05話.[それぐらいしか]

「ど、どうぞ」

「ありがとう」


 やはり寂しい部屋だった。

 冷蔵庫などの必須家具も置かれているから自由にできるスペースはほぼない。

 隙間風もどこからか入ってきている、教室の窓際最後列の方がまだマシだ。


「すまない、急に来てしまって」

「ううん……寝ていただけだから」


 それは見ていれば分かるがあげた布団だけではな……。

 だからって色々買ったりするとそれはそれで嫌な存在になる。

 見ているだけしかできないってもどかしい。


「そういえば華恋の家に行った?」

「ああ、先程も寄ってきたのだ」

「え、一緒に帰ったのに……」


 隠すことでもないから説明しておく。

 別にそんなつもりはなくても取ろうとしているみたいで嫌だな。

 純粋無垢そうだから余計にそう思う、相手が横原ならまだいいのだが。


「横原と仲良くできているか?」

「うん、華恋は優しいから」


 優しいというか、侑夏みたいに放っておけないのだろう。

 とにかく私のことはいいからこの子をこの家から連れ出してやってほしい。

 可哀相とか憐れむのではなく普通に友達として、そうすればより良好な関係が築けるはず。


「ベルは可愛いよね」

「そうだな」


 ほぼ初対面の私のところにも来てくれる。

 先程はもう少しで膝の上に座ってくれそうだったぐらいだ。


「……いつの間に華恋と仲良くなっていたの?」

「仲良くはなっていない、友達ではないからな」

「友達でもなければ家になんて入れないよ」


 ただ猫好き仲間だったというだけだからな、そう言われても困ってしまう。

 しかも誘ってきたのはあちらであって、別に私がしつこく頼んだわけでもない。


「……私からのは断ったのに」

「金を使いたくなかっただけだ、相手の家で済むのなら金問題は解決できるだろう?」


 ここで友達として横原を取られたくないという気持ちが働いてくれれば最高だ。

 まあそう上手くいかないだろうが煽ることでもっと仲良くしなければとなるかもしれない。

 敢えて横原を侮辱して佐竹を怒らせるという方法もあるが嫌われたくはなかった。


「正直に言えば離れたくなかった」

「席がか? 同じ教室なのだから問題はないだろう?」


 あれから来てすらいないのだからそもそもこの発言はおかしいと思うが。

 個人的に言わせてもらえるならあそこは見やすくていい。

 それに左隣の男子は静かにしてくれているし、右隣が廊下なのもいい。


「だから……今日はまだいてほしい」

「構わないぞ、20時ぐらいまでだが」

「うん……それでいいから」


 冗談抜きでこんなところにいたら寂しすぎて仕方がないぞ。

 だからって家に招いたところですぐ自宅に帰らなければならなくなる。

 変に落差が生じるよりもいいのか? それとも友達として連れて行くべきか?

 というか、きちんとご飯を食べているのか? ……色々と不安になる場所だ。


「……こうしていてもいい?」

「構わないぞ」


 片手は自由だからこちらは読書を始める。

 ……離れることを望んだ自分ではあるが、気になったらすぐに話せる隣の席というのは良かったのかもしれない、後からじゃないと気づけないのが残念なところだった。

 

「お腹空いてない?」

「佐竹は大丈夫なのか? どうしてもう寝て――」

「ご、ご飯はもう食べたよ……」


 下手くそすぎる。


「佐竹、なにも言わずに私の家に来い」

「え……」

「友達なのだからいいだろう? 友達なら家に招くものなのだろう?」

「うん……それじゃあ行かせてもらおうかな」


 汚してしまったからと言い訳をして先に出ていてもらう。

 その隙に冷蔵庫の中を勝手に確認させてもらってからすぐに追った。

 ……母に土下座をして頼み込もう。

 それだけで足りないのなら小遣いを全部返却してもいい。

 家事手伝いだってやる、やはり意地でも作っておくべきなのだ。


「ただいま」

「お、お邪魔します」


 時間も時間だから母がちょうど調理をしているところだった。

 こんな風に友達を家に連れてくること自体が意外なのか、少し驚いているようにも見える。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま」


 どうするかと考えて佐竹には部屋に行ってもらっておくことにした。

 飲み物だってしっかりと渡して、私だけは1階に戻ることに。


「母さん、あの子をずっと家に泊めたいのだ」

「は、はあ? なんで急にそんなこと……」


 納得してもらえないかもしれないが情報は出し惜しみせずに伝えておく。

 嘘をついているようでは駄目だ、やましいことのように扱ってはならない。


「……相手のご両親とは連絡できないの?」

「分からない。だが、泊めてくれると言うのなら小遣いがなくなってもいい、手伝いだってなんだってする、友達を見捨てたくないのだ」


 それでも私は所詮子どもで、そして経済的に支えられるわけでもないと。

 でも、知ってしまったからにはなにも行動しないままではいられない。

 ……仮に無理であっても見捨てずに動こうとしたという証拠が欲しい。

 自分のことしか考えていないのは……私の駄目なところだが。

  

「1度、佐竹さんと話し合いましょう、本人はまだ知らないのでしょう?」

「ああ、それなら連れてくる」


 素直に聞いてくれるだろうか。

 意地を張って迷惑をかけられないからと言うところが容易に想像できる。


「佐竹、ちょっと来てくれないか?」

「うん、分かった」


 いまの私はどういう顔をしているのか分からない。

 だからといって、不自然に顔を背けたりしたら駄目だろう。

 なんか焦れったくなってこちらの方から手を掴んで母のところまで連れて行った。

 母が代わりに全て話をしてくれた。

 佐竹も特に慌てたりすることなく冷静に対応してくれていたように思う。


「あの……いいんですか?」

「ええ」

「……自分にできることならなんでもします」

「ふふ、それならそういうことで、よろしくね」

「よ、よろしくお願いしますっ」


 これもエゴなのかもしれないが母が納得してくれて良かった。

 そのため、彼女と一緒に家事をやると口にした結果は、


「夜ご飯は絶対に私が作るわ」


 と、ここではやはり頑固さを見せつけてくれるがどうでもいい。

 この子の事情を知っておきながら放置にならなかっただけマシだ。


「それじゃあ広美の部屋で寝てもらう?」

「いやいい、志帆は私の部屋で寝かせる」

「そう、それなら布団を1階から持っていきなさい」

「ああ、ありがとう」


 前々から床で寝る生活というのにも興味があったからちょうどいい。

 先程みたいに手を掴んで彼女を布団と一緒に運んだ。


「さて、志帆は私のベッドで寝てくれ」

「え、わ、私がそのお布団で……」

「言うと思った、だが、気にしないでほしい。シーツはきちんと変えてあるし、布団だって定期的に洗ってあるから大丈夫だ。枕カバーもそうだぞ? まあ、それでも嫌だと言うのならタオルでも敷いてくれればいい」

「そうじゃなくて……水嶋さんが床なのに自分だけベッドなんて……」

「気にするな、寧ろ志帆を床で寝かせる方が気になって眠れないぞ」


 ああ、離れようとした自分が馬鹿だった。

 この子が人を哀れむようなことをするものか。

 また1階に戻って母作のご飯を食べた。


「えと……着替えがない……」

「今日は私の服を着てくれ、明日家に取りに行こう」


 シャンプーやボディソープはそれぞれひとつずつしかないから説明の必要はなし。

 タオルや着替えを分かりやすいところに置いて洗面所をあとにする。


「それにしても驚いたわ、あなたがあんなことを言うなんて」

「流石に放っておけなかったのだ」

「偉いわ、広美でも同じようにしたことでしょう」

「姉は底抜けに明るい存在だからな」


 相手によって態度を変えたりしないからこそみんなが好いて近づく。

 それになによりあの豪快な笑顔だ、胡散臭さが微塵もない――というのは身内補正か?

 とにかく、確かに必要なのは笑うことだと私でも思う。

 だが、そう考えたところで実行できるわけではないのが難しいところだった。


「あの、お風呂ごちそうさまでした……」

「ふふ、いいわよ、毎回毎回言うことになったら疲れてしまうでしょう?」


 他所様の家の風呂に入らせてもらったときはそう言うらしい。

 いま調べたから分かったものの、相手の家に泊まるという経験が全然ない自分にとっては異世界に来た感じすらあったぐらいだ。


「本当にありがとうございますっ」

「こちらこそ丁寧にありがとう。涼も入ってきなさい」

「ああ、志帆は部屋で待っていてくれ」

「うん……待ってるね」


 不安だろうからぱぱぱと入浴を済ませて部屋に戻った。

 正確には全然拭けていないということで母に止められてからではあるが。


「ただいま」

「お、おかえりなさい」


 ……ま、いきなり他人の家に済むとなったらこうなるか。

 私達は友達とはいってもそこまで親密というわけでもないし。

 できれば横原といたかっただろうが、そこは我慢してほしい。

 なるべく邪魔にしないようにするからなと内で呟いた。




「え、志帆をこれからあんたの家で住ませるの?」

「ああ、どうしてもって頼み込んだのだ」


 小遣いは発言通り全て生活費とかに充ててもらうつもりだ。

 決してその場だけの勢いだけで口にしているわけではない。

 だって誠実ではないだろう、それで結局金を貰っていたら志帆にも嫌われる。


「というかさ、私、あんたの家に行ったことないんだけど」

「それはそうだろう、誘ったことがないのだからな」

「行きたいっ」

「来ればいいだろう、そうすれば志帆も喜ぶ」

「は? なんで志帆だけ名前呼び? 私のことも呼びなさいよ」


 絡まれても面倒だから名前で呼ぶことにした。

 志帆のことを名前で呼んでいる時点で意味のない拘りになったからだ。

 結局のところ華恋と名前で呼んでも放課後まで面倒くさい絡み方をされたが。


「志帆はどこで寝ているの?」

「りょ、涼のベッドで……」

「え、なんか臭そう」


 ……失礼な華恋には後で罰を与えておくとしよう。


「へえ、結構大きいのね」

「父が頑張ってくれているからな」


 問題があるとすればやはりこのタイミングだ。

 母が帰宅するまでの間、暇すぎるというのが正直なところ。

 だが、勝手に調理なんてしようものなら噴火するだろうし……。


「ベルがいないと寂しいわ」

「確かにな、飼い主よりベルが来てほしかったものだ」

「あんた可愛げがない――ひゃぁ!?」

「あまり調子に乗らない方がいいぞ、分かったな?」


 彼女は「わ、分かったわよぉ!」と口にして志帆を盾にするかのように隠れた。

 あまり反省している感じは伝わってこないがこんなところを志帆も見せられたって困るだろうからやめておく、志帆に何度も助けられていることを自覚しておいた方がいい。


「いいわね、楽しそうで」

「志帆がそう感じてくれればいいのだがな」


 いまの状態ではただの善意の押し付けでしかない。

 いや、善意ですらないかもしれない。

 困っている人間を放っておけないと言えば聞こえはいいが、私のしていることはただただ両親に負担を強いているだけ。

 その人間はなにもできていないのだからいいことなんて口が裂けても言うべきではないことだった。


「涼、志帆のことよろしくね」

「何故名前で呼んでいる?」

「いいじゃない、変なところで拘るわね……」


 中途半端なことはできない。

 あの家から無理やり引っ張ってきたのは自分なのだから当然のことだ。

 とりあえずは帰ったら誰かがいる、ひとりではないという生活に慣れてもらうところからだろうか。

 というか、それぐらいしか思い浮かばなかった。

 彼女はベルに触りたいとかで帰っていった。

 私は先程から縮こまっている彼女に話しかける。


「どうした?」

「……家に帰ってもひとりじゃないって嬉しいなって」

「そうか、それなら良かった」


 ……彼女側の気持ちを考えていないからこれぐらいしか言えない。

 私が彼女と同じ立場の人間、つまりこういう風に他所様の家で暮らせるようになっても申し訳なさすぎて仕方がないと思う。

 だからといって彼女がそう感じていないというわけでもないだろうから、私達にできるのはここにいたいと思ってもらえるように頑張ることだけなのかもしれない。


「……涼はさ、仮に同じように困っている人がいたら助けてた?」

「そうだな、両親に頼んでいたかもしれないな」

「そうだよね、勘違いしちゃだめだよね」

「だが、そんなあるかどうかも分からないことを言っていても仕方がないだろう? 私は志帆が困っているようだったから半ば無理やりあの家から連れ出したのだ、あの寂しい家にいてほしくなくてな」


 こっちに伸ばしてきていた手を握って、珍しく笑う努力をした。

 相手が笑みを浮かべていてくれれば少しは安心できることを知っている、逆に常に真顔ならなにかしてしまったのだろうかと不安になることを分かっている。

 自分で言うのもなんだが私は笑うのは苦手だ。

 でも、だからこそこの笑顔は効果的だと思う、例えぎこちないものであったとしても無表情よりはいいだろう。


「不安にならなくていい」

「うん……」

「あと、どんどん華恋と仲良くするのだぞ」

「うん、仲良くしたい、もちろん華恋以外とも」

「ああ、楽しそうにしていてくれ」


 とはいえ、これも結局は自分の想像に過ぎないわけで。

 彼女にとっては逆効果になっている可能性もあるわけで。

 難しい、他人と接するということは。

 家族ではないからどういう展開を好むのかが分からないし、中には自分みたいに放っておいてほしいと考える人間もいるだろうし。


「ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 母はどう思っているのだろうか。


「て、手伝います」

「そう? それなら頼もうかしら」


 え……どうして、実の娘にはやらせてくれないのに……。


「志帆はそっちをやって」

「分かりました」

「敬語はいらないって言ったでしょ?」

「わ、分かった」


 いや、あの柔らかい表情はよく私達といるときに浮かべるもの。

 いちいち聞くことは野暮ってことか。

 受け入れようとしているところに水を差すべきではない。


「私も手伝おう」

「涼はいいわ、家に住ませるかわりに手伝ってもらっているんだもの」

「ま、守らせるのだな」

「当たり前よ、そこまでいい人ではないもの」


 なるほど、やはり母はよく分かっている。

 客人だからとなにもさせなかったら逆にプレッシャーになるからか。

 ……自分も上手く対応できればいいがと内で呟いた。

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