後編


 それは金魚球きんぎょだま、いえ、禁形魂きんぎょだまだったのでしょうか。


 硝子がらすのような光沢をもち、蜜柑みかんほどの大きさのそれは、私の手のなかにあるたまと、箱のなかにうずくまる球と、たしかに似てはおりました。

 けれども、それはもはやんではいませんでした。


 さきほどの、汚らしい見かけの球も、茶色くにごってこそいたけれど、それでも透んではおりました。

 けれども、この球、叔父様おじさまかざされているそれは、みっしりと、黒いなにかが内にまっているのでした。



 かえるてのひらのようなものを、球のなかから押し付けているのが見て取れます。

 それは手足だったのでしょうか。いえ、そのような。五本も六本も、十本以上も蛙の手足をはやした生き物など、聞いたことすらありません。

 むくんだ姿は、ほとんど隙間もないくらい、球のなかにふくれています。その中ほどに、大きながあるのがすぐに見て取れました。

 と、ふいに、何かとても嫌なものを感じました。それは球のなかからでした。


 目が合った。

 球に封じられているそれと“目が合った”。


 そうと悟ると、なにか汚い泥でも浴びせられたような気がして、私は総身がふるえました。

 はそのものの首だったのです。膨れあがった胴に、おなじくらいに膨れた頭が、首をかいして生えていたのです。

 その“頭”に、おぼろげながら、円いものがふたつ、備わっているのが見えました。それが、そのものの目だったのです。それが黒い球のなかから、私の目をのぞきこんでいたのです。


 悲鳴をあげて私は、店の外へとけだしました。

 右手にもった金魚球、いえ禁形魂は、手からすり抜けて落ちました。

 硝子のコップが割れるような音がしました。

 きいぃ、と、間違いなく、なにか生き物のたてる声を耳にしました。

 その声が、割れた禁形魂から聞こえたものか、それともあるいは、叔父様がふところに抱いておられたあの黒い禁形魂から聞こえたものか。

 それを知るのもおそろしく、ぬるい空気と祭囃子ばやしのなかへ逃げ込んでゆきました。

 叔父様は、私の後を追っては来られませんでした。




 その夏より、私は二度と、金魚球、もとい禁形魂を手に取ることはありませんでした。

 それを商う夜店にも、近寄ることはもうありませんでした。


 容輔ようすけ叔父様は、その年の秋から病に倒れられ、屋敷の離れにひとり住まわされることとなりました。

 そして、私が女学校にあがる直前の二月のある日に亡くなられました。

 その日には、お医者様や警察の方が、それも何人も見えられて、屋敷のあちこちで何かを調べておいででした。

 屋敷の者で、お父様をのぞけばただ一人、離れをのぞかれた庭師の梁蔵りょうぞうさんが、あとでこっそり教えてくださいました。


 離れからは血のにおいと、それにもましてなまぐさいにおいが流れてきたそうです。

 離れの障子は大きく破られ、人か、それより大きなものが出てきたようであったということです。

 そして、そこから庭にかけて、人の足跡ほどもある、蛙の手足のようなあとが、いくつもいくつも刻まれていたということです。




 あの晩に見た、禁形魂の異形の“頭”、

 そのかおは、どことなく、それでいながらひどく、叔父様の顔を思わせたものでした。



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金魚球 武江成緒 @kamorun2018

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