08話.[終わりにしよう]
顔を合わせる度に「なにしてほしいか決めた?」と聞かれる毎日。
これはこれで結構面倒くさい、相手が志帆というのも大きかった。
華恋だったら突っぱねることができるのだが……。
「いい加減決めなさいよ」
「はぁ、何故ここに貴様がいるのだ」
「いいじゃない、私もこの学校の生徒なんだから」
せっかく逃げてきたというのに台無しにしてくれたことになる。
が、変なことはもうしないと決めているので黙らせることもできない。
「華恋、甘いものが食べたいから帰りに食べに行こう」
「え、あんたがお金を使おうとするなんて珍しいじゃない」
「私はいま、スルーされたことで辛いままなのだ」
このどうしようもない気持ちはそういうものに頼らなければ駄目だ。
残念ながらまだ授業があるからすぐに行けないのがもどかしいな。
しかも教室に戻ったら華恋のやつが志帆に話してしまった。
自分が原因なのにも関わらず「珍しいねっ」なんて言ってくれた彼女にはもう複雑さすら出てこなかったが。
とにかく、放課後になったら約束通り、甘いものが食せる店に向かう。
そこで一切悩むことなくパフェを注文して少し休憩。
「それにしても本当にどうしたの? 涼はこうやって帰りにお店に寄るようなタイプじゃないよね?」
「いやこれ志帆のせいだから、あんたが抱きしめられたのに鬼のことにしか触れなかったからじゃない」
「え、でも鬼ごっこ中だったから間違ってないよね? その鬼ごっこ中にお花を見ていた私もあんまり人のこと言えないんだけどさ」
運んできてくれたのを食べ始めたら落ち着いた。
大丈夫、もうこちらからはしないと決めているから。
責めるのならこちらにだ、彼女は被害者なのだから正しい反応だ。
「ふたりとも、食べることに集中しろ」
「はーい」
「分かったわ」
これからもこういうパワーを利用してすっきりさせよう。
小遣いは約束通り貰っていないがこれまで貯めてきたのがある。
あとは一切遠慮なく華恋の家に行ってベルを触る。
完璧な計画だった、華恋の気持ちなんてどうでもいいからな。
「そういえば友達に聞いてほしいって頼まれたんだけどさ、華恋って誰か好きな人とかいないの?」
「その友達の名前を教えなさい、自分で聞けって言うから」
「いいから答えてよ」
特に慌てる様子もなく「いるわ」と彼女は答えた。
ここで答えるということは志帆ではないのだろうか?
まあそこは自由恋愛だから好きにやってくれればいいと思う。
「ふーん、いるんだ」
「いるわよ、問題でもある?」
「べつにないけど」
そういうギスギスを持ち込んでほしくなかったが。
食べることに専念しているとどうしてもすぐに終わってしまうわけで。
先程と違って無言で食べているふたりを見ているのもなんだかなあという感じ、だから適当に店内を見ていたら急に肩に触れられた。
「ちょっとあげるわ」
「ありがとう」
美味しい、美味しいのだが……チョコレートアイスは少し苦手だ。
バニラアイスの方がいい、クリームなども普通の生がいい。
こういうものは濃いから嫌なのだろうか?
「微妙そうな顔をしているわね」
「すまない、苦手なのだ……」
「え、それなら早く言いなさいよ……もう」
食べられない程ではないから拒まなかった。
それにこうしてくれようとしているのに拒絶したりはしない。
「バナナは食べられる?」
「ああ」
「それじゃあ、あーん」
「あむ――ふっ、美味しいな」
ここでひとつ問題が発生。
……このまま帰ると夜ご飯を食べられそうにない。
もしそんなことをしたら母の機嫌は凄く悪くなることだろう。
私はもっと運動をした方がいいかもしれない。
そうすればたくさん食べられるようになるし、なにより体力がつくのだからいいことばかり。
汗もかきにくいから新陳代謝が良くなることで老廃物を効率的に排出できるかもしれないと考えれば、運動や軽い筋トレは重要だった。
「志帆、華恋、食べ終わったら少し走ろう」
「え、もう暗いじゃない」
「それは冬だからだ。だがな、冬だからって遊んだり食べてばかりいたら太っていく一方だぞ、だから走ろう!」
「め、珍しくハイテンションね……さっきまでは落ち込んでいたくせに」
「いいから食べろ、そして走るぞ」
自業自得とはいえ志帆のせいでこうなっているわけだからな、志帆には絶対に一緒に走ってもらうつもりだ。
「ちょっと待ってふたりとも、ちゃんと準備運動をしなければだめだよ」
「そうだな」「そうね」
しかもわざわざ着替えてからの運動となった。
自分は意外と形から入るタイプなのかもしれない。
が、別に陸上部みたいにするつもりはないのでペースはゆっくりめ。
「はぁ、はぁ……待ってくれ……」
「遅すぎよ、あんたが言い出したんだからしっかりしなさい」
「そうだよ涼、どうせ走るからにはちゃんとやらないとっ」
……運動不足だったのはどうやら自分だけだったらしい。
それもそうか、みんな真面目に遊んでいたからな。
すぐぜえはあして諦めた自分とは違う、同類のように扱ってしまったのは失礼なことだったなと反省。
「でも、たまにはいいわね」
「うんっ、私もそう思うっ」
「運動をした後の方がご飯を美味しく食べれるし」
「みかんを食べても美味しいよっ!」
「みかんかー、休日だとついつい5個ぐらい食べてしまうわ」
「私は3個ぐらいかなあ」
コタツがあったら延々に食べていそうだ。
ちなみに私はあまり食べたりはしない。
どうしてもと進められたら食べるが、自分からは手に取らない。
手に匂いがつくのが嫌なのかもしれないな。
「はぁ……追いつく努力をしなさい」
「そ、そろそろ終わらせないか?」
「まだ1キロぐらいしか走れてないわよ」
華恋は私に特に厳しい。
自分も自由に使っているからというのもあるだろうが、少しはこの老人みたいな女にも優しくしてほしいものだ。
「仕方ない、今日はここまでにしましょう」
「私はもっと走っても良かったけどね、俊子さんが帰ってくるまでにはもう少しかかるし」
「でも、言い出しっぺがこんなんだからだめよ」
すまない……明日からひとりで走ることを決めたから勘弁してほしい。
「悔しいのはこんなのでも太ってないことよね」
「おい、気軽に触るな」
「胸だってあるし、細いし、童顔だからモテそうだし」
「ふっ、私がモテそうだと? そんなわけがないだろう!」
「そうよね、見た目は良くても中身が悪いものねえ」
中身を否定されることの方が辛いと今日初めて知った。
志帆が慌ててフォローをしてくれたが、彼女はいつだって逆効果になっているということを知らないから残酷だ。
「よせ、いいのだ志帆」
「涼……」
「大丈夫だ、こう言われたところでなんともない」
とにかく明日から頑張ることにしよう。
「涼ちゃんっ、お姉ちゃんが帰ってきましたよ!」
「ああ、見ていれば分かる」
姉はどうしても外を集合場所に選択してくる。
曰く、こういう集まり方をしていた方がこれからデートをするみたいでいいから、だそうだ。
姉がおかしなことを言うのはいまに始まったことではないから気にする必要はない、それに今回はこちらにも驚かせる話があるからな。
「たっだいま~!」
志帆にはリビングで待ってもらっている。
両親は今日も仕事だからさぞ驚くことだろう。
「おー! きみが志帆ちゃんだねっ?」
「はい、佐竹志帆と言います」
あれ、なんかもう知っているような様子だ。
……つまらないな、たまには驚くところが見たかったのに。
「涼ちゃんのお部屋で寝ているんだよね? 私の部屋を使ってくれればいいのにー」
「涼……さんが自分の部屋で寝てほしいと言ってきたので」
確かにそう、私は志帆に自分の部屋で寝ろと口にした。
理由はひとりになってほしくなかったから。
だが、もう慣れているのなら姉もいいと言ってくれていることだし姉の部屋で寝てもらうのも悪くはないかもしれない。
「私の部屋で寝なよ! ね?」
「姉の言う通りだ、そろそろ慣れてきただろう?」
「でも……寝るときも誰かといたいです」
「分かる! 私も涼ちゃんと寝たかったもん!」
拒み続けていたら夜中に勝手に入ってくるようになったから許可をするしかなかった、流石に夜中に急に入られたらかなり怖いからな……。
「よし、それなら引き続き涼ちゃんのお部屋で寝ればいいよ」
「ありがとうございますっ」
「可愛いなーもう!」
分かったことは姉はやはり対人能力が高いこと。
志帆もどこか安心した様子で会話をしていた。
学校で見たことがあるから不安もあまりなかったのかもしれない。
「さてと、ご飯を作っちゃおうかな~」
「だ、だめですよっ、俊子さんに怒られてしまいますよ?」
「だから共犯ねっ、一緒に頑張ろうゼッ」
巻き込まれたくないからこちらは部屋に戻った。
やはりこれならいちいち迎えに行く必要はない気がする。
「もしもし?」
「おっそいっ」
「いま姉を迎えに行っていたのだ」
携帯を携帯しなければ意味ないと怒られてしまった。
休日でさえぷりぷりしやがってと切ろうとしたら更に怒られた。
「え、あんたの姉ってどんな?」
「少し待っていろ」
1階に戻って姉に携帯を手渡す。
姉は能力の高さを華恋にも分からせてから返してきた。
耳に当ててみると少しだけ慌てたような感じの彼女が。
「きゅ、急に代わってんじゃないわよ!」
「はははっ、とにかく私の姉はあんな感じだ」
「……あんたとは全然違うのね、驚いたわ」
「血は繋がっているぞ、まあその通りだがな」
用件を聞いてみたら特になにもなかったらしい。
それだったら電話でなくてもメッセージでいい気がする。
「志帆は?」
「いま禁断な行為をしている」
それでも怒られるのは恐らく姉だけだろうな。
私でも志帆が単独でやったとは思わない、姉を知っているからだ。
だから精々、姉の頭にたんこぶができるだけで終わると予想した。
「ね、いまから会えない?」
「暇だから構わないが、志帆も連れて行った方がいいか?」
「いいわ、あんただけで十分よ」
それなら夜ご飯の前に走って腹を空かせておくことにしよう。
ふたりにきちんと言ってから家をあとにした。
ちなみに志帆に聞いてみたが行くとは言わなかった。
「ごめん、いきなり呼んだりして」
「構わない、母が怒るところを見たくないからな」
「調理をするってそんなに怒られることなの?」
やはりそうだよな、普通は手伝わなくて怒られるものだよな。
なのに家では無駄な拘りがあるから困ってしまう。
朝だってしっかり作ってくれているし、弁当だってそうなのだから大人しく子ども組に任せてもらいたいものだが。
「どうしようか」
「なにも決めてないのか?」
「特にないわね」
外は寒いのだからもう少し考えていただきたい。
特にないのなら通話していれば良かっただろうに。
「ちょっと手が冷えているから握ってもいい?」
「ああ、それは構わない」
冷えていると口にしているが想像以上に温かった。
片腕だけではあっても誰かに触れているというだけで安心できる。
人工的な暖房機器みたいなものだな、しかも相手が生きている限り無料なのだからすごい話だった。
「ベンチにでも座る?」
「それならベルが見たい、あの空間は快適すぎる」
「それなら来てもらえば良かったわ……寒くて仕方がないもの」
自分が動かない前提になっているのは良くないと思うが。
とにかく移動する、ベルに会えればそれで十分。
「……やっぱりベルは今度でいいよ」
「元気じゃないのか?」
「ほら、この時間は寝ているからさ、邪魔したら悪いじゃない?」
確かにストレスになってしまったら結果的に見られなくなってしまうから駄目だな、彼女の言う通りベンチでも探して座ることにしよう。
「見つけた、近くにあって良かったわね」
「そうだな」
どうして寒い中同性と手を繋いでベンチに座っているのかという疑問。
これまでベルが寝ていようが招いていた人間が言うべきではない。
「あ、飲み物を買ってあげるわ」
「ありがとう」
やはり華恋からは別に拒もうと思わないな。
付き合わせているのだからそれぐらいして当然だと考えている。
……性格が悪いのかもしれないがなにかがあってもいいだろう。
「はい」
「感謝する」
温かい紅茶を飲んだらほっとした。
ちなみにまた手を掴まれていた、温かいから別にいいが。
「涼、あんたの家は仲がいい?」
「仲はいいな、母が調理だけはさせないようにしてきているだけだ。あ、契約だから志帆にだけは手伝わさせるがな」
「私もお父さんとは仲がいいわ」
「母親とは? ――あ、いや、すまない」
両親と仲が悪い自分というのが想像できなかった。
というか、嫌われないように頑張ると思う。
第三者に嫌われるのとは全然訳が違う、多少の努力は必要だ。
「だからベルがいると助かるのよ」
「そうかもな、喧嘩したときなんかにも優しくしてくれるからな」
ベル側はどう考えているのかは分からないものの、複雑な心をもふもふに触れて癒やすことができるのは大きい。
それ以外だと思いきり散財をしたり、思いきり食べたりとかしかなくてきっと後悔することばかりだろうからな。
「……あんたに冷たくされたときもベルに触れて癒やされたのよ?」
「冷たく?」
「……謝罪すら聞いてくれなかったじゃない」
「いや、あれは謝る必要がなかっただけだ」
彼女の言っていたことはもっともなことだった。
ベルに触れることで癒やされようとするのはいいが、ベルの気持ちなんかなにも考えていないことになってしまう。
近づいて来てくれているからって歓迎されているというわけでもないだろう、自分のテリトリーを守っているだけかもしれない。
なのになにも考えず気軽に触れてはこちらばかり得をしているわけで、それならせめてベル側にもなにかメリットがなければならないわけだ。
だが、そこで難しいのがまともな意思の疎通が大変なこと。
「とにかく、自分が他を優先すると発言したのだから守れ」
「……嫌よ、なんであんたのところに行ったらだめなの?」
「そんなことは言っていない、優先順位を変えてくれ――」
「聞けないわ、私は自分の意思であんたのところに行っているんだから」
自分の意思で他を優先すると言ったのではないのかという疑問。
あの場を切り抜けるためだけに口にしたと?
じゃあその後のあれはなんだ? 急に冷たくなったのはどうしてだ?
「あんたのところに行くわ、志帆は受け入れて私だけは拒むの?」
「だから拒むなんて言ってないだろう」
「ならいいじゃない、私がどう選択しようが」
「……分かった、もうこの話はこれで終わりにしよう」
女心というやつが分からなかった。
自分も女のはずなのにどうしてだろうかと内で呟いた。
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