようにいいのだがな、派手さはいらないな」


 髪の毛なんてどうやったのかと聞きたくなるぐらいくるくるしている。

 先程のベルに負けないぐらいくるくるしているから引っ張りたくなるぐらいだ、もちろんそんなことは実際にはできないが。

 あとは胸元を過剰に開けているところとか、スカートの丈が短いところとか、爪に色を塗っているとことか全ていらない。

「な、なに言って……」とすぐに照れているところは魅力的だと言えるかもしれない、男子的に理想的な存在に該当するのではないだろうか。


「そ、それよりあんた、これつけなさいよ」

「私はいまベルと戯れているのだ、自分でやってくれないか?」

「可愛げないわねっ、勝手につけるからね!?」


 だからそう言っているのに理解できなかったのか?

 そして個人的に言えば猫耳をつけたところで好かれることはないと考えている、懐いてくれているように見えても結局それは想像でしかないし。


「よ、よし、満足できたわ」

「私はこれをされてデメリットばかりなのだが」

「ベルが見られたじゃないっ」

「飼い主本人から礼が欲しいものだ」

「し、志帆にはいらないって言っていたじゃないっ、きゃあ!?」


 押し倒して覆いかぶさった。

 ベルは遠くに行ってくれたから問題はない。


「横原――ああ、華恋から直接貰いたいのだが」

「ちょ……な、なにもあげられない、ひゃあ!」

「ふっ、お前は耳が弱そうだな、こうして指でなぞったらどうなる?」

「あっ、だ、だめ……だってっ」

「なんてな、変な顔をしてないで早く立て」


 少し調子に乗りすぎたようだ。

 戻ってきてくれたベルを撫でて飼い主の復帰を待つ。


「あまり気軽に家に他人を入れるなよ」

「……あんたはもう絶対に入れないからっ」

「ああ、それでいい」


 何度も来られたところでベルへの思いが加速するばかり。

 あまりに依存しすぎると授業に集中することができなくなるからな。

 ……いまも集中できていないだろと言われればそれまでではあるが。

 今回は猫耳をしっかり外してから彼女の家をあとにした。

 大丈夫、ベルへの思いだってすぐに忘れるさと呟きながら。




 今日は自分にもできることをさせてもらうことにした。


「わざわざお仕事をしたいとか社畜に向いているよ」

「これぐらいでそれは間違いだ」


 堂々と侑夏といられるというのは嬉しいものだ。

 教師ではあったから毎日毎日一緒にいられたわけではないうえに、仮にいられても30分ぐらいまでの時間だけだったから。

 別に侑夏が教師をしているからという理由でこの高校を志望したわけではないがな。


「そういえば横原ちゃんになにかをしたの? 睨まれていたけど」

「昨日あいつの家に行ったのだ、可愛い猫がいて愛でただけだぞ」


 ベルよ、また飼い主から許可が出たら行くからな!

 ただまあ、あの様子だと行けるのはいつなのか分からないな……。

 少しだけ反省している、ベルのためにも調子に乗るべきではなかった。


「分かったっ、涼くんに懐いちゃったからでしょ!」

「違う、少しだけ意地悪をしたからだろうな」

「い、意地悪って……? 涼くんは少しSなところがあるからなぁ……」


 大したことは任されていないからすぐに終わってしまう。

 まだ17時ぐらいだ、もう少しぐらい時間が稼ぎたかった。


「もういいよ、手伝ってくれてありがと」

「ああ」


 これでも外は真っ暗なんだから複雑な気持ちになる。


「遅いわよ」

「先に帰ったのではなかったのか?」

「帰ったけど戻ってきたの、帰るわよ」


 よし、ナイスタイミングだ。

 なんだかんだ言ってもひとりでは生きられないということだな。

 時間つぶしだってできる。

 誰かといられるのとそうでないのとだと全然違う。


「なにをしていたのよ?」

「ちょっとした手伝いだ、放課後は暇でな」

「ふぅん、だったら家に来ない――あ! この前みたいなことは絶対にだめだから!」


 まだなにも言っていないのだが……。

 でも、誘ってくれたのだから拒むこともしない。

 それでも調子に乗らないようにと自分に言い聞かせておく。

 

「はい、紅茶」

「ありがとう」


 まさかこの短期間でまた来られるようになるとは思わなかった。

 ベルはどうやら寝てしまっているようだが、邪魔するつもりはない。

 いま知りたいのは私がここに招かれた意味と、


「佐竹は誘ってやらないのか?」


 きちんと佐竹にもしてあげているかということ。


「心配しなくても大丈夫よ、2度も来てもらったから」

「待て、私と違って友達なのにその回数は少ないだろう」

「いや……私達も友達になったのは最近だからね?」


 今日だって一緒に帰ったのかが気になる。

 とにかく中途半端なことはしないでやってほしい。

 一緒にいられて安心する、嬉しいと言っていた佐竹を裏切るなという気持ちがあった。


「それで私を誘った理由は?」

「あんたは放課後暇なんでしょ? それなら別にいいじゃない」

「だからなんのために誘ったのかと聞いている」

「だ、だから、暇なら付き合ってほしい……ってだけよ」

「なるほど、お前も同じような環境にいるということか」


 ベルがこの時間に寝てしまうということを考えてのことか。

 これだけ暖かければその気持ちもよく分かるがなと内心で呟いた。


「なにに付き合えばいいのだ? この前みたいに猫耳をつけるところを見ていればいいのか?」

「いや……ベルも寝ているのにしたら怪しいやつでしょ……」

「いいからしろ、私は確かに拒まなかったぞ」


 気になるだろうからと何気に持ってきている猫耳を装着した。

 あ、もちろんこれは侑夏から貰ったものだが。


「こ、これでいいの?」

「あとはそこにある尻尾もだな」

「あんたはしてないじゃない!」

「分かった、それなら私がつけてやろう」

「そ、そうよ、あんたがしたなら――ひゃあ!?」


 自分でできないのならしてやるしかない。

 任務を完了したら顔を真っ赤に染めたままの彼女は放っておいて飼い主がやかましいせいで起きてしまったベルの相手をする。


「……嫌い」

「私にばかりにやろうとするからだろう、なあベル」

「な~」

「お、鳴き声も可愛いな」


 彼女と仲良くしていれば佐竹とどうなっているのかも把握できるうえにこんなに可愛い生物と触れ合えるからお得感しかない。

 問題があるとすればすぐにこうして睨まれるということだが、ま、ベルを触れるのであればこれぐらいはなんてことはなかった。


「……つかさ、そうやって気軽に来ちゃうのはいいの?」

「お前が誘ってきたのだぞ」

「そうだけど、素直に付いてくることが意外っていうか」

「利用させてもらっているだけだ」


 あとは手に体を擦り付けてくれているベルがいるからでしかない。

 そもそもの話、誘ってくれでもしなければ自分からは行かないぞ。

 相手が友達の佐竹ならともかく、横原とは友達ではないのだから。

 ま、せっかく寒い中待ってくれていたのならという気持ちもあるが。


「来るなと言うなら私だって行かないさ」

「……別にそんなこと言ってないじゃない」

「私よりも佐竹達を優先してやれ」

「志帆達とは学校で話せているからあんたの相手もしてやろうと……」

「気持ちはありがたいが佐竹達を優先してやってほしい」


 だが、私がこうしてベルのために近づいているだけで邪魔になるのか。

 自分のために行動するのはよく考えてしなければならないと分かる。

 なるべく放課後を使ってやってほしい。

 そうしないと長時間あの家にいたら寂しいだろう、例えどんなに環境が整っていても帰ったらひとりではほとんど意味がない。

 仲が良ければ泊まりに行くとか、泊まりに来させるとかできるのだが。


「横原、私はそろそろ帰るぞ」

「え……早いわよ、まだいいじゃない」

「それなら佐竹ともっと仲良くすると誓ってくれ」

「そういうのって誰かに指示されてやるものじゃないでしょ」


 直接言うことはできないから佐竹に関わっている人間に言うしかない。

 言いたいことは言えたから最後にベルの頭を撫でて外に出た。


「冷えるな……」


 さっさと家に帰るとしよう。

 残念ながらもう姉はいないから数時間は寂しい空間になる。

 ……いや、友達なのだから変に遠慮しないで行ってみるか。

 

「佐竹ー」


 ノックをしてみたが出てくる気配が感じられない。

 もしかしてこの前の家紹介は嘘だったのかと考えていたら寝癖がすごい小娘が出てきてくれて少しだけほっとした。


「え……み、水嶋さん?」

「ああ、暇だったから寄ってみた」

「あ、上がってっ、特になにもないけど」

「ああ、お邪魔させてもらう」


 寝ていたところを邪魔してしまったのは申し訳ないが、本人から誘ってくれたから入らせてもらうことにしたのだった。

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