第3話

 クライブが、眉を下げたリーチェに会ったのは婚約破棄の翌日。


「クライブ様、ケイン様はまだいらっしゃってないのですか?」

「ケイン、ですか?」


 久しぶりに邪魔者がいない二人きりだというのに、浮かれていた気持ちが下降する。


「あ、あの、ケイン様にっ、セラフィナ様の様子を聞きたくて……」


 あんな大勢の人の前で婚約破棄を告げられ、ショックを受けているはずですと言うリーチェの、自分に嫌がらせをした女までを気遣う、心根の優しさを知るたび惜しさが増す。

 なぜ、彼女が私の半身ではないのだろう……と。


 己の片翼。魂の半身。


 魔力量の多い者の中には気付ける者もいるという、同質の魔力を持つ己の唯一の存在。

 彼女が己の半身であれば、何をしても、第二王子が望んでも離しはしなかったのに。


 リーチェは優しすぎる。あんな女の心配などしてやる必要はないだろうと、そう思いながらも、リーチェを笑顔にするための言葉で伝える。


「ケインに会えれば様子を聞いておきますよ」

「クライブ様! ありがとうございますっ!」


 この笑顔が私だけのものならいいのに……。

 惜しむ気持ちを抱え向かった魔導塔で聞かされたのは、


「呪いっ、ですか!?」


 あの婚約破棄後、一人になったセラフィナ・ノーズが襲われ、呪いを受けたと聞かされたのだ。


「ふっ……ふふ……」


 呪いを受けるなど、よほどの恨みを買っていたのだろう。やはり心根の醜さが招いたことだな。と、自然と上がる口角を手で隠し、どれほど醜い呪いを受けたのか、見てやりたくなった。


「セラフィナ嬢の解呪は、どなたが行うのですか?」

「東国の解術師に依頼するらしいが……」

「東国……」


 東国の解術師と言えば七賢人の血を引く者しかいなかった。賢人の血に頼らなければならないほどの強力な呪いなのかと、そう思えば、ますます見たくなった。


「しかしなー、セラフィナ嬢の呪い、解かなくていいと、言ってきたらしいぞ」


「え?」


「まぁ、あの呪いじゃあなぁー……」

「どういうことですか!?」


「解呪は必要ないと、セラフィナ嬢の父親は王へ伝えたらしい」

「まぁ、これ以上の進行があるかどうかだけでも検査させてくれって、上が進言したらしーし、明日は検診に行くんじゃないのか?」


 セラフィナ・ノーズに会う?


「わ、私も、立ち会ってよろしいでしょうか!」

「あぁ、見とけ、見とけ。あの呪いが解析されれば不老不死の術の構築も夢じゃないぞ!」


 不老不死!?


 それは人が触れてはならないはずの禁術。

 クライブは術士としての純粋な興味も湧いた。






「お前は帰れ」


 翌日、呪いを受けたセラフィナ・ノーズの検診に数名の術士とともに屋敷を訪れたが、出迎えたケインにしっしっと野良猫のように追い払われた。


「私はセラフィナ嬢の検診に来たのですよ」

「いらない。お前は帰れ」

「ケイン!」

「セラを傷つけるヤツに会わせられるか、帰れ」


 鼻先で扉を閉められ一人残された。


「……どういうことだ」


 自分の姉をいつも“あの女”と呼んでいたケインが、“セラ”と、愛称で呼んだことに眉をひそめた。毛嫌いしていた姉への態度を一変させたのは、……呪いのせいか?


 ──見たい!


 どうしても、一目だけでも、見てやりたかった。

 あのケインも身内として捨て置けないほどの同情を引く醜い呪い。リーチェを苦しめた女が苦しむ姿が見たかった。


 屋敷の裏へ回り、大きく枝を張る木を見上げた。枝を伝えば塀を乗り越えられそうだった。

 家人に見つかっても追い出されるだけだろう。一目セラフィナ・ノーズの姿が見れればいい。一目だけと、好奇心を抑えきれず枝を掴んだ。


「う、わっ!」


 重さに耐えきれず枝は折れたが、なんとか塀は越えることができた。


「痛っ……」


 擦りむき血が滲む肘に顔をしかめる。


「いたいの?」


 もう見つかったか! と、身がすくんだが、


「けが、しちゃの?」

「へ……」


 目の前には、小さな天使がいた。


 ケインと同じ色の髪と瞳に姉以外に妹もいたのか? と頭のスミで思いながらも、小さい子から目が離せないでいた。


「てあて、しまちょーね、こっちぃー」

「え、あっ」


 小さな温かい手に引かれ、連れられて来られた部屋で、「てあてー、てあてー♪」と歌いながら棚から薬を出す小さな子。その様子をクライブは瞬きも忘れてガン見していた。

 薬を塗られ、ピリっとした痛みに我に返った。


 大袈裟なほど大きな絆創膏を貼り、そこにそっと手をあてる小さな子。


「いたいの、いたいの、とんでけー!」

「っ!?」


 ぱっと両手を大きく広げ、向けた笑顔にクライブの心臓は跳ねあがった。


「あ、ありがとう……、私はクライブ、宮廷術士です、よ」

「まじゅちゅし、しゃまなの?」

「ええ、そう、だよ」


 バクバクと心臓の音がうるさく、おかしくなった口調に気づかない程落ち着かなかった。


「君は、ケインの妹ですか?」

「あい、セラフィナ・ノーズです」


 スカートを摘みピョコンとお辞儀をする小さな子に瞠目する。


「セラフィナ?」


 なぜ、あの女と同じ名? と訝しむが、


「あのね、ケインはね、ピーマンをたくさんたべたから、セラのにーたまになったのよ」


 秘密を分け合うように潜められた声と、見上げるキラキラした眼差しに、しまったクライブにとって、名前なんて些細なことになった。


 小さな子から目が離せない。


 小さな子の言葉の意味はよく理解できなかったが、ケインの“妹”で間違いはないようだ。

 いや、それさえももう関係ない。

 クライブは気づいてしまったのだ。

 この子は自分の、魂の片割れだと。


「あのね、セラね、ずっとにーたまがほしかったの、だから、とってもうれしーの」


 ふわりと広がるその笑顔に「ぐはっ」っと、前のめりで胸を押さえるクライブ。


 考えることはこの子の側にいる最良の方法。


「私も、君の兄様にしてほしいな」

「まじゅちゅちしゃまも、セラのにーたまになってくれるの?」


 コテンと首を傾げる小さな子。


「ええ、君だけの魔術士になると約束しましょう」


 今は側にいられるだけでいい。


「ほんと!」

「ええ、指切りしましょう」

「やくそくー」


 約束は契約。今できることは自身を縛る主従の契約。

 半身の繋がりを示す契約は、彼女が大人になり、身も心も全て繋げ自分だけのものにする時に。






「セラ!!」

「あ、にーたま」


 乱暴に開かれた扉の先にケインがいた。


「やぁ、ケイン」


 いい笑顔で片手をあげるクライブ。


「なぜ貴様がここにいる!僕のセラから離れろ!」

「セラちゃんは、いくつですか?」

「何の関け「ごしゃいです」セラ!」


 小さな手を広げて見せる小さい子に「よしっ」と頷くクライブ。


「十三歳差! いける! オッケー、大丈夫、全然アリですね!」

「ま、まて、何の話をしている……」

「この子が十六歳で私は二十九歳! 魔力量の多い私なら二十九歳でもそこまで老け込んではいなはずです!」


 爽やかないい笑顔のクライブと頬が引きつるケイン。


「ケイン! この子を私の妻にください!!」


「な……」


 意味をわかっていない小さなセラフィナは、ケインとクライブを交互に見上げていた。



「絶対やらん!!!」






「はいセラ、あーん」

「あぁーん」


「クライブ、なぜ、貴様がセラを膝上に乗せるっ!」


「おいちーねぇ」

「おぉいちぃー」


「なぜ、貴様がセラに食べさせる!」

「あい、にーたま」


 セラから差し出されたクッキーに、寄せてた眉を一瞬でふにゃらせるちょろいケイン。


「おいちい?」

「おぉいちいよぉぉ」


「セラ、私にもおくれ」

「あい、クゥにーたま」


 クライブまでクチを開けてクッキーをねだる暖かな日差しの午後。

 魔力量の多い者だけが気付けるという半身、魂の片割れであり、未来の嫁(予定)のセラに出会ったクライブの行動は早かった。


 クライブの生家は代々魔術士を多く輩出する家系であり、王太子である第一王子の傍らには兄が立つ、将来有望な嫁ぎ先。

 次期宰相(予定)であるケイン・ノーズの末妹との縁にクライブの両親は諸手を挙げて喜び、セラフィナの両親も希少な魔術士との縁に万歳しながらも、婚姻、婚約はセラフィナの意思でと先延ばしし、クライブの希望通りノーズ家に居候させた。


「クゥにーたま、おいち?」

「おおいちーよぉぉぉ」


 小さくなったセラが魂の片割れ、己の半身だというクライブにケインだけは噛みついた。


「ふざけんなし、お前、散々セラを罵っておきながら妻にしたいだと!?」

「君も人のこと言えませんよね? 以前のセラフィナ嬢と、私のセラは別人でしょう」

「セラは僕のであって、お前のじゃないからな。後、もういいかげん膝上のセラを返せ」


 小さなセラが呪いを受けたセラフィナであると知っても、クライブは構わなかった。

 退化の呪いによって、記憶を失ったことで、高慢なセラフィナの部分を失くし、新たに生まれ変わったのは穢れなき天使。


 魂の片割れとの出会いにクライブは「神の御業!」と、創世の神に感謝の祈りを捧げた。


 リーチェに行った事は今のセラには全く関係ないことと、きっぱり言い切り、第二王子がセラを傷つけるつもりなら実力を持って守ると。ケインにとっても心強い言葉に、セラを構うことをほんの少しだけ許した。


「ケイン、君は朝食で散々「私はセラの血の繋がった兄なのだから当然の「あい!」」」


 言い合う二人の前に差し出されるのはクッキー。


『あぁ~~~ん』

「おいち?」

『おぉいちぃ~よ~』


 へろりと顔を緩ませるクライブとケインに、にぱっと天使の微笑みセラ。そして同時に胸を 押さえ、悶える二人だった。




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