第7話

 そしてその日はあっさり訪れた。


 リーチェは婚約破棄の宣言以降、なぜかカイルロッドに会うことが出来ず、ケインも目を合わせてくれなくなった。優しかったクライブにも冷たくあしらわれるようになり、三人の事情を聞きに行ったはずのトリストまでも、会えなくなってしまい、四人を探し、追いかけ、なぜか、四人ともケインの屋敷に入り浸っていることを知った。


 セラフィナ・ノーズあの女のいる屋敷に。


 醜く老いたはずの女に四人が構う理由が知りたくて、屋敷に忍び込んだ先で見たのは、


「にーたま! おかえりなしゃーい!」

「ただいま、僕のセラ!」


 ふわふわのはちみつ色の髪を揺らす小さな、小さな女の子。

 ケインはその小さい子の頬にキスをして抱きしめていた。


 ケインに妹までいたかしらと、首を捻ったリーチェは、続くカイルロッドの言葉に仰天した。


「セラフィナ、今日もかわいいね」


 小さな子に向かって、セラフィナと、その名で呼んだのだ。


「カイルしゃま! いらっちゃいませっ」


 セラフィナと呼ばれた小さい子に、カイルロッドは膝をつき指先にキスを送った。



 その言葉にリーチェの中で何かが弾けた。


「どーいうことなのよ!」


 木陰から様子をうかがっていたリーチェは叫び立ち上がった。


『リーチェ!?』


 自分から小さい子を庇うように対峙する四人の姿は、リーチェをますます苛立たせた。

 その背後で、四人の背で見えなくなったセラがぴょこんぴょこんと飛び跳ねたり、しゃがみ込み足の間からなんとか様子を覗こうとしていた。


『うっく……』


 そんな小さい子の様子を目の端でとらえ、四人は静かに悶えた。


「なんでよ! どうしてよ! 退化するって、醜く老いていく呪いだって言ってたのに! なんで子供になってんのよ! ケインもクライブも、トリストも、カイルロッド様まで、なんで、子供なのに、そんな女にかまってるのよ! なんで、全然会いに来てくれないのよ!」


 感情そのまま、あっさり犯行を自供したリーチェ。


「リーチェ! やはり君がセラをこんな姿にしたのか!?」

「リーチェのお陰だったのだな!」

「リーチェ! ありがとう!」

「リーチェ! 感謝する!」


「何でそーなるのよ!! なんでよ! そんに子供がいいなら、皆仲良く小さくなればいいんだわ!」


 リーチェは懐から手鏡を出し、四人に向けて掲げた。


「子供になってしまえ!」


「クライブ!」

「させません!」


 カイルロッドの声に応え、手を地につけクライブは呪文を唱えた。四人を囲うように光の輪が広がり、手鏡から伸びる黒い帯を弾いた。

 四人は伝えられていた。セラフィナに呪術を行った者が再びセラフィナを害する可能性があることを。

 よって敷地内は呪術への対抗策は取っていた。


「クゥにーたま、すごぉーい!」


 セラからの賛辞にやる気が増したクライブ。光の壁に弾かれ、行き場を失った呪いの帯が向かうのは手鏡を持つリーチェ。


「え、やだっ!」


 呪いの帯に腕を捕らえられ、そのまま為す術もなくリーチェは黒い帯に覆われた。


「リーチェ!?」

「呪いが返ったのです!」

「これではっ!」

「まさかっ!」


 全身を呪いに覆われたリーチェは、


「ふ、ふぇ? ふぇ~ん、うわあ~んっ」


『神よ! 感謝します!!』


 四人は拳を掲げ声を上げた。


 帯が解け消えた後に現れたのは、幼女と化したリーチェ。


 セラフィナと同様、身体も心も記憶も五歳まで退化したリーチェは、大きな男たちに囲まれ、怯え泣き叫んでいた。

 そんな中、興奮したヘンタイたちに怯えるリーチェに、小さい子、セラフィナはそっと寄り添い、ぎゅうっと抱きしめた。


『っ!!』


 まさに天使! その衝撃に四人は胸を押さえ、膝をついた。


「おぉ……」

「なんて」


 眩しいものを見るように、四人は呟いた。


『尊い……』





 そして──。


『ケインにーたまー、おきてくだしゃーい』


「……」


「おきないでしゅねー」

「でしゅねー」


 小さい子二人、セラフィナとリーチェはコテリと首を傾げた。


「にーたまぁー」

「ケインにーたまぁー」


 よじよじとベッドの上に登って来る小さい子の行動に、ケインは寝たふりのまま悶えていた。


『にーたまぁ「ケイン、朝だ。起きなさい」あ。クゥにーたまー!』


 ぴゅーとクライブに群がる小さい子二人。


「癒しのひと時を邪魔するな! クライブ!」

「おはようございます、セラ、リーチェ」


 ケインを無視してクライブに抱きつく小さい子二人。


 リーチェは違法な呪具に手を出し、第二王子の婚約者を害したことで実の親とは縁を切らた。身分を失い、罪人として裁かれる身に落ちたが、そこは幼女愛好者の四人。地位と権力をフルに使用しリーチェをノーズ家の、セラの妹として養女に収めた。


 呪いを解き罪人として重罰に処すという王太子の声は、ケイン、クライブ、トリスト、カイルロッドの四人からリーチェの行いの非は我々にあると、涙ながらの訴えによって棄却された。



 そしてノーズ家は、妹が二人という夢のような現実に、鼻は伸び切ったままのケインと、二人の天使に顔が緩みっぱなしのクライブ。念願だったリーチェからの「おにーたん」呼びを手に入れたトリストに、未成年、それも幼女との婚姻を望む第二王子カイルロッドと、四人ヘンタイを監視するノーズ夫妻ノウル夫妻で、毎日賑やかで落ち着かない日々が始まった。


 退化の魔具は一級呪具として王宮の地下深くに封印された。

 二度と、特赦な性癖を持つ者の目に触れることがないように。


「ロイヴァルド様、いいのですか? カイルロッド様はあのままで」

「かまわないよ。仕事は丁寧で正確の定時帰宅。皆の模範となる姿に文句のつけようはないよ」


 小さくなったセラフィナ嬢とリーチェの元へ早く帰りたいがためにカイルロッドにケイン、クライブはよく働くようになった。





『ただいま! セラ、リーチェ!』


「おかえりなしゃーい!」

「おかーりなしゃーい!」


 順番に抱きかかえられ、頬ずりされ、甘やかし、甘やかされ、小さい子たちの笑顔に癒される時間。


 ケインにクライブ、トリスト、カイルロッドは心の底から思う、ちっちゃいは正義! だと。


 


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ちっちゃいは正義 ひろか @hirokinoko

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