第2話 本当の田中さん<偽りの魔女の正体> 

「うお、マジか……」



 田中さんと別れ、帰路を歩いていると二人組の女子が目の前を歩いていた。それはいいのだが二人とも知り合いである。一人はギャルっぽい格好をした幼馴染の斎藤恵理子さいとうえりこと、先ほど別れたばかりの田中さんだ……恵理子は外見のわりに真面目だし世話好きだから、転校したての田中さんのサポートをしてくれてるのだろう。ちょっときまずいな。まあ、ここは知らない振りをして追い抜くか。



「へー、田中さん昔もここらへんに住んでたんだ?」

「そうなんですよ、父が転勤族なんです。久々に帰ってきましたが、あまり変わっていなくてほっとしています」



 近くを歩いていると聞きたくなくとも聞こえてしまう。なんかわるい気がしたので足を速めようとしたとき事件はおきた。



『---♪ーー♪』



 どこからかやたら厨二くさいメロディと厨二くさい歌詞が流れてきた。ああ、俺はこれを知っている。一部のオタクから熱狂的な支持を得ているバンド「シュバルツナイツ」だ。その独自の曲は一部の人間にはとてもささる。そうあくまで一部の人間にだけだ。一般人からしたらくっそ痛いバンドといわれているのだ。

 俺は嫌な予感がして田中さんを見る。すると彼女は顔面を蒼白にして冷や汗を流していた。こいつマジか、さっきの会話の後にマジか!! スマホの音きってなかったな!!



「なんなのこの変わった曲……あれ、田中さんのほうから聞こえてる?」

「え……あ……う……」



 顔無しかな? 固まっている田中さんをみて、俺は即座に行動に移す。袂をわかったとはいえかつての盟友のピンチを見捨てるはずがないだろうが!!



「フッ、田中よ!教師共から聞いているぞ! 俺の宝具を拾っておいてくれたそうだな! 感謝する!」

「あんたねー、田中さん引いてるでしょ。…その頭のおかしいノリはまだやめときなさいって……」



 まるで今気づいたかのように俺は彼女に声をかけた。恵理子が呆れた顔で俺にツッコミをいれる。残念だがこういうの田中さんの大好物なんだよなぁ。それにこういう時はインパクトが大事だからな。俺の奇行で彼女の奇行を隠すのだ。

 彼女は一瞬怪訝な顔をしたがすぐに俺の意図を察したようだ。



「ええ、そうなんです。明日学校で渡そうと思っていたんですが、ここで会えてよかったです」

「ありがとう、本当に助かったよ、お礼といっては何だけどちょっとお茶しない?」

「神矢……田中さんが可愛いからって何ナンパしてんのよ」



 恵理子が不機嫌そうな顔で割り込んできた。そりゃそうだ、いきなり幼馴染が転校生をナンパしてたらなんだこいつってなるよな、でも今は仕方ねえんだよ。



「いいですよ、共学ってすごいですね、もう男の子の友達が出来てしまいました」



 お、このセリフ昔一緒にはまってたラノベの天然お嬢様キャラのセリフじゃん。俺が気づいたことを田中さんも察したらしく笑いかけてくれた。こういうのいいよな。



「じゃあ、いこうぜ、いい店を知っているんだ」

「え、ちょっとちょっと……」



 恵理子が状況についていけずに困惑しているあいだに俺は田中さんと共に歩き出した。あとでラインで適当な理由を説明しないと……



「焦ったーー、ばれたらどうなるかと思ったわ……聞いてた? 私のアドリブ、ラノベは人生を救うわね」

「お前あほだろ、さっきあんな事いったくせにさっそくばれそうになってんじゃねーか。スマホの曲も違う曲にしとけよ。あんな曲普通の人が聞いたらドンびくわ!! 」

「だって、好きなんだもん。悪い?」



 ちょっと拗ねたように上目遣いで聞いてくる田中さんが可愛い。悪いかって? 悪くないさ。むしろいい!!



「口調昔に戻ってるけどいいのか?」

「いいのよ、今はどうせあんただけだしね、猫をかぶるのも疲れたし」

「てか学校での性格はラノベのキャラの性格をモチーフにしてんのな……」



 この子の普通の高校生の基準がラノベキャラってやべえなと思わなくもないが、少しわかる。アニメや漫画のキャラになりきる気持ちってあるよな。



「その……ありがとう……助けてくれて……」

「え、なんだって?」



 彼女が小さい声で囁くようにお礼を言ってきた。もちろん聞こえていたが俺はラノベの主人公の様に難聴になったふりをして聞き返した。なんでかって? どんな反応するかいたずら心が出てきてしまったのだ。



「だから……その……さっきあんなこと言ったばかりなのに助けてくれてありがとうって言ったの」

「おう、感謝して敬え」



 顔を真っ赤にしながらぐぎぎぎと彼女はうなった。そして俺達は笑いあう。昔に河原の時に戻ったきがしたからだ。



「嘘から出た真ではないけど、よかったらお茶でも飲まない? 色々話したいこともあるしね」



 彼女の思わぬ提案に俺は断るなんて選択肢はなかった。まじか、これもデートになるのかな。







 彼女についていった俺は彼女の家に案内された。そして真っ黒なカーテンに包まれ、なんか変な魔方陣のタペストリーとか、変な水晶玉とかが置かれている部屋へと通された。そう、ここは田中さんの部屋だ。

 うっひょー、予想以上にやべえ部屋だった。あれ、女の子の部屋ってなんかもっとファンシーなんじゃないの? なんかいいにおいするんじゃないの? なんか悪魔召喚とかしそうだし、変なお香がたかれててくせえよ。でも……こういうの嫌いじゃない……むしろいい!! 

 それにしてもいきなり自分の部屋に連れてくるとは俺異性としてみられていないのだろうか……



「適当に座ってくれて構わないわ。せっかくだしあなたの真名も教えてくれるかしら」

「え、だから如月神矢だよ。前からいってるだろ、ほら生徒手帳」

「嘘……ずるい!! なんであんた本名が無駄にかっこいいのよ!!」



 生徒手帳を見せると彼女は理不尽に憤慨した。そんなんしらんわ、俺の親に言ってくれよ。もうすっかり昔のしゃべり方だ。俺としてもこっちのが本当の彼女の気がしていて話しやすいからいいな。




「全然厨二病卒業できないじゃないか、なんで学校であんなこといったんだよ」

「だって……共学の高校でこのノリでいたらハブにされるって姉から聞いたのよ」

「あー、確かに……」



 俺がたまたまそういうキャラで受け入れられているからって忘れていた。俺達は高校生だ。いつまでもアニメや漫画のようなことをいっているやつは頭のおかしいやつ扱いをされることもある。もしかしたら彼女も前の学校で嫌な目にあったのかもしれない。



「いえ、前の高校は女子高ってのもあって、わりかしそういうの自由だったわよ。私も占い部に入って黒魔術ごっことかしてたし」

「なにそれむちゃくちゃ楽しそうじゃん!!」

「でも新しい学校はどんな空気かわからないでしょ、だから大人しくすることにしたの、なのに……」



 俺がいたって事か、確かに自分を偽ろうとしているのに昔の事を知っているやつがいるのはやりにくいだろう。彼女の気持ちはわかるんだけど俺の中にもやもやは残っているわけで、だからか俺は思わず本音をもらしてしまった。



「言いたいことはわかった。でもなかったことにしてってのは悲しかったな……」



 俺の言葉に彼女は驚いたように目を見開いた。そしてすぐに拗ねたように唇を尖らした。え、なんか俺怒らすようなことした?



「だって……あんたはすっかり卒業したものだと思ったのよ。普通の格好してるし、学校でも私に話しかけにきてくれないし……だったら私のほうからお互いあのことをなかったことにしようって言ったほうがいいかなって思って……」



 たしかに昔の俺は無駄にシルバーのチェーン巻いたり右腕に黒竜を封印(脳内設定)していたため包帯をしてたりしてましたね。過去の自分を殴りたくなった。でもそれと同時に彼女が俺との事を忘れないでくれていたことを嬉しく思った。あの河原での出来ごとはお互いにとって黒歴史ではあったが大事な歴史だったのだ。俺は彼女の本心を知れて嬉しくなった。あの時間を大事に思っていたのは俺だけではなかったのだ。



「改めて久しぶりだな……紅よ」

「久しいわね、神矢」



 俺の言葉に彼女は嬉しそうに頷いた。俺達は本当の意味での再会の余韻を味わうかというように見つめあった。ギャルゲーならこのままフラグがたちそうな感じである。でもこれは現実であってそんなイベントはおきなかった。



「お邪魔するわねー、お茶持ってきたわよ。」

「お姉ちゃん!! 勝手に入ってこないでよ」

「ノックはしたでしょ、にしてもあんたが男を連れ込むなんてね、転校したかいがあったわね」



 ノックをして入ってきたのは紅をそのまま大人になったかのような綺麗めな女性だ。しかし胸がでけえ!! 彼女は俺をみるとにやにやと笑いながら俺達の前のテーブルに二人分の紅茶とスコーンを並べてくれた。



「で、この子はあんたの彼氏かしら、この部屋をみても逃げ出さないなんていい子じゃない」

「うっさい、彼氏なんかじゃないから!! いいから早く出ていって!!」

「あははは、ごめんごめん。この子変わっているけど悪い子じゃないからよろしくね。共学って初めてだから色々馬鹿なことするかもしれないけどフォローしてくれたら嬉しいな」



 紅に蝙蝠のクッションを投げられても、笑いながらそう言い残すとお姉さんは部屋を出て行った。なんかすっごい勘違いされた気がした。でも本当に似ていた。紅も大学生になったらあんなふうに綺麗な女性になるのだろうか、つい目線が胸にいった。いや無理か……



「おい、なんで今私の胸をみたか説明しなさい……」

「いや、おねーさんに勘違いされちゃってたけど大丈夫かなって思ってさ……」



 ドスの聞いた声で胸ぐらをつかまれながら俺は目線をそらした。いや、深い意味はないんだよ、いやマジで……彼女はゴミをみるような目で俺をみていたがため息をつくと、手を離してくれた。



「でもおねえさんの言うとおりってわけではないけど俺たち付き合ってみるか?」

「はぁぁぁぁぁ?」



 彼女は持っていたスコーンを落としてすっとんきょんな声を上げた。もったいねえな。



「あんた付き合うって……その……確かにあんたのことはきらいじゃないし私の趣味を共有してくれるってのうれしいけど……でもそういう経験ないからよくわからないっていうか……」

「ああ、ごめん、説明が足りなかったな。俺クラスじゃ厨二な事いっても許されるんだよね、だからさ。偽装でもいいからカップルになれば、紅が変なこと言っても俺にあわせてるって事にできるんじゃないかなって。それにお前ぼろをださない自信ある?」

「うっ……それは確かに……」

「もちろん、いやだったら断ってくれてかまわないし、本当に好きな人ができたらふってくれてかまわないぜ」



 俺の言葉に彼女は「うーん」と唸りながら考えているようだ。我ながら中々大胆な提案だと思う。でも俺は彼女の力になりたいと思った。俺との思い出を大事にしてくれていた彼女を……偶然にも再会できた彼女の力になりたいと思ったのだ。それに少しだが下心もある。彼女といると俺は素を出せる。男子と女子がいつも一緒にいるとからかわれるからな、恋人ということにすれば一緒にいても変ではない。あとはまあ……昔好きだったんだよな。本人にはいったことないけど……



「いいわ、付き合いましょう。でも勘違いしないでね。これはあくまで偽装だからね」

「ああ、わかっているよ、紅」



 俺と彼女は会えなかった時間を取り戻すかのように会話を楽しんだ。ああ、この時間が永遠に続けばいいのにな。夜も遅くなったので連絡先を交換し俺は帰宅することにした。



「やらかしたーーーー」



 俺は帰路に一人で叫び声をあげた。なんだよ、付き合ってくれって。もっとましな方法なかった? 仲よくしようでよかったじゃん。久々に会って話せたからか調子に乗ってしまった。死に戻りとかできないかな。ゼロからはじめたいよ。

 俺が一人てんぱっているとスマホがなった。なにやらラインがきたらしい。こええ、やっぱりさっきの無しでってきたらどうしよう……俺は少し迷ったがスマホを覗くことにした。













「あれー彼氏君は帰ったの? 晩御飯も食べていけばよかったのに」

「何言って……彼氏じゃ……いや、彼氏ね……彼氏になったんだったわあいつ」



 今日の出来事を思い出し私は思わずにやにやしてしまう。中学のときの盟友に再会できたのだ。しかも彼は私のことを覚えていてくれた。しかも、まだ同志でいてくれているのだ。



「彼あれでしょ、あんたが河原であったっていってた子。再会できてよかったね。あんた引っ越すからあえなくなるって言うのがきまずくて河原に行かなくなって、意を決して河原に行ったは良いけど会えなかったって泣いて帰ってきたもんね」

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁ……そのときのことはいわないでよぉぉぉぉぉ」



 私は羞恥のあまり蝙蝠のクッションに顔をうずめた。そうなのだ、私はちゃんと別れをいえなかったことをずっと後悔していた。だから学校で再会したときは驚いたものだ。話しかけられたらどう答えようと色々考えていたのに、話しかけてこなかったから強引な事をしてしまったが、結果的には良い方向に進んだのは嬉しかった。今思えばいきなり自分の部屋に連れてくるとかなかなかすごい事をしてしまった気がする。引かれてないわよね……

 でもしょうがないじゃない、今日の会話は誰かに聞かれたらまずいし、男子とどこにいけばいいかなんてわからないんだもの。それに久々に会って浮かれてしまったのだ……

 しかし、偽装とはいえ恋人とはどうすればいいのだろうか……実は彼に付き合おうといわれたとき少しドキッとしたのも事実だ。でも私はまだこれが恋愛感情かどうかはわからない。とりあえず恋人っぽい事をすればいいのだろうか?



「ねえ、お姉ちゃん。恋人っぽい事って何をすればいいのかしら?」

「お、乙女の顔してるねー。私がたっぷり教えてあげよう。まずは明日一緒に学校に行く約束とかしてみたら?」



 お姉ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。この人私が新しい学校になじめるか心配してくれてたものね。私は姉と、神矢に送る文章を考えることをした。この胸のポカポカが何なのかはまだわからないけれど、明日がくるのはすごい楽しみだ。


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