09話.[そういうつもり]

 どうせなら姉のことも紹介しておいた。

 その後は怒られている姉を見ながら志帆と夜ご飯を食べて。

 食べ終えたら風呂に入って、敢えてアイスを持って部屋に戻った。


「おかえり」

「ああ、ただいま」


 華恋のことで気になっていることがある。

 志帆も手を繋ごうとしてくることもあるからそれがそういうことに該当するということではないだろうが、問題はわざわざ外を選択した理由だ。

 通話のときからそうだった、敢えてふたりきりを選択したのは怪しい。

 そもそもあいつは急に外で会おうだなんて言う人間ではなかったはず。


「ほら」

「ありがとー」


 ……考えたところで華恋の気持ちなんか分からないな。

 いまは布団に入りながら敢えてアイスを食べることに専念しよう。


「華恋とどういう話をしていたの?」

「特になにもないぞ、私が冷たいとか訳の分からないことを言ってくれただけだな。志帆はどうだ? 同じように思うか?」

「ううん、思わないよ」


 志帆には最初以外強気な姿勢ではいられなかったから当然ではある。

 その点、華恋にだけは良くも悪くも真っ直ぐに接していたから色々な面を知られているわけだからな。


「華恋の好きな人って涼かな?」

「どうだろうな」


 このタイミングで積極的に来られるとないとも言えない。

 もちろん自惚れの可能性はあるものの、そうでもなければ他を優先しろと口にしたときに嫌だと口にしたりはしないだろう。


「だが、そうなったときに志帆は納得できるのか?」

「どういうこと?」

「だって華恋と仲良くしたいと言っていただろう? こんなことを想像して言うのもあれだが、もし私をそういう意味で求めるのなら志帆との時間は減ってしまうかもしれないのだぞ?」


 その人間を誰かが好きだという可能性が高いから恋というのは難しいところがある。

 それにもし志帆が納得できてもあいつは華恋を取らないでほしいと衝突してくるだろう、……いいことばかりではないではないな。


「それは涼次第だからね」

「私次第と言うが、そもそも好きかどうかも分からないからな」

「私は好きだよ」

「はは、嫌われるよりは嬉しいな」


 そういえば華恋とまだ友達になっていないことを思い出した。

 月曜日になったら直接友達になろうと言うか。


「じゃなくて、そういう意味で好きだよ」

「……じょ、冗談だろう?」

「だって助けてくれたもん、格好良かったもん」

「……もし断ったら出ていくとか言わないよな?」

「言わないよ? 涼達といたいから。それにそんなの脅しみたいで嫌じゃん、それに仮に受け入れてもらえなくてもいいんだ」


 あまりに混乱しすぎて馬鹿なことを聞いてしまった。

 そういう冗談を言う人間ではないことは分かっていたのに。


「すまない、まだ答えられない」

「うん、結果がどっちであってもいつか教えてね」


 まさかこんなことで悩む日がくるとは。

 頼むから華恋のそれがただの想像であってほしいと思う。

 どうしたって告白して振られたりなんかしたら空気が変わる。

 いままでみたいに自然な状態でいられなくなるのはごめんだぞ。

 だからといって受け入れるなんてそんなことはできない。

 勢いだけの可能性もある、それに勢いだけで決めると後悔するから。


「あ、溶けちゃうよ?」

「あ……ありがとう」


 言い訳みたいになってしまうが好かれるためにやったわけじゃない。

 布団だってそう、寒そうで仕方がなかったからあげただけだ。

 家に招いたのだってそう、食材がなさすぎて無理そうだったから。

 友達に元気な状態で生きてもらいたくてしただけであって、そういう下心みたいなのはなかったのだ。

 ……優越感に浸りたい心なんかはあった可能性もなくはないとはいえ、根本的なところでは変わらない。


「最初の私みたいになっちゃってるよ、私はべつに涼を困らせたくてあんなことを言ったわけじゃないからね? 自己満足なのは確かだけど、言っておかないと後悔しそうだったから」

「ああ、嬉しいよ、こんなことこれまでなかったからな」


 小さい頃は求められたこともあった気がする。

 それでも精神が大人になるにつれて人といるのが億劫になっていったというか、人付き合いの難しさに気づいて見ているようになったというか、対人能力が高いわけではないからそれしか選択できなかったというか。

 同じ言葉でも人間によって捉え方が代わってしまうのが大変だ。

 いい言葉でもタイミングを見誤れば煽りと捉えられてしまう。

 傷ついて落ち込んでいるときに優しい言葉を投げかけても、私と同じように同情心を向けてほしくないという人間もいるし、馬鹿にしていると考えてしまう天の邪鬼の人間もいる。

 もちろん、完全に他人との関係を絶つことなど無理だし、私でもひとりでいると寂しいと感じるときはあって。

 いまみたいに志帆や華恋が来てくれると楽しいと思える。


「明日、華恋を誘ってお出かけしてみれば?」

「志帆はどうするのだ?」

「明日は俊子さんのお休みの日だから一緒にお出かけするんだ!」

「そうか、それなら楽しんでこい」


 姉が帰ってきたみたいで嬉しいのかもしれない。

 慣れたらいい笑みを浮かべられるタイプだから余計に。

 それならこちらは華恋に会ってくるとするか。

 結局ひとりでいたらうだうだ考えて終わってしまうだけだろうから。

 学校で話して、家に帰って電話して、直接会って別れて、また電話とは私らしくない1日になってしまうが。


「もしもし?」

「明日会おう」

「……あんたから誘ってくるなんて珍しいじゃない」

「明日は志帆もいないからな、暇でしょうがないのだ」


 敢えて可愛くない言い方をしてみた。

 暇つぶしのためにお前を利用させてもらうなんて。

 わざわざそんな言い方をしなくてもいいのにな、やはり変なところでプライドが高いのだ。


「それなら明日は私の家に入れてあげるわ」

「ああ、ベルを触りに行く、ベルに言っておいてくれ」


 頼むからなにもないままで終わってほしい。

 志帆から告白されたことは言うつもりでいた。

 どうなるのだろうな、そもそも明日で終わるのか?

 志帆をずっと待たせたくはないし、答えられるなら早い方がいい。


「消してくれ」

「……まだいいじゃない」


 アプリを利用しているから通信費もそこまでかからないか。

 華恋が満足するまで続けておいた。




「邪魔するぞ」

「うん、入って」


 世話になるにはいかないからと昼ご飯を食べてからにした。

 だが、その際に食べすぎて動きたくないのと、短距離ではあったものの寒い外からやって来たのもあって眠たくなってしまい……。


「ちょ、なんでいきなり寝ようとしてんの……」

「すまない……眠たくてな」

「……もしかして寝られなかったとか?」

「いや、22時から7時まで寝たぞ」

「なによそれっ」


 ベルは元気に歩き回っている。

 この常に暖かい空間でベルは贅沢者だなと転びながら呟く。


「な~」

「一緒に寝てくれないか?」


 試しに言ってみたら腹の上に乗って丸まってくれた。

 最高すぎる、いまばかりは猫派で良かったとしか言えない。

 しかも私は家族でもない余所者だぞ、……これはもう華恋達を褒めるしかないようだ。

 愛情を注いでいるからこそベルも他人に同じことができるということ。


「寝ないでよ」

「……それなら華恋が起こしてくれ」

「……分かったわ」


 彼女は何故か手を握ってこくりと頷いた。

 え、まさかこれで起きると思ったのかと困惑していたら横に同じように転ばれてしまうという流れに。


「……これで起きてる?」

「いや……寧ろ眠たくなるだろうこんなの」


 床に接している背中や足は暖かい。

 でも、毛布などをかけているわけではないから手などは少しだけ冷えているままだったのだ、だがそこに彼女が来て変わったことになる。

 それになにより昨日も考えたことだが人の体温というのは安心できるものだ、華恋はなにも分かっていないようだな。


「それなら寝ればいいじゃない、ベルだって寝ようとしているんだし」

「矛盾しているぞ……」

「ブランケットを持ってくるわ」


 彼女が持ってきたブランケットを自分達の上にかけてもベルが驚いて移動する、なんてことにはならないまま昼寝をすることになった。

 馬鹿だったのはそのまま本当に18時ぐらいまで寝てしまったことだ。


「お。起きた」

「こ、こんばんは」

「こんばんは」


 彼女の父と出会ってしまった!?

 慌てて華恋を起こそうとしたら「寝かせておいてやろう」と言われてしまいなにもできずに終わってしまう。


「か、帰りますっ」

「慌てなくて大丈夫だよ、なにかがあるということならしょうがないが」

「……特にないです」


 携帯をチェックしてみたらまだ帰るまでに時間がかかるということだった、父も何時になるのかは分からないし慌てて帰るのは違うな。


「それより君は初めて見たな」

「あ、水嶋涼と言います」

「あ、なるほど、華恋が話していたのは君のことだったのか」


 華恋のやつ、父になにを言っているのだ?

 それよりこいつを起こしたい、ベルとすやすや寝ている場合じゃない!


「寝ていると可愛いよなあ」

「整っていますよね」


 寝ていると可愛いというのは同意できる。

 口を開けば小言しか聞こえてこなくなるから。


「でも、華恋は素直じゃないからな」

「分かります、普段一緒にいると物凄く。でも、優しい人間であることも確かなので一緒にいたいと言いますか、なんだかんだ言ってもいてくれないと寂しいと言いますか」


 自由に言い合える仲というのは心地いい。


「はは、ありがとう」

「え」

「ごめんな、ついつい話しかけてしまって」

「気にしないでください。あ、それより寝ていてすみません」

「気にしなくていい、それにリビングから消えるから安心してくれ」


 いや、それならこちらが消えれば良かったような気が。

 とりあえずは彼女を無理やり起こ――そうとしたらもう起きているようだった、顔が赤いのはブランケットを主にこちらにかけていたせいで冷えたからだろう。


「いま、華恋の父と喋った」

「……うん」

「というわけで、私はもう帰るから父と過ごして――どうした?」

「全然喋れてない……」

「ははっ、私達は馬鹿みたいに寝てしまったからな」


 昼寝の域じゃない、もう本格寝と捉えることもできるぐらいだ。


「だが、ここではやめよう、華恋の父に迷惑をかけてしまう」

「うん、それなら部屋に行こう」


 なにかを言うでもなくベルは勝手に付いてきた。

 部屋主が扉を開けてからは抱いて中に入らせてもらう。

 綺麗な部屋だ、あまりここで活動しないのか家具などは少ないが。


「実はな、志帆から告白されたのだ」

「え……そ、それでどう答えたのよ?」

「保留にさせてもらった、すぐに答えるなんて無理だからな」


 分からないでいる華恋から聞いてみない限り前に進めない。

 仮にここでなにも言われなくてもすぐに答えられるわけではない。

 きちんと考えて、そのつもりで行動を開始するつもりだった。


「……なんでよ、受け入れてあげれば良かったじゃない、どうせあんたを好きになるのなんて志帆ぐらいしかいないんだから」

「私もそう思ったのだがな、最近、よく分からない態度を取る女子といるから分からなくなってしまったのだ」


 遠回しなのは面倒くさいからお前だがなとネタバラシもしておく。


「はあ? 私があんたのことを好きになっているとでも言いたいの?」

「違うのか?」

「違うわよっ、あっ、好きな人がいるとか言ったから勘違いさせてしまったのかしら!? 悪かったわね、あんたが好きとかじゃなくて!」

「そうか、なら志帆とそういうつもりで仲良くするとしよう」


 ……嘘ではないよな?

 後から実は好きだったとか言ってこないよな?

 

「なんで保留にしてまでここに聞きに来たわけ?」

「志帆が言っていたのだ、言えなかったら後悔すると」


 いいのか? このまま帰ってしまっても。

 こちらから見る限りでは馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな様子だが。

 そうでなくても華恋は素直じゃない女だ、出ていった後どうなる?


「だが、私の勘違いだったのなら問題はないな、それじゃあもう帰るとしよう」


 ……どうなるって彼女がこう言っているのだから信じてやらないとな。

 良かったじゃないか、願った通りなにも言ってこなくて。

 これで心置きなく志帆と仲良くできるのだから。


「……待ちなさい、なんで受け入れようとしなかったの?」

「何度も言わせるな、勘違いをしてお前が私のことを好きだと考えてしまったからだ」

「待ってよ、じゃあもしここで好きだって言われたらどうするつもりだったの?」

「はぁ……」


 意地が悪い女だ。

 そうなったら保留にした自分がクソだったで終わる話だろう。


「そうしたらそういうつもりで仲良くしようとするさ」

「な、なんでよ、志帆の方がいいじゃないっ」

「待て、勘違いじゃなかったのか?」

「……違うわよ」


 もっと分かりやすく否定をしてもらいたいものだ。

 結局のところ勘違いだったのか、実際はやはりそうなのか。


「あんたが好き!」

「どうしてつまらない嘘をついた、それでもし私がなにも聞かずにすぐに帰ってしまっていたらどうしていたのだ? ひとりでこの部屋で縮こまって泣いていたのか?」


 もういい、どこを好きになったのかはどうでもいい。

 彼女は確かに好きだと答えた、それだけで十分だった。


「分かった、それなら志帆には断っておこう」

「ま、待ちなさい! ……いいわよ、志帆の要求を受けいれてあげれば」

「本当か?」

「あ、当たり前じゃない、し、志帆の方が相応しいんだから」

「それなら帰って伝えよう、それではな」


 ベルは彼女に任せて家を出ることにした。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとう、またいつでも来てくれ」

「はい、失礼します」


 その前にしっかりと挨拶をしてからではあるが。

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