未解決事件
スヴェータ
未解決事件
シュイトゥーラの森は獰猛な熊や虎、狼が暮らしているため、人間が近寄ることはない。これを利用して森の小屋に住まい、子供を連れ込んでは殺す男がいた。
彼の名はミハイル。190cmのやや筋肉質な体つき。長いまつ毛に、吸い込まれるようなターコイズブルーの瞳。黄金の髪は木漏れ日に照らされるたび煌めきの波を打った。
もう4年近く、この森で15人の子供を殺している。特徴は、春夏秋冬、どれか一つの季節を共に過ごし、季節の変わり目に殺す手口。最後は過ごした日々を思い返しながら子供を食べるのだが、ポリシーとして、「その日」までは結末を考えず、ただ楽しく過ごすことにしている。
この犯罪を思い付いた発端は、彼の文学的探究心であった。文学者ではなかったが、もしこのような作品を残せたらと考えると止まらず、絶頂に達するほどの興奮を覚えたのだ。1月半ばのことであった。
ひと月考え、半月で準備を整え迎えた3月。春の始まりを感じる頃に、彼は橋の近くで物乞いをする少年ウラディスラフに声を掛けた。
「このようなところで金は集まるまい。それに、まだまだ寒いだろう。こっちへおいで。温かいスープを出そう。僕は森で迷い込んだ人を助ける者だ。心配するな」
身寄りのないウラディスラフは、ミハイルの言葉が嘘かどうかを気にせず、とにかくその場から立ち、素直について行った。森の入り口で、シュイトゥーラは物乞いにでさえ伝わるほどの有名な森であったから、さすがに躊躇いを見せる。しかしミハイルの
「怖いか?でも大丈夫。僕は安全な道を知っているし、この通り銃も持っている。安心してついておいで」
との言葉と、その美しく、悪事を企む隙なく充実したように見えるやわらかな微笑みに、意を決して森へと足を運び入れた。
実際、シュイトゥーラの森はさほど危険ではなかった。森の知識があれば問題なく入れる程度のものなのだが、その森に入って戻ってきた人間がいないのだ。それ故、理由は分からないがおそらく特別獰猛な動物が棲みつく森なのだろうと憶測され、誰も足を踏み入れなくなった。
ミハイルはウラディスラフを40分ほど歩かせた。途中おぶったり、座って休憩したりしながら小屋に到着すると、もはやスープはいらぬほど体は温まっていた。ミハイルはウラディスラフの服を脱がせ、毛布にくるませた後、沸かしたお湯で濡らしたタオルで体を拭いてやった。
その後、用意しておいた新しい服を着せ、スープの代わりにパンとミルクを与えた。ウラディスラフにとって何か月ぶりか知れないほど久しぶりの「まとも」な食事。ガツガツとパンを頬張り、ミルクで流した。ミハイルはウラディスラフの向かいに座り、それを微笑みながら見つめた後、おかわりを用意して差し出した。
2日間「まとも」な食事をただ与え続けると、ウラディスラフが初めて自らの意思で、自らの意欲でもって口を開いた。
「なぜぼくに、こんなによくしてくれる?」
「それは僕が子供たちの幸せを願う者だからさ。僕は君のような子を救うことが幸せなんだ」
ミハイルは服の内側に首から長く垂らしていたネックレスをかざした。キラリと光るそれを見たウラディスラフは目を輝せて喜んだ。2人はここで暮らすことになった。
朝露の時間には食べられる草を採り、昼間には弓矢を使った狩猟。小屋へ戻ると弓や読み書きの練習、料理、聖書の勉強などをして穏やかに過ごした。ウラディスラフはよく笑うようになり、ミハイルもそれが嬉しかった。
5月末日。まだまだ森は春の終わりとは思えない様相だが、ミハイルの計画ではここがひと区切りであった。その日も朝露を踏みしだきながら草を採り、サンドイッチを持って狩猟に勤しみ、戻ると鍛錬と勉学に励んだ。
机に向かうウラディスラフは、キャンドルの灯りにふんわり照らされながら鉛筆を走らせている。ミハイルはその背後にそっと歩み寄り、影がウラディスラフの手元を隠した位置で立ち止まった。同時に声を掛ける。
「ウラッド」
振り向いた瞬間、さっと斧を振りかざす。ウラディスラフは優しい声の愛称と目の前の光景に混乱し、状況の判断ができない。ミハイルは続ける。
「全部嘘だよ」
躊躇いなく振り下ろされた斧はウラディスラフの顔を正確に叩き、泣き叫ぶ間を与えず命を奪った。思った以上に血があちこちを汚し、ミハイルはため息を吐く。散らばった歯を拾い、目玉を抉り、準備していた容器に入れると外へ出した。
小屋の中に戻ると、もうウラディスラフの笑顔はなく、ミハイルは寂しさを覚えた。机にある書きかけのノートを初めからめくる。どんどん上達する字と、増えていく知識。光が当たらなかっただけで、彼は聡明だった。これから光ある未来があったかもしれないと思うと、ミハイルは泣かずにはおれなかった。
涙をこぼしながら、ウラディスラフとの日々を思いながら、ミハイルはウラディスラフを解体した。しかしながら、終わった頃には悲しみを忘れ、恍惚の表情を浮かべた。
少しずつウラディスラフがミハイルの血肉となり、全てが巡ると、季節はすっかり夏へと変わった。するとシュイトゥーラの森を出て、今度は動物園に行き、何人かと話した後、迷子になったサンドラを見つけて森に連れ帰った。
その後はウラディスラフと同じ。1つの季節を仲良く過ごし、終わる頃になると斧を振り下ろして殺した。それを食べた後は次を探す。この一連を繰り返し、15人を殺した。
ウラディスラフ
サンドラ
エフゲニー
ポリーナ
オリガ
ダニル
ボリス
オフェリヤ
ガリナ
オニシム
ミローノヴナ
フリストフォル
オレグ
ドロフェイ
イサーク
……
もうすぐ冬が終わる。16人目にそろそろ最期の時が来る。ミハイルは作品の完成が間近になるにつれ、震えが止まらなくなっていった。
15人の声が聞こえる。両親の声も。両親はこの森で死んだ。家族3人、ハイキングで森に入ったところ、今いる小屋の元の主だった退役軍人の男に襲われ、両親は殺された。ミハイルが8歳の頃だった。
心を病んで森にこもっていた退役軍人の男は慌て、恐れ、ミハイルを小屋に連れ込んだ。初めは恐怖で黙らせたが、縮こまり、無表情になっていったミハイルを不憫に思い、優しく接するようになった。
次第に心を開き、言葉を交わし、笑顔を見せるようになった。お互いを癒す関係となり、2人は支え合いながら日々を過ごした。退役軍人の男は独自の解釈をした信仰を持っており、ミハイルもそれを学んだ。信仰は、2人の生活をさらに穏やかなものにした。
平穏を邪魔する侵入者は殺した。特に人間は、良い弓矢の練習にもなった。狩った後は食べた。熊も、狼も、鹿も、人間も。狩った動物は食べるために降りてきたものなのだと神は教えていた。
幾年かの時が経ち、ずっと捨て置かれていた両親を2人で埋葬して新たな一歩を踏み出した頃、退役軍人の男は死んだ。心臓発作であった。ミハイルは支えをなくし、信仰も救わず、悲しみに暮れた。
ミハイルは死体を埋葬できなかった。側から離せないでいると、腐敗が進んでいくのを感じた。グリーンの瞳が濁っていくのを見ていられず、抉って思わず口に含んだ。以降止まらず、ミハイルは斧や鋸を使って解体し、少しずつ食べて暮らした。
歯を集めてネックレスにすると、再び信仰の光を見た。鋭く、しかしやわらかに包む心地の良い感覚に笑みをこぼしながら、退役軍人の男の首元にあった「証」をネックレスに加え、首にさげる。すると孤独の闇から抜け出し、浄化され、神に近付いた気がした。
さらに数年、ミハイルは森を出ないまま過ごした。信仰の世界に深く深く浸かり、「あの天啓」を得た。こうして彼は、古くから伝わる言葉を紡いだのだ。
Все под богом ходим
(全ての者は神の下で歩き回っている)
数奇な人生を歩み、その意味を探し求め、信仰に答えを見出そうとしたミハイル。誰に何があっても不思議ではないことを、誰よりも知っているミハイル。彼は作品の完成のため、この言葉を石に刻んだ後、自らの分も含めたこれまで集めた歯とともに祭壇に捧げた。
最後は額に16と刺青を入れ、祭壇を背に立ち、斧を顔へ思いっ切り叩きつけて死んだ。祭壇に自らを捧げる形が理想であったが、少し左に倒れたのでガラガラと捧げ物とともに崩れ落ちてしまった。31歳か、33歳だった。
9年後、シュイトゥーラの森は国が正式に買い取って整備することになった。軍を引き連れた調査員たちが緊張の面持ちで森へと足を踏み入れる。拍子抜けするほど平和で、なぜ人々が長年避けていたのか分からないと談笑する余裕さえあった。
1時間ほど経った頃、軍と調査員たちは廃れた小屋とその側の墓2基を発見した。ゆっくり近付き、大声で声を掛けながら戸を叩いたり周囲を見回ったが、反応はない。意を決して1人の軍人が小屋の戸を開けると、小さな羽虫や蛆などの生き物と、強烈な腐敗臭に襲われた。
中には、随分前の軍服を着た骸骨があった。
「何だ何だ!これは堪らん!」
「この死体は…この服の前の軍服だな。手帳があるだろう。ええと…ヴァシリ・スミルヌィだと。後で照らし合わせよう」
「外の墓に名はない。掘り起こしてみるか?」
「その粗末さだと、ペットか何かだろう。いいよ、掘り起こすまでもない」
「とにかく出よう。ここは臭いが酷すぎる。他に何か気になるものは?」
「何か書かれた石がある。……『全ての者は神の下で歩き回っている』だと」
「くだらんことわざだ。もういいだろう。出よう」
そうして一団は去って行き、森の奥深くまで調査した。特に大きな問題はなく、無事に国が買収手続きを終えると小屋は取り壊され、墓の十字架は倒され、全て土に埋められた。ヴァシリ・スミルヌィは退役軍人の名で、行方不明の記録があったため、発見日を追記された。
シュイトゥーラの森は花と木々に囲まれた美しい公園に様変わりし、日曜にはヤルマルカが開かれるようになった。それぞれ自慢のものを持ち寄って、おしゃべりをして、賑やかな笑い声で満たされる人気の場所だ。
警察は未だに15人の子供と、30年ほど前に姿を消した一家を探している。
未解決事件 スヴェータ @sveta_ss
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