Teen Flick

 ミコちゃんは僕のいとこにあたる。

 まだ僕らに家族があった頃、毎年夏休みになると叔母夫婦と一緒に遊びに来ていた女の子がミコちゃんで、昔から友達の少なかった僕は、夏休みの多くをミコちゃんと一緒に過ごした。

 だから、僕とミコちゃんの思い出のほとんどは、お互いの家族と共に夏の中にある。

 公園のブランコで遊んだこと、図書館で絵本を読んだこと、プールで目を真っ赤にしたこと、遊びに行った海、キャンプで食べたカレー、突然の夕立に襲われたこと、雨上がりの虹のこと、分けて食べたアイスのこと。

 セミ取りからの帰り道、遠目に見えた自宅が炎に包まれていたこと。世界はとても恐ろしく、理不尽で、たかが偶然一つで全てが失われること。

 夏は僕らの全てだった。

 そういうことを、僕らははっきりと思い出したのだった。


 あの頃、ずっと夏が終わらないような気がしていた。

 八月が終わりに近づく度、僕は毎年のように終わらない夏を幻視した。

 街を熱する溢れんばかりの日光がどこへ行ってしまうのか。あれほど煩かったセミの鳴き声がいつ消えるのか。夕立の後の静けさ、駄菓子屋のアイスクリームボックス、水田を撫でるように走る風、CGのようなコントラストの真っ白い雲、そういったいくつもの夏が、それからの数週間できれいさっぱり失われてしまうことが、僕にはどうしても信じられなかったのだ。

 だから、明日も夏が続いているという確信が、僕の中にずっと居座っている。



 世界が終わって随分経った。

 六月の東京はじりじりと気温を上げ始め、インドア気質の僕はいよいよ避暑地への移住を検討し始めたが、いまいち乗り気ではないミコちゃんとの交渉は難航している。

 だから、今のところ僕らの暮らしは大きな変化もなく続いている。

 けれど、変わったことも、中にはある。

 いつか見た無味無臭のアマチュア青春映画には、見た記憶がまるでないシーンがいくつも存在していた。思い出したかのように継ぎ足されたそれらのイベントは若者たちのひと夏を描いていて、僕はほんの少しだけこの映画が好きになった。

 とは言え全体としては相変わらず面白くもなんともない駄作であることに変わりはなく、そう考えるとこれもそれ程大きな変化ではないのかもしれない。

 それでも、きっとそういう些細な変化を重ねながら僕たちの終末は続いていく。

 意味も価値もなく、ただ淡々と。


 洗濯機が回っている。

 夏が始まろうとしていた。

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Teen Flick 水瀬 @halcana

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