後篇
たしかに、これは私が好きなカクテルだ。
ローストしたコーヒー豆とサトウキビの蒸留酒をベースに造られたお酒であるカルーアと、その名前通りにミルクを混ぜた甘いお酒だ。
「じゃあ、これがあなたの答えっていうことなのね?」
お酒にも、花言葉や宝石言葉に対応するような『カクテル言葉』と言う物がある。
自分の言葉や思いをカクテルに載せて送るなんていうこともある。
私自身もそういう依頼を受けてお酒をつくることがあるから、その辺りの知識はあるつもりだった。
「そういうつもりは……」
「無いことも、無いでしょ?」
カルーアミルクのカクテル言葉は『悪戯好き』。
あるいは『臆病』。
甘味が強くやわらかい口当たりだけれど、作り方によってはアルコール度数を高めにすることも出来るカルーアミルク。
お酒であることを忘れてしまうくらいに飲みやすいことから、そんな言葉が与えられているお酒だ。
「わかるわよ? 少し濃いめにつくってもらったでしょ」
「……さすがですね、先輩」
「一年の差って、大きいの」
色合いくらいで見分けは付く。
このくらいの明るさの中で作った事は数知れず。
少しアルコール度数を高めにしてくれ、なんていうオーダーをしてくる男性が多いことだって、重々把握している。
「私を酔わせてどうするつもりだったの?」
冗談めかして続ける。
「別に私は、どちらでも構わなかったわけだけど」
「……そういうところですよ」
「え?」
私から視線を外し、カウンターテーブルを見つめながら、ヒナタは切なそうな声を出した。
長い付き合いの中でも、私が今までに聞いたことが無い色合いを含んだ声に聞こえた。
「え、どういうこと?」
「だって!」
不意に声を大きくするヒナタ。
思った以上に出てしまった自分の声に驚いたのか、彼女は辺りを気にする。
他のお客様から離れている席で良かったと思った。
――ミズホさんは、もしかするとこういうことがあると予想していたりするのだろうか。
「だって先輩、……さっき、お知り合いの方と」
「……え」
さっきと言うと――。
「それって、さっきのパスタの写真送った相手ってこと?」
「……そうです。あれってその……、男の人でしょう?」
喉の奥に閊えた何かを吐き出すように、ヒナタは私に告げた。
「あれはただの友達のひとりだってば」
それは間違いない。
以前何の気なしに見せたランチの写真を見たその人が、『ご飯物の美味しそうな撮り方を参考にしたい』と言ってきたから、ただ何となく撮ったものを送りつけているだけだ。
そこに他意なんて、挟み込めるようなスペースはない。
「……ホントですか?」
「当たり前でしょ。……だって、ヒナタ以外見てないんだもの」
なぜならば、つまり、そういうことだからだ。
「それも、ホントなんですか?」
「何で今更……。昔から言ってるのに」
「そうかも、しれないですけど」
苦しそうな声を出すヒナタを見て、こちらもだんだん苦しくなってくる。
「信じてくれてなかったの?」
「だって、冗談かもしれないって思っちゃうじゃないですか。先輩ってけっこういたずら好きなところもあるし、ホントなのかなって思ったらはぐらかしたりするし。だから、そうじゃないのかな、って思ったりするんですよ」
ヒナタの目から、大きな涙がこぼれそうになっている。
はぐらかすのは、恥ずかしい気持ちもあるけれど、それはヒナタを思ってのことだった。
だけれど、それは間違いだったことに気付かされる。
結局それは、私自身、彼女に対してまっすぐに向き切れていなかったことの、なによりの証拠だった。
「……わかった」
「何が、ですか」
「ちょっと待ってて」
カウンターから立つ。
冷静になれば、今自分が取っている行動にヒナタは驚くのだろう。
縋り付くように伸びてきた彼女の手を包み込むように握る。
「もちろん、それもいただくけれど」
すっかり汗がいているカルーアミルクのグラスを見ながら言う。
溶けた氷で幾分か薄まっているだろうけれど、それできっとちょうど良いはずだ。
「お返しをさせて」
そっとヒナタの肩に触れる。
一瞬だけぴくりと跳ねるけれど、それをやわらかく抑えるようにこちらへと抱き寄せる。
「私の本当の想いを載せてあげるから。……だから、受け止めてね?」
ヒナタの頬に口づけをして、私はバックヤードへ向かう。
窓越しに月が見つめる中、作るのはホワイトルシアン。
カルーアミルクに似ていなくもないけれど、ウォッカを使うので、甘口だけれどかなり度数が高いカクテルだ。
ゆっくりと楽しむためにも、上に乗せる生クリームは多めにしよう。
ホワイトルシアンのカクテル言葉は『愛しさ』と『誘惑』。
五分もあればできあがるだろうけど、少しくらい焦らしてしまおう。
だって、まだ、私たちには時間があるのだから。
珈琲は月の下で 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba
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