ちっちゃいは正義
ひろか
第1話
「──よって、私、カイルロッド・イリースは、セラフィナ・ノーズとの婚約を破棄し、ここにいるリーチェを新たな婚約者とする!」
カイルロッドに縋り、リーチェはこの状況に内心苛立ちながらも、そこは顔に出さないよう、か弱い、仔ウサギのような姿を見せていた。
学園生活最後のダンスパーティー会場。その公衆の面前で、第二王子、カイルロッドから婚約破棄を突きつけられたというのに、当のセラフィナは口元を扇子で隠し、微かに眉をひそめただけの呆れ顔だった。
その後ろでは、この婚約破棄を喜んでいる者もいた。セラフィナ・ノーズが第二王子の婚約者として相応しくないと、そう思う者がいるということだ。
しかしリーチェが気に入らないのは、婚約破棄を言い渡されたというのに、セラフィナは涙ひとつ見せないというところ。
「もう大丈夫だ、リーチェ。後は父上に私たちの婚約を伝えるだけだ」
誰もがその美しさ目を奪われるセラフィナ。この学園始まって以来の才女と云われるが、王子にとってつまらない存在でしかなかった。幼少の頃に交わした婚約に縛られ、あの女の隣に立つことに苦痛でしかたないというカイルロッドを癒し、救い、愛し、そして愛され、求められたのは自分だというのに、この結果に、彼女は涙も見せなかった。
「ふん、どれほど美しく着飾っても、己の醜さは隠しきれなかったようですね」
「自分の手を汚さず、こんな陰湿な行いをするとはっ」
「あんな女が我が姉とは、恥でしかない!」
カイルロッドに続いたのは王宮術士のクライブと、騎士のトリスト、宰相の甥であり、セラフィナの弟であるケイン。
リーチェはカイルロッドに話しただけだった。些細な嫌がらせを涙を浮かべ、事をほんの少しだけ脚色し、伝えただけだった。
“落としたハンカチを踏まれた”を、“制服を破かれた”と。
“教科書を踏まれた”を、“教科書が破かれた”と。
“手作りの髪留めを笑われた”は、“髪留めは盗まれた”と。
“首飾りを引っ張られた”は、“首飾りは盗まれ、砕かれていた”と、そして少し、関わった者がセラフィナとよく一緒にいると、そう伝えただけだった。
そして、それは、全てセラフィナの指示で、脅され、行ったという、生徒数名の証言によって事実となった。
婚約破棄の理由として突きつけられた証言と証拠に、真実を知る者は失笑と呆れの目を向けていたが、面と向かって王子へ反論する者はいなかった。
「賜りました」
最後まで顔色も変えず、無感情なその言葉だけで会場から退出するセラフィナをリーチェは追いかけた。
泣きもしないセラフィナの顔を、なんとしても歪めてやりたかった。
「まだ何か?」
「最後に 文句くらい聞いてあげるわ」
「何の、ですの?」
「カイルロッド様に愛想つかされたんですもの、悔しいでしょ?」
「ふふ」
セラフィナは扇を広げ笑った。「くだらない」と、そう言って笑った。
「第二王子の妻の座が欲しければ、そう、言ってくださればいいのに」
「え……?」
リーチェが見たかったのは、感情を剥き出しにした醜く歪むセラフィナの顔。
「愛などと、くだらないもので縛ってまで、カイルロッド様の妻になりたいなんて」
「……何を強がって、カイルロッド様に愛されなくて悔しいんでしょ!」
セラフィナの嫉妬に狂った顔が見たかったのに。なのに。
「わたくし、ローズウェル家から婚姻を申し込まれておりますの」
「え?」
「次期当主、グリード様から」
王の片腕、王家の剣。代々騎士団長を務める八領主の一つ。──その次期当主の妻。
彼女の実弟であるケインから聞かされていた。一、二ヶ月前から頻繁にセラフィナへ来客があることを。第二王子の婚約者でありながら、男と二人きりで庭を歩いていたと、ふしだらなと、ケインはそう言っていた。それは、すでに、第二王子との婚約破棄の可能性に気づいた他家から繋がりを持ちに来ていたということ。
「わたくしたちは、夫の背負うものを共に支える者でなければなりません。男の方は自分が背負うものの大きさで伴侶を選ぶものですわ。ですから、ふふ……、カイルロッド様には、あなたくらいが、ちょうど良いのでしょう」
「──っ!」
このままリーチェがカイルロッドの妻の座に収まっても、第二王子は第一王子である王太子のスペアであり補佐。学園を卒業すれば第二王子は王太子の臣下となり、結婚後はそれなり土地と屋敷を与えられ、王宮で暮らすことはなく王宮への馬車通勤務。それなりに収入はいいが、領地はないので旦那の稼ぎだけが頼りの生活となる。
この女はこの婚約破棄を望んで、腹の中で笑って受け入れたのだ。
最高位の貴族である八領主、当主の妻となったセラフィナには、夜会の度にドレスに宝石を新調し、着飾り注目を浴びる生活が待っているだろう。
何でも持っているセラフィナから、やっと奪ったというのに、何も勝ってはいなかった。
「……さない……」
許さない。
このままにはしない。あの煌びやか世界にこの女を行かせたりしない!
躊躇いなど、なくなっていた。
この女が泣き喚き、カイルロッド様へ無様に縋る姿を見せるなら許してやろうと思っていた。
セラフィナ・ノーズが第二王子、カイルロッド様に相応しくないと、そう思うのは年頃の娘を持つ貴族には多い。
その手鏡をくれたのは、セラフィナよりあなたの方が相応しいと、そうリーチェを認めたある貴族。
隠し持っていた手鏡をセラフィナへ突きつけた。
「お前なんか、醜く老いてしまえ!」
「っ!?」
退化の呪いを持つ鏡。
セラフィナへ向かって伸びる何本もの呪術の帯。
驚愕を表したその顔にリーチェはやっと満足した。
黒い帯はセラフィナの美しい顔に巻きつき声を奪い、白い肌も、絹糸のような金の髪も、全てを覆い隠した。
「は、はは、幸せになるのは私よ。さようなら、セラフィナ様」
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