第2話 後書きか前日譚




 ――これは、私が実際に体験した出来事です。



「また明日なー」


「おう、また明日」


 特に遊びに誘われることもなく、その日、私は友人と別れて一人、帰路につきました。


 ――放課後の帰り道、ひと気のない通りを歩いている時です。


「……?」


 ――視線、というのでしょうか。誰かに見られている、そんな気がして、私は背後を振り返ります。


「…………」


 誰もいない。そのはずなのに、細い針で肌を刺すような、そんな感覚がずっと……あの暗がりの方から、誰かが私を見ている。


 私は恐ろしくなって、急いでその場を離れました。




 『誰かが見ている』


             山田多労やまだたろう(仮名)




 それからは特に何事もなく、私もそのことをすっかり忘れていました。


 思い出したのは、友人たちと何気ないおしゃべりをしていた時です。


「俺、最近誰かにストーカーされてるかもしれない」


 友人の一人がそんなことを言い出したのです。

 ただ、彼のノリはそう深刻なものではなく、むしろ歓迎しているようでした。


「学校から帰るときにさ、誰かの視線を感じて……」


「あ」


 そこで、私は思い出したのです。自分も同じような経験があると。

 それを友人たちに話すと、別の友人が冗談めかしてこう言いました。


「昔そこで事故があって、地縛霊でもいるんじゃねえの?」


 そう言ってから、友人は「あっ」と口をつぐみ、ちらりと私を見ました。

 なんかごめん、と言う友人に、私は「気にするな」と答えます。


 だけど、私は気になって仕方がありませんでした。


 私には、覚えがあったのです。


 それは半年ほど前――クラスメイトのある女の子が、交通事故に巻き込まれて命を落としました。


 私は、その子と付き合っていました。

 彼女は、私との待ち合わせに向かうために乗り込んだバスで、事故に遭ったのです。


 ……彼女は、私を恨んでいるかもしれない。


 本当だったらあの日、私が寝坊していなければ――同じバスに乗っていたはずで、何かが一つでも違えば私も同じ事故に遭っていたでしょう。あるいは私が死んでいたかもしれないし、彼女を助けることが出来たかもしれない。

 もしかしたら、バスに乗ることさえなかったかもしれないのに。


 時折、あの日のことを思い返しては後悔の念に襲われます。


 帰り道に感じる視線――それは、彼女のものなのでしょうか。


 もしも彼女にもう一度会えるなら、謝りたい、と――そんな風に思っていた、ある日のことです。


 友達と遊んだ帰り道、横断歩道前で信号待ちをしていると、不意にまたあの視線を感じました。


 周りには人がいたので、気のせいかもしれないとも思いましたが、私は気になって、背後を振り返りました。



 その時です。



 知らない男が私に向かって突っ込んできて、私は道路に突き飛ばされました。



 キイイイ、と。甲高いブレーキ音。

 周りの人たちの叫び声が聞こえました。


 私は道路の真ん中で、呆然と尻餅をついていました。


 何が起こったのか、分かりません。


 ただ、人ごみの向こう側に――彼女の姿が、見えたように思います。




 私を突き飛ばしたのは、彼女の父親でした。

 彼女の父親は、彼女の交際相手を探して私や、私の友人たちの跡をつけていたそうです。


 彼女は私のせいで死んだのだと、そう訴えていました。


 私はといえば、幸い軽い軽傷だけで大事には至りませんでした。

 彼女視線を、その気配を感じたら、直前でその危険に気付けた――そう受け取るのは、いささか都合が良すぎるでしょうか。


 しかしそれ以降、謎の視線を感じることはありませんでした。


 あれから数年、私は心に多少の後ろめたさを抱えながらも、社会人になり、ある女性と知り合いました。


 その人との待ち合わせに向かう道中――



 ……ふと、あの視線を感じました。




                  ■




『――山田多労さんからのお便りでした。

 いやぁ、ですね。私はそういうとかいないので少し羨ましいです。


 …………。


 はい、肝も空気も冷えたところで、今朝の「怪談で涼をとろう、夏のホラー特集」のコーナーでしたー。みなさんも背後からの視線、気を付けてくださいね~』




                  ■




 朝、スマホでラジオを聞きながら登校していた。


 こんなに外は明るく、周囲にたくさん人もいて――イヤホンで耳を塞ぎ一人、怪談を聞いているのはとても不思議な感覚だ。

 まるで自分だけ違う世界にいるかのようで、退屈な登校時間にも彩りが加わる。


 ……まあ、恐怖とは無縁なのだが。朝だし。


 しかしこう、日常に潜む怪異というか――ふと視線を感じるというのは、誰しも一度は経験したことがあるのではないだろうか。

 もし、振り返ってそこに何かがいたら――


 ……なんて。


 通勤通学で人通りの多いこの道なら、振り返れば誰かしらと目が合うものだろう。

 そこから恋が始まったり、なんて。


 別に何か損をするわけでもない。

 私はふと覚えた好奇心から、なんとなしに背後を振り返った。


 いつもの通学路、振り返ると



「ここ……、――どこ?」



 にいる。



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歩きスマホをしていただけなのに 人生 @hitoiki

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