かつての天才美少女ギタリストと、その才能に心底惚れ込んだバンドメンバーの、夢の後の日常とそして再起のお話。
モラトリアムを描いた現代ドラマです。自分の進むべき道を見つけられないまま、それでももがくように生きる人たちの物語。といっても、それは本筋やテーマに近い部分の話で、読み口そのものは決して重苦しくなく、むしろ登場人物の朗らかさや破天荒さのおかげか、どちらかといえば軽妙な印象で楽しく読めました。少なくとも、ただ悩んだり迷ったりするばかりのお話ではないというか、いやほらこういう題材だとどうしても鬱々とした内容を想像されてしまうような気がするので、そうではないですよ、的な意味で。
主人公と言っていいのか、少なくとも視点を担う存在ではあるところの彼、倫太郎さんが好きです。より具体的に言うなら、物語の中心にいる天才・雛目あくりの姿が、彼の目を通してのみ語られるところが。きっと多分に主観が入り混じっていて、あてにならない、とまでは言わないものの、でも彼の心酔っぷりがはっきり読み取れてしまう。彼は本当に彼女のことが大好きで、そして好意以上にその才能に対して全幅の信頼を置いているというか、半ば神様を見るような感覚に近い。そしてそれがはっきり伝わってくるからこそ、中盤以降の展開にものすごくドキドキする。
素手で心臓を握り潰されるかのような、将来に対する嫌な予感。この辺、作中の彼はともかく「彼に憑依した自分」の感覚としては、嫉妬や羨望やルサンチマン、さらには独占欲のようなものまでもが入り混じってくるのがわかって(あくまでも倫太郎さんではなく自分がです)、もうドロドロに情緒をかき乱されました。もうなにもわからない。客観的にはどうするのが一番いいのかも、また自分としてはどうなってほしいのかも。とにかく逃げたい。なんか寝て起きたら勝手にいい感じなってくれてたらいいのに、みたいな。
それだけに終盤、最後のクライマックスが本当に良かったです。気持ちがしっかり盛り上がる。彼女の行動原理というか、動機のようなものがスッと腑に落ちて気持ちがいい。ただそれよりなにより、この作品で本当に素晴らしいと思うのは、やっぱり結びの一文だと思います。そこにその語を持ってくるか、というか、その一文がこの物語全体を完全に要約しきっているという、その圧倒的な〝正解〟感。打ちのめされました。こんなに説得力のある答えってない。憧憬や信頼、その他様々な強い感情を、直接肌に響くような感覚で読ませてくれる、とても綺麗で激しいお話でした。