07話.[迂闊さ、軽率さ]
「水嶋さんっ」
ああ、結局こうなるのか。
ま、志帆や華恋を取られたくないという気持ちも分かるが……。
「なんだ?」
「別になにもないよ?」
「なにかなければこうして来たりはしないだろう」
春というわけでもない、なんなら2年の12月になろうとしているところなのに白々しい。
はぁ、志帆はともかく華恋と関係を持ったのは間違いだったな。
こいつの場合、志帆のことはどうでもよさそうだ。
「それなら言わせてもらうけど、華恋とどういう関係なの?」
「どういうと聞かれても困るな、友達ですらないのだから」
「友達じゃないのにわざわざその子のところに行く?」
放っておけない難儀な正確なのだろう。
別にこちらは頼んでいない、私はベルを求めているだけ。
それに何度も来なくていいと言っているのにあれだからな。
「お願いだからさ、華恋を取らないでほしい」
「そんなことが言いたくてわざわざこんなところに来たのか」
たまにはと教室以外で食べていたというのに。
「分かった。だが、志帆になにかをしたら許さないぞ」
「大丈夫だよ、志帆のことは気に入っているもん」
「ならいい、自分から近づかないようにすればいいのだろう?」
元から学校では志帆にも華恋にも近づいていないのだから。
ま、大丈夫だろう、華恋みたいなタイプは人に嫌われることを恐れるものだからな、どうでもいいなんて所詮口先だけでしかないのだ。
「いや、そんなことを言うつもりはないよ」
「は? それならわざわざ探した意味がないだろう」
「違う違う、遊びに行きたいときに横取りしてくれなければいいよ」
彼女は少しだけ歩いてから「華恋が来てくれるかどうかは分からないけど」と口にした。
なるほど、これは華恋になにかを言ったことになるな。
「華恋はさ、面倒見がいいから引っ張られちゃうんだよ」
「確かにそうかもしれないな」
「だから志帆とか水嶋さんを見ていると構っちゃうっていうか」
「私はいいと言っているのだがな、志帆や他を優先しろと毎回言うのに聞かないのだ。だがこの前、ついに他を優先するって言質を取れたから私は満足している」
こういうごたごたに巻き込まれるのが面倒くさいから他者とあまりいないようにしていたのだ、なのに結果はこれ、残念すぎる。
いま思えばあの猫耳を安易に装着したことが影響しているわけで、大して気にならないからって気軽にやってはいけないということが分かった。
それに猫好きと言っても所詮は犬よりかは好きといったぐらいだ。
ベルに会えたことは大きいがデメリットもないわけじゃない。
「縛れなんて言うつもりはないが、積極的に誘えばいいだろう? そうすればそちらを優先するさ、志帆だって同じだ」
「そういえば志帆が水嶋さんの家に住んでるってほんと?」
「ああ、それは事実だ」
不安になった母があの子の両親に連絡して正式に許可を貰った。
そうだよな、下手すりゃ誘拐とかで犯人になってしまうからな。
許可する云々という紙もきちんと送ってもらったみたいだし、安心できたのかより仲良くするようになっていた。
志帆もどもったりはしないようになってきたからいい変化だろう。
「その割には学校で話してないよね」
「仮に私が志帆といたら怒るのだろう?」
「怒らないよ、何度も言うけど遊びに行きたいときにこっちを優先してもらいたいだけだから」
どうせ家で話せるのだから外でしか会えない人間を優先してほしい。
特に華恋とは仲良くしたいと本人が口にしていたのだから余計に。
私にできることはそれぐらいだった。
「戻ろう、もう昼休みも終わる」
考えていたよりも平和に終わってしまった。
面倒くさいことにならなくて済んだのはいいことか?
私のせいで志帆や華恋になにかされても嫌だからいいと考えよう。
「りょ、涼っ」
「私の席に座ってどうした?」
こんなことをされたのは初めてだ。
いやまあ、志帆よりはお節介焼きで構ってちゃんだからこれまでも来ていたには来ていたが。
「今日の放課後は残っていなさいよ?」
「約束はないのか?」
「約束はないわよね?」
「だね~、今日はみんなも予定があるって話だし」
「そ、だから残っていなさいっ」
そういうことなら残るとしよう。
早く帰ったところで母はいないし、母は志帆にしか手伝わせない。
たまには娘に手伝わせるべきだろうに、なにを考えているのだか。
そのため、時間をつぶせるのなら利用させてもらう。
なにより実際、こうして許可が下りたのだから問題もないだろうから。
さて、華恋はなにをしたいのか。
こっちを悪く言いたいのか、この前のことを気にしているのか。
幸い、考える時間は2時間以上あったが、
「分からないな」
他人の思考を予想しようとしたところで無意味なことを知る。
それにそこまで興味がないのが影響していた。
「なにが分からないのよ」
「お前のことだ」
同情してくれなければなにを言われようが構わない。
「華恋じゃーねー」
「うん、じゃあね」
「華恋、涼、先に帰ってるね」
「あんた気をつけなさいよ?」
「こいつの言う通りだ、気をつけるのだぞ」
彼女は勝手に横の席に座った。
頬杖をついて微妙そうな表情を浮かべている。
「……この前は悪かったわね」
「なんの話だ?」
「可愛げのないことを言っちゃって」
「面白みもないというのは本当のことだ、いちいち謝らなくていい」
ベルだって頻繁に来られたら困るだろう。
いるだけでストレスを与えているかもしれない、慣れない人間がいるというのはそれに繋がる可能性がある。
「だが、なにも分かっていないなお前は」
「は、はあ? なにが分かっていないって言うのよ」
「こうして来るなと何度も言っているのだ、しかもお前は他を優先すると口にしたのだぞ? なのに結局はこれか?」
「謝りたかったのよっ、悪いことじゃないでしょっ」
「私のことについて変な風に考えるな、他を優先しろ」
……利用させてもらっておいて言うのは少し勝手が過ぎたので帰らせてもらうことに。
はぁ、意固地になってもいいことはなにもないと分かっているのにどうして私も突っぱねてしまうのか。
プライドが高いのかねえ。
誰かに指示をされて変えることが嫌だったり、誰かといることで無自覚に甘えてしまうところを直視したくなかったりもするし。
「はぁ、涼くんはだめだね~」
「分かる、最近は私もそう思う」
嫌だ嫌だ、自分が面倒くさくて仕方がなかった。
「侑夏みたいな人間だったら対人で問題なんか起きないだろうな」
「いや、そこまでではないけどね、どうしたって意見が合わなくて言い合いになったりすることもあるよ? 俊子とだって何回も衝突したし」
「というか最近は全く来ないな」
「忙しいんだよねー、最近さー」
まだ志帆の件は言っていないから驚くだろうな。
あ、寧ろ侑夏には言っておくべきだったか、担任だからな。
というわけで事情を説明しておいた。
「え、そうなの!?」と物凄く驚いていた。
「とにかくお疲れ様、肩を揉んでやろう」
「ありがとー」
少し触れただけで激務だということが分かる。
ただ、いまは少し休憩中だったみたいだ、廊下でなにをしていたのかは聞きたくもないが。
「気持ちいー……なかなかマッサージなんてしてもらえないしね」
「侑夏はひとり暮らしだからな」
「そうそう、だからたまに両親に会いたくなるよ」
志帆の家を見てからはあの家に暮らせることや、あの両親が自分の親であることが幸せだと気づけた。
だから少しでも志帆に味わってもらいたかった。ただ、どういう理由でひとりで暮らしていたのかが分からないのが少し不安でもある。
それでもあっさり許可をしたことや、特に長時間話していたというわけでもなかったことから、あまり仲がいいわけではなさそうだ。
「たまには帰ったらどうだ? それが無理なら私の家に来るといい、母さんだってたまには侑夏と話したいだろうしな」
「クリスマスイブは一緒に過ごそうって話をしてるんだ、いいでしょ?」
「そうかもな」
父より友達を優先するのか……と娘としては少し複雑だった。
でも、凄く嬉しそうだったから水を差すようなことはしなかった。
華恋ではなくよく分からない女が来るようになった。
「水嶋さんは放課後暇でしょ?」
「まあ、特にすることはないが」
誘われなければ適当に時間をつぶして帰るのが常だ。
だが、断定されるのはそれはそれで複雑だということを知る。
「だったら一緒に鬼ごっこやろ」
「え」
何故か数分後にはそういうことになってしまっていた。
しかも律儀に体操服に着替えてからやるという徹底ぶり。
その中には珍しく志帆も華恋もいると。
「学校敷地外に行くのは禁止だからね」
「待ってくれ」
「はい、水嶋さん」
……勝手に鬼にされてしまった。
まだ幸いな点はみんなが真剣に逃げ始めたことだろうか。
この中で言えばやりやすいのは華恋だからと追っていたのだが。
「はぁ、はぁ……」
自分の体力のなさを分かっていなかったみたいだ。
なので逆に華恋の方から近づいてくるという煽りっぷり。
「はい、タッチしなよ」
「舐めるなっ、自力でやらなければ駄目だろう!」
「いや、言っていることはいいんだけどさ、そんなにぜえはあと疲弊されている状態で言われても格好つかないから」
くっ、彼女の言っていることはもっともなことだ。
情けないことこのうえないがみんなのためにも代わってもらった。
この状態ですぐにこちらをタッチするなんてことはなく、華恋は「休んでいなよ」と呟いてから走っていってしまう。
「涼」
「華恋はどうした?」
「ちょっと話がしたくて、いいかな?」
構わないと言ったら横に座ってきた。
志帆はいつも落ち着く匂いがする。
好みというわけではないが、香水を使用していないからいい。
「私、涼のためになにかできることはないかなってずっと探していたんだけど見つからなくて……だから聞くけど、なにをしてほしい?」
「それなら華恋やグループの仲間と仲良くしてほしい」
「それは頼まれなくてもしているよ、私が言いたいのは涼にとって――」
「それならなにかが起きない限りあの家にいてくれ」
姉がいるときみたいに母が楽しそうでいいのだ。
「見つけたっ」
「に、逃げるね! 涼はよく考えておいて!」
だから家にいてくれればいいと言っているのに。
私はもう抵抗したりすることなく最初からギブアップモード。
どう考えてくれたのかは分からないがスルーしてくれた。
「涼、あんた素直になりなさいよ」
「素直になれないのは華恋だろう」
「私は素直よ、だから志帆達と一緒にいるじゃない」
志帆にしてほしいことなんて決まっている。
「私は志帆が楽しそうにしていてくれれば十分だ」
「はぁ、謙虚過ぎてもだめなんだから」
「ちなみに華恋にはベルを触らせることを要求する」
「なんで私にはそういうこと言えるのよ!」
それは華恋みたいに好き勝手言わないからだ。
その点、良くも悪くもなんでも言える彼女にはこちらもなんでも言えてしまうというわけで、わざわざ説明させずに理解してほしいものだ。
「ベルも嬉しいはずなのだ、私みたいな人間に触れられてな」
「面白みもないとか言っていたあんたはどこ行ったのよ」
「自己評価を改めたのだ、卑下しているよりいいだろう?」
彼女は納得できないといった表情を浮かべていたものの、その後どうしようもなくなったのか頷いた。
「それより華恋、最近は調子に乗っていたな」
「は、はあ? そんなこと――だ、だからだめだってっ」
少しだけ黙らせておく。
これでまた同様の態度で接してくるようなら欲しがり認定をしよう。
潜在的にMなのかもしれない、そういえばどこかで見たことがある。
「はぁ……はぁ……」
「学校でなんて顔をしているのだ」
「だ……れのせいだと思ってんのよ!」
ジャージの上着を顔にかけておいた。
こちらは少しやる気を出して鬼を探す旅に出る。
「ターッチ」
「そうか」
どうせなら志帆を狙ってみよう。
探していたら割とすぐの場所で彼女を見つけた。
警戒されないように、そして物凄く疲労している感を出して近づく。
「あ、お疲れー」
「ああ、いま鬼が誰か知っているか?」
「分からない、さっきからお花を見ていたから」
そうか……この状態でタッチするのは申し訳ないが。
しゃがんでいる彼女を後ろから抱きしめて耳元で囁いてみた。
「え……お、鬼だったの?」
……やめよう、罪悪感が半端ない。
あと、女としてドスルーされるとかなり複雑だった。
「すまない、いまのはなかったことにしよう」
「え、いいよ? だって涼が鬼だったんでしょ?」
しかも気を使われるという始末。
終わった後に華恋に説明したら滅茶苦茶笑われたのでむかついたから真っ赤にしておいた。
「はぁ……」
「ご、ごめんね、なんか期待通りじゃなくて」
「志帆、ナチュラルに煽るのはやめろ」
「え、ちがっ、私は本当にごめんって……」
「もういい、それ以上謝られると人として心が死ぬ」
もういい、今日こそは手伝わせてもらおう。
そうでもしないとやはり心が死ぬ、流石に母もそれはできまい。
「え、駄目よ」
「理由を聞いてもいいか?」
「私が駄目だと思うから」
ああ……手伝えないことが何故こんなにも辛いのか。
本来であれば楽で最高なはずなのにどうして。
どうして私はにこにこと楽しそうに手伝いができている志帆を羨ましいと考えてしまっているのか。
「はぁ……」
「母さんはその気持ちだけでありがたいんじゃないのか?」
「普通はやってもらおうとするだろう?」
「いいじゃないか、押し付けようとしているわけではないんだから」
寧ろ押し付けてもらいたいのだが。
区切りをつけるためには大切だった。
特に今日みたいにやらかしたときなんかにはな。
……まさか完全にスルーされるとは思わなかったのだ。
思いきり拒絶されたとかではないからそこを喜んでおくべきか?
違う……私の迂闊さ、軽率さが最近やばいことに困っている。
ああいうスキンシップはやめておこうと決めたのだった。
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