第6話 解決編

   

「どうしたのです、赤羽根あかばねさん。今さら……」

 文句を言いながらも、ヒルカワ氏は要請に応じて、関係者を屋敷の応接室に集めてくれました。

 辺周べしゅう警部たち警察の面々、ヒルカワ氏の弟子たち、さらに屋敷の家政婦たち。大勢の人々を前にして、赤羽根探偵が語り始めます。

「最後に一輪の花がなかったのを、怪盗の失敗と判断しましたが……。そもそも最初の予告状の段階で、微妙な違和感がありました。いつもは薄い封筒ではなく、乙女のラブレターのような、洒落た手紙だからです」

 言いながら彼が広げたのは、これまでの予告状。確かに、今回だけ封筒の雰囲気が違います。

「でも、封筒はあくまでも封筒です。肝心の中身は……」

 さらに、予告カードを並べました。

「……どうです? 並べると明らかでしょう?」

「何が明らかなのだ? さっぱりわからん」

「そうですか。では……」

 困惑顔のヒルカワ氏に対して、赤羽根探偵は解説します。

 紙の大きさは同じでも、厚さが微妙に違うこと。書かれている文字フォントも、似たタイプだが同一ではないこと。

「つまり、この予告状は偽物です。フラワー・シーフが出したものではありません」

「何だと! では、私の『赤い瞳の涙』を盗んだのは誰だ?」

 叫ぶヒルカワ氏に対して、赤羽根探偵は冷静に告げました。

「あなたですよ、ヒルカワさん。犯人は、あなたです」


 最初から宝石盗難事件はなく、全てはヒルカワ氏の狂言。あの日、最後にルビーを金庫へ入れる際、そう見せかけて袖口あたりに隠し込んだのは、マジシャンの十八番である手口。

 それが、赤羽根探偵の推理でした。

「こうしてあなたは、一億円の保険金を騙し取ったのです」

「馬鹿な妄想だ! 何を証拠に……」

「ヒルカワさん、よく見てください。一見ここには全員揃っているようですが、一人足りないと思いませんか?」

 彼の言葉が合図だったかのように、タイミング良く、応接室のドアが開きました。

「るいと先生! ありました!」

 ここに全員が集まった隙に、彼の指示で屋敷中を探し回っていた蘭華らんか助手です。彼女の手には、赤いルビーが、大切に乗せられていました。



 後日。

 警察の取り調べで、ヒルカワ氏は白状しました。

 マジシャンとしては有能でしたが、タレント事務所の運営には向いておらず、経営は火の車だったそうです。

 可愛がっている二代目ヒルカワを売り込むためにも、お金が必要でした。テレビ局の有力者の中には、接待だけでなく露骨な賄賂を要求する者も多かったのです。

「フラワー・シーフから予告状が届いたそうですね。今のあなたには過ぎた代物しろものだが、盗まれたら目も当てられない。もう盗まれたことにして保険金をもらい、軍資金にしてみては?」

 そのようにそそのかす女性プロデューサーもいた、とヒルカワ氏は証言しました。

 しかし問題の女性は、ヒルカワ氏と会ったこと自体を否定。そもそもこの件は、予告状が本物だったという前提における話なので、警察はヒルカワ氏の偽証と判断しました。

 しかもその後の調査で、ヒルカワ氏の『赤い瞳の涙』には噂ほどの価値はなく、安物の合成ルビーだった、という事実も判明しましたが……。



「また一つ、コレクションが増えたわ」

 全く別の、とある秘密の場所にて。

 美しい宝石を前に満面の笑みを浮かべているのは、森杉もりすぎ蘭華という名前で赤羽根探偵の助手をしている女性。その正体は、大怪盗フラワー・シーフでした。

 彼女は今回、わざと少し違う予告状を送った後、テレビ局の人間に変装して、ヒルカワ氏に入れ知恵。探偵事務所では赤羽根探偵に解決のヒントを与えて、最後の「るいと先生! ありました!」の際には、用意しておいた偽物を出して、本物の『赤い瞳の涙』は持ち帰ったのでした。


 ただ盗むだけならば、こんな回りくどいやり方は必要ありません。

 でも敵情視察のつもりで探偵事務所に潜入した彼女は、いつのまにか、本心から赤羽根探偵を慕うようになっていました。乙女の恋心というレベルの、熱烈な想いです。

 だから怪盗として宝石を獲得するだけでなく、彼が探偵として成功するように導く必要もあり……。

 そんな難しいミッションを、大怪盗フラワー・シーフは、今回も達成させたのでした。




(「花泥棒は密かに盗む」完)

   

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花泥棒は密かに盗む 烏川 ハル @haru_karasugawa

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